第155話 赤き星へ



 ※



(最初から分かっていた、感じていた事だった。


 ジークの、機神(デウス・マキナ)の力は大き過ぎて扱いきれないかもしれない、と。


 一緒に乗ってくれているアルのお陰で、どうにか動かせてはいるけれど、完全に制御し切れていない。


 当然だ。同調(シンクロ)している三者の中で、自分が一番“力”が弱いのだから……)


 ゼンは、本格的な初戦闘となった、ヴォイドとの初戦で、自分でも驚く程、体力を消耗をさせてしまった。


 身の危険を感じる程の衰弱。


 従魔を実体化させたりするのとは、根本的に違う消耗ぶりだった。


 このままでは、この先の戦闘で身体がもたない。どうするべきか?


 ゼンが、眠ったふりをしながら頭を悩ませ、考え続けてていたが、疲労がひどく、うつらうつらと夢の国へと誘われていった。


 その時、アルティエールの、自分を呼ぶ切実な声が聞こえた気がした。


 まさか、と思い、心当たりのあるゼンは、ジークの操縦席コクピットで、まだ繋がりリンクが継続中なのが分っていたので、アルティエールの精神(こころ)の中へと移動した。


 そこで、アルティエールの夢の中に、結界を張って、ヴォイドらしき、黒い水状のものが、今にもアルを吸収してしまいそうな様子を見てしまった。


 余りの怒りに、カっとなった。頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなった。


 “気”を集中させ、蹴りでその結界を蹴破ると、アルを捉えている、黒い水の様なヴォイドを、彼女を傷つけない様に注意しながら、“気”で掌打を放ち爆散させ、アルを救出すると、そのヴォイドの断片を、“気”で、乱暴に消滅させた。


 そちらよりも、アルの事が気になって、後処理がおざなりだったが、それは後回しでもいい。


 今、アルティエールに身に何かあったら、後悔してもし切れない。


 自分のミスが招いた事なのだから。


「アルッ!」


 我ながら、情けない声だと思いながら、アルティエールに呼びかける。


「な、なんとか大丈夫じゃ。水も飲んでおらん……」


 苦し気に呼吸をしているが、ヴォイドの影響も、ほとんど何もなく、アルティエールは無事な様子だった。


「良かった……。ごめん、俺が軽率な事をしたせいで……」


 ゼンはホっとすると、思わず強く、アルを抱き締めていた。無意識の内に……。



(中略)



 それから、アルティエールに、ヴォイドの断片の事、結界の事などを説明した。


 その後、アルが着た服についてのすったもんだがあったりと、心暖まる茶番の後に、どうして夢の中のここまで、自分が助けに来れたのかも説明した。


 恐らく、ヴォイドが攻撃して来るのなら、精神の無防備な就寝時、夢の中だろうと予想はつけていたので、ゼンには前もって心の準備が出来ていたが、てっきり弱まった自分を狙って来るものと、独り決めしていた。


 アルティエールの方を攻撃されるなど、思ってもみなかった。


 痛恨の計算ミスだった。


 なのにアルティエールは、ゼンが予想した様に、そのミスを責めて烈火のごとく怒ったりはしなかった。


「うぬは、何故わしに一言だけでもそれを説明してくれなんだか。わしはそれが悲しい……」


 悲し気な顔をされてしまった。それは、頭ごなしに怒られるよりもゼンにはこたえた。


 それから、アルティエールにコンコンとお説教されてしまった。


 内容は、サリサにもよく言われた、『頼れ』だった。


 ゼンには、どうにも一人で独走する癖があるようだ。


 魔物との戦闘はともかく、二人乗りの巨大ロボの操縦など、まるで勝手が分らなかったせいもある。


 それでも、確かにアルティエールを頼ってはいなかったのだろう。それぞれが個々に、勝手にやっていれば何とでもなると思っていた。


 だが、この機神(デウス・マキナ)の同調機能(シンクロ・システム)というのは、それでは最大限の機能を発揮出来はしないのだろう。


 だから、アルティエールの説教、説得は余計に心に染み入った。


 致命的な失敗(ミス)への罪悪感もあった。


 ゼンが、急激に気づいてしまったアルへの“想い”も合わさって、説得力がアリアリのマシマシで、何も言い返せなかった。


 ゼンは、一体いつから自分が、この傍若無人、我が侭気まま、身勝手極まる、好戦的で、戦闘意欲旺盛な、どこぞの蛮族かと思える程に粗雑なハイエルフの自称少女?を、こんなにも愛おしく思うようになったのか、まるで分からない。本当に、いつの間にやら、なのだ。


