第147話 星の終わり☆



 ※



 二人と二神は、格納庫脇の、ムーザルの軍人達が使用する作戦会議室にいた。


 ゼンの表情は、ムスッとしていて、この状況を未だに納得していない事を露骨に示していた。


 アルティエールは、余りゼンの生い立ち等、過去の事情を知らないので、困惑するしかない。


【今は反発している様な事態ではないであろう!貴様も戦士なら―――】


【いや、テュール軍神殿。彼に戦士の精神論を語っても、余り意味がないじゃろう。ここは、儂に任せて欲しい】


ミーミル知恵の神殿がそう言われるのであれば、致し方ない……】


【アルティエールには、大体の情報を送ろう。今は時間がない。彼の事情を知らなければ、お主も得心がいかぬであろうからな】


 また、アルティエールには、ゼンの神を嫌う事情から、記憶もなく、フェルズのスラムに現れ、それから先、どうやって生きて来たかの彼の全ての情報、ゼンの事情を憂い、それを解き明かそうとした老魔導士の話までの全てが、ハイエルフの脳内へと送られた。


 そこには、ゼンすら知らぬ情報まで含まれていた。


【まず、ゼンの神に対する誤解から解いておこう。お主は、普通に神というものが、弱きを助け強きをくじく、正しい者、善人を救ってくれるような、甘い幻想に囚われておるから神を嫌うようじゃが、神とは、そんな清廉潔白なものでも何でもないのじゃよ。


 人が、まだ大した力を持たぬ原初の時代には、人種(ひとしゅ)を絶滅させぬ為に、その様な事をしていた時期もあったが、それで教会の経典等に、そうした記録が美化されて記され、世の一般常識になっているのもある様じゃが……】


 そしてその誤解を、神側も積極的に解かずにあえて放置した傾向がある。神の力とは、人の信仰心の蓄積だからだ。だがそれは、今強調すべき話ではない。


 ミーミル知恵の神は、静かにゆっくりと明滅する。


【結局の所、儂等神々は、創造主の残した、世界を管理する道具に過ぎぬのじゃ】


ミーミル知恵の神殿、それは……】


テュール軍神殿、儂等は今、本流と外れた世界におる。儂等が逸脱した行為をすればする程、本流とは離れる。今や主の制約は、無きに等しい……。


 話を戻そうか。儂等神々は、あくまで世界が、創造主の残した枠組み内で流れて行くのを監視する役割。善行も悪行も成さない。善人を助けも、悪人を罰したりもせぬ。


 そうした役目の神もおるが、それは存在するだけで抑止力になる。実際に神が世直しなどすれば、人の自立心など存在しなくなる。人は、自らの足で大地に立たねばならんのじゃ。


 それにそもそも、この増え過ぎた人種(ひとしゅ)の、一人一人の行い等、神は細かく見てはおらんのだ。


 我等はただ、流れる大河が規定通りに流れるのを、見ているだけじゃ。その流れが滞る程の大岩が落ちて来れば、それを排除したりはする。その生態系を乱す程の何かが現れれば、規定にのっとり、それを放置するか排除するかを決める。要は、規定次第なのじゃ】


「……つまり、力の無い弱き者、正しき者が苦しんでいても、何もしない、と」


 ゼンの声色は、平坦過ぎて、それが彼の落胆ぶりを隠せずにいた。


【そうじゃ。代わりに、強き者、悪しき者に加担する事もない。儂等は管理機能(システム)の一部じゃ。その枠組みの中で、決まりきった動作をする、ただの機械、道具に過ぎん。アルティエールならば、薄々その事を、感じていたのではないかな】


「そうさのう。わしらが何を切実に訴え、助力を乞おうとも、神々が何かをしてくれる事はない。それは、真実じゃよ、ゼン。我等ハイエルフの危機にすら、神々は平等に、“何もしない”のじゃ」


【そもそも、善と悪の定義づけも難しい、より哲学的な話にもなってしまいかねぬものじゃ。善と悪の天秤など、その時代の考え方や状況で、いくらでも傾きを変える程に移ろいやすきもの。強者が、それだけで善でも悪でもない様に、弱者もまた、必ずしも善ではない。お主の考えは、いささか感情論に走り過ぎている傾向にある】