 最初から相手は、好意らしきものを見せてはいたが、その割に、不必要にしか思えない戦闘を強いられ、殺されかけた事すらあったのだ。


 自分の好意に、大量の疑問符しか湧かない。


 自分の心の中に、ドカドカと土足で上がりこんで、いつの間にやらそのまま図々しく住み着いてしまった、謎の不思議生命体。それがアルティエールなのだ。


 サリサやザラ、ミンシャやリャンカの事なら、色々と長所を上げられるし、その何処を好きになったのか、自分でも説明出来るし、納得もいく。


 だが、相手がアルティエールになると、まるで言えない。自分でも戸惑い、口ごもるばかりだ。


 思えば、自室に勝手に転移して来て、自由奔放、好き勝手に振る舞って、自分だけが満足して帰って行く、なんて事を何度繰り返した事か。


 ゼンは、師匠(ラザン)の様に、好き勝手な事をする、駄目大人の典型の様な人物の面倒をずっと見て来た。そういう意味では、アルとラザンは似てなくもないが、それとこれとは話が別だ。


 あるいは、そういう、自分が面倒を見なければ、と思う駄目さに、魅力を間違えて感じてしまいでもしたのか、ともかく謎なのであった。


 それでも、アルティエールに、自分の衰弱ぶりを指摘され、神々とも対応を考えておくと言われ、疲れもあってゼンは素直に就寝したのだった。



 ※



 次の日、ゼンが目覚めると、状況は一変していた。


 ゼンの疲労、衰弱は、かなりの部分まで回復していた。


 アルティエールと二柱の神々が、協議した対応策を実行していたお陰であった。


【つまり、アルティエールの有り余る“力(マナ)”を、ゼンに半分近く、一時的に、ではあるが移譲したのだ】


 確かに、ゼンの中には、今までにない、強い力がみなぎっている。


【それを、すぐ自分の力として扱えはせんでも、ジークから来る負荷への防波堤にはなる】


「でも、それじゃあアルの負担が……」


「たわけが。頼れ、と言ったじゃろうが。少しはわしにも、ゼンを支えさせて欲しいのじゃからな」


 アルティエールは照れ臭いのか、カラカラわざとらしい笑い声をあげている。


【それと、ゼンはジークと話し合い、自分にばかり負担が集中している現状を変える様に説得するのじゃ。今の比率は余りに不自然じゃてな】


「今のままでは、あ奴はわしを、ゼンと自分を繋ぐ部品(パーツ)の一つ、ぐらいにしか思っておらんようじゃしなぁ」


「でも、ジークはまだ言葉が通じないみたいで、どう説得していいか……」


【ジークはまだ、名付けられ、自我を得たばかりの赤子も同然の状態じゃからな。しかし、精神(こころ)が繋がってリンクいるのじゃから、ゼンがちゃんと、自分は今のままでは困る、辛い、と伝え、アルティエールとも仲良くやって欲しい事を教えてやれば、それは伝わる筈じゃ】


「分かりました。早速やってみます」


 ゼンは、睡眠の為に脱いでいたヘルメットを被り直し、腕を所定の穴に入れ、操縦桿を握る。


 アルティエールも、ゼンに合わせて副操縦席サブ・コクピット繋がりリンクを始める。


 ゼンが、ジークと繋がりリンクをすると、すぐに無邪気で幼い気配が、膨大な力と共に、ゼンにじゃれついて来る。


 それも、昨日までとは違い、それ程苦痛ではない。


 ゼンは、今のままのジークの状態では、戦闘時に自分が困る事、きつい事を、何とかジークに伝えようと、従魔達と念話するように、念じて、言葉を伝えようと試みる。


 最初は楽しそうにはしゃいだ感じだったジークも、ゼンの伝えようとする意図に気づいたのか、ションボリ悲し気な様子で、それでも確かに頷く。


 そして、アルティエールの方に行くと、何か話し合いを始める。


 ゼンの方で細かい事は分からないが、『勝負はこれから』とか『わしのが大分リードしておる』だの『お互い頑張ろう』だの、よく意味の分からない事を話し合った後、結局はお互い意気投合した風であった。


 それを見届けてから、ゼンは一旦ジークとの繋がりリンクを解き、ヘルメットを脱いで二柱の神々に報告する。


「一応、ジークとの話し合いは、上手くいったと思います」


「うむ。話せば分る、じゃな」


 アルも意気揚々と神々に告げる。


【それは上々。では、お主らが食事を終えた後で、その状態でのジークの動きを一通り確認して、それから、火星に降下するべきかどうかの検討、といこうではないか】


 二人は頷いて同意し、狭い場所での朝食となる。



 ※



 早々に食事を終えた後で二人は、ジークの動きをチェックする、最終調整に入る。


 ゼンとアルティエールの、負荷の確認でもある。


 重力の弱い、ディモス上では、簡単に飛び出しかねないので、あくまでも軽い動作チェックだ。迂闊な跳躍など出来ない。


 『流歩』で軽く、なめらかに滑る様な移動。


 大剣を、何通りかの型で振り、役立つか分からない銃の射撃もする。


 本格的な戦闘ではないが、ゼンには、今までとは比較にならない位に快適な操縦が出来た。


 アルティエールから移譲された力と、ジークが必要以上にゼンの方に力を集中しなくなったお陰であった。


「うん、良好です。こちらは、前より格段と楽になりました」


【そうか。予想通りの効果とは言え、良かった。……その分、アルティエールにしわ寄せが来ているようだがな】


「え?」


 ゼンが後ろを振り向くと、アルティエールは青い顔をして、ゼンの後部座席にヘルメットを押し付け、グッタリとしている。


「……ゼンは、こんなきっつい状態で、戦闘をこなしていたのかや……」


【今の負荷の比率は、ゼンが6、アルティエールが4の、最適な比率じゃ。今までは8:2だったのじゃぞ】


 ミーミル知恵の神はどこか楽し気に告げる。


「……アル、力をいくらか戻した方がいいんじゃないか?俺の方は、かなり楽になったから」


「な、何を言っておるか、たわけが!それでは意味がないじゃろうが!フン、ちょっと弱ったフリをしただけで、ゼンは甘々じゃな」


 明らかに痩せ我慢な強がりを言っている。


 それでも、その気遣いに、今は甘えるべきなのだろう。


「分かった。頼りにしてるよ」


「と、当然じゃ!」




【では、作戦会議といこう。奴等、ヴォイド二体が、火星に降下してから丸一日以上が経っているのだが、どうも奴等は、我々神々の監視を妨害する波の様なものが出せるらしく、火星上で奴等が何をしているのか、神界の方でも皆目解らんのだ】


【妨害波は、それ程完璧なものではない様じゃが、火星の大気組成や磁気の影響もあって、上手く攪乱されておる】


「……それは、厄介ですね」


「裏側から知らぬ間に逃げられてなど、おらんのか?」


【それはない。火星がいくら重力が弱くとも、その引力圏内から脱出するには、ある程度まとまって動かなければならぬので、先の戦いの様に、分裂しては移動出来ない。しかるに、それだけの質量が動けば、いかに妨害波を出そうとも、周囲になにがしかの痕跡を残す。それを見逃す程、神界の監視は甘くはない】


【もしもその様な、弱気な小細工を弄するのなら、奴等はその程度の存在に過ぎうと、脅威度を低く判定出来るのじゃがな】


「何らかの、こちらに対し有効な策があるから、火星に下り、今もまだ留まっている、と」


【我等はそう判断しておる】


「じゃが、ここで指を咥えて待っていても、奴等にその策を講じさせる時間を、与えてしまうのじゃ、なかろうか?」


【……珍しく、アルティエールの言は正しい。何か、奴等の仕掛けが完成する前に、火星に降下して、ヴォイドを殲滅すべきだな】


「め、珍しくとはどういう意味じゃ?!」


【お主は、なまじ力があるばかりに、基本、行き当たりばったりで猪突猛進、突撃娘じゃろうが……】


「ああ、やっぱり……」


 ゼンは思わず同意する。


「ゼンまでやっぱり、とか、納得すなや!」


 アルティエールは赤い顔をして抗議するが、普段の言動や行動のままなので、納得するな、と言われても難しいところだ。


【……とにかく、火星に降下する方針は決まったところで、ゼンに一つ、忠告しておく事がある】


「?なんですか、ミーミル知恵の神


 ゼンは、知恵の神の改まった言葉に、居住まいを正す。


【ジークの……いや、ラグナロク神々の黄昏の事じゃ。


 あれは、最初から、神々を打倒する為に、呪われた名と役割を持って生まれた。しかし、その役目を果たす為の乗り手すら現れず、敵側である我等の手に落ち、長き歳月、無為にあの施設で埃を被り、本来の役目も果たせずに、くすぶり続けた。


 その間にも、複数の魔獣の混合体である、忌まわしき残留思念は、やがて呪いへと昇華し、その敵たる神々や、自分を造り上げた人間をも恨む怨念と化したのじゃろう。


 それを、お主が、竜殺しの英雄の、祝福された名を与え、生まれ変わらせた、とも言える】


 あの、色が変わり、雰囲気が一変した瞬間だろう。


【お主があれを、呪われた宿命から解放させたのじゃろう。だから、あれがお主に懐くには当然の事じゃ。


 じゃが、それでも、あれが長き歳月の間に蓄積させた、恨みつらみ、負の力は、一朝一夕で消え去る訳ではない。新しき名を得たこれから、長き年月が過ぎれば、それも薄まり弱まり、ついには消え去るのだろうが、それは今ではない。


 未だ、ジークの奥底には、無念の年月で溜まりに溜まった、長き歳月の分の、呪われた暗き力が渦巻いておる】


「……そう、ですね。ジークの中に、暗い力があるのは感じていました」


【うむ。解っておるのならば良い。お主らは、決してそれが暴走せぬように、ジークの力を間違った方向に向かわせぬ様に、気をつけてやって欲しい。下手をすると、ジークはそれを暴走させ、また呪われた機神となる末来もあると、努々(ゆめゆめ)注意を怠るではないぞ】


 そんな危ないものを人に押し付けて置いて、よく言うなぁ、とゼンは内心思ったが、流石に口には出さなかった。


「ちなみに、ジークがその力を暴走させるとしたら、どんな事態が想定されるんですか?」


【それは、お主やアルティエールが、暗き欲望に囚われ、堕ちた時に、じゃろうな】


「ああ、なら心配ありませんね。アルならともかく、俺には」


「って、なんでわしならともかく、なんじゃ?!」


【アルティエールにはその昔、Sランクの冒険者らと、つまらぬ事でやり合って暴れ、『炎の魔人』と呼称され、恐れられた過去が……】


「この脳筋軍神!なにさらっと人の黒歴史を、軽くバラしておるのじゃ!」


【神の信徒たるハイエルフが、よくもまあ、そこまで神を悪しざまに言いよるものよ……】


 言い合う二人?は、実は仲がいい感じがするゼンだ。

 

 もうなんだかグダグダになって来たので、とにかくセンは、ジークをディモスから離陸させ、ヴォイドの降下した地点を目指して、火星へ移動する。


【火星は、大きさは我等が母星の約半分、質量に至っては十分の一に過ぎず、重力は40%に過ぎない】


「はぁ……」


 またいらぬ講釈が始まる。要するに、半分以下の重力だから、戦闘時に気をつけろ、の一言でいいものを……。


【大気は希薄で、そのほとんどが二酸化炭素。つまりは、呼吸可能な大気ではないので、宇宙服無しでは外に出れんぞ】


「……了解しました」


 眼下に、軍神の名を冠する赤い星が、段々と近づいて来る。


 これから、その大気圏への降下だ。


 果たして、ヴォイドは、何をする為に、火星に降り立ったのであろうか……













*******

オマケ


ア「つまり、宇宙は広すぎので、転移に似た移動法が確立しておる、それが、ワープじゃったり、ハイパードライブ航法であったりフォゾンジャンプじゃったりでなあ」

ゼ「はあ……」

セ「つまり、そういう創作物があるんです(ゴニョゴニョ)」

ア「で、銀河を股にかけ大冒険へ、と」

ゼ「ふーん」

セ「あくまで創作物です。ここの神々は、そういうの禁じてますから(ゴニョゴニョ)」

ア「って、ゴニョゴニョ横からうるさいわ!角の生えただけの馬の分際で!」

セ「ひど!主様が、解ってない事を、解説してあげてるんじゃないですか!」

ゼ「……」

ア「それを創作物、の一言で澄ます無粋さが許せんのじゃ!処女〇が!」

セ「ひどすぎ!それ、差別用語ですよ!」

ゼ「……」

ア「本当の事じゃろうが!大体、そんな欠陥性能でよく従魔なんぞ出来るものよ!」

セ「あ、主様~~~、このちびっこハイエルフがー」

ア「誰がチビじゃ、ゼンを盾にするなや、この軟弱駄馬めが!」

ゼ「……あ~~、二人とも、五月蠅い」

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