「……」


 全部が全部、納得出来る話ではない。難しくて理解が及ばない箇所も多々、存在する。


 それでも、ミーミル知恵の神の言う事には、嘘や誤魔化しは感じない。


【そして、お主がこだわる迷宮(ダンジョン)の話じゃが、最近のものは、“道化”という不埒ものが、迷宮(ダンジョン)の機能(システム)に介入し、異常動作を起こさせておった。


 幸い、それはフェルズの領主の直訴により判明し、彼は罰せられた。抹消され、2~3千年は存在停止。その代わりは、道化の分身(コピー)に更新。機能制限が一部かけられて、な】


 正直、罰せられたのは分かったが、その後の言っている意味がよく解らない。消されたのに、分身に更新?何の話なのだろうか。


【無理に理解せんでも良い。罰せられ、予備人員に変わった、とでも思ってくれ】


 ミーミル知恵の神は神々の有り様を簡略化する。今、重要な事ではない。


【そして、お主が旅立つ前の“試練”は、大神(オーディン)も言った様に、正当な条件の試練であった。お主があれにこだわるのは、自分の選択によって、仲間が死する世界を目の当たりにしてしまったからに過ぎぬ】


 ゼンは、それに対して何も言う事はない。あれを見た恐怖は、今もまざまざとゼンの脳裏に焼き付いて離れない。心的外傷(トラウマ)と言ってもいい。


【……あれを、お主に見せたのは、“悪魔”ではないぞ、ゼンよ】


「?!あれが、悪魔じゃないなら何だって言うんだ!」


 余りにも忌まわしい記憶で、ゼンの言葉が荒立っている。


【それは、今は言わんでおこう。じゃが、それがもたらした恩恵にだけ触れよう】


「恩恵?俺に、あんな最悪の光景を見せて、何が恩恵だ!」


【……あれを見ぬままであった場合、お主がラザンと共に旅立たなかった可能性が、70%から80%と高い数値を示しておる。


 つまり、あの夢がなければ、お主はフェルズに残る。初めて手に入れた幸福を手放せずに、仲間共にフェルズで安穏とした日々を過ごしたじゃろう】


「??それが、どうしたって言うんだ」


【その場合、当然末来の色々な事が変わるのじゃよ。お主や、世界、そしてフェルズにとっては、悪い方向で、のう】


「……俺なんかの選択で、フェルズや世界を持ち出すのは大袈裟なんじゃないか?」


【お主の、自己評価の低さは、そういう性格だから、とだけ受け取っておこう。お主が成した事を正確に理解しているなら、そんな言葉は出ない筈じゃが……。


 まず、お主がフェルズに残った事で、良くなった様に見える点を検証していこう。まず、西風旅団の迷宮(ダンジョン)の失敗は起こらない。


 そして、お主の義父の商会の乗っ取り騒ぎも、前もって気づき、手遅れになる前に鎮静化する可能性が高い】


「……いい事ばかりじゃないか」


 そんなに上手くいくだろうか、とさえゼンは思う。


【では、悪い面を上げて行こう。お主の剣士としての成長は、今ほどではない。仲間の強さも、格上の指導者がいる訳ではないので、そこそこじゃ。中級迷宮(ミドル・ダンジョン)をゆったり攻略する程度じゃろう】


「それは、仕方ない事だろう……」


【それに付随して、お主はザラを助ける事は出来ぬ】


「あっ!」


 まるで考えもしなかった盲点だった。


【お主自身、考えていたではないか。『流水』の弟子であったからこそ、助けられたのかもしれん、と。だが、それ以前に、あの組織を襲撃する所まで行かんじゃろうな。お主はザラの存在に気づく事なく、悪事に加担する罪悪感で限界であった彼女は、人知れず最後を迎えるのじゃ】


 ゼンの顔色が、すっかり青ざめ無言になっていた。


【スラムの裏組織の解体などは当然なく、奴隷商もそのまま、スラムの子供達の何割かは奴隷が確定的じゃな。


 そして、世界的な問題では、“従魔”の技術は、確立されん。お主と老魔導士の出会いがあって初めて成せた、いわば奇跡の産物じゃ。恐らくパラケスが死んだ後、人類が従魔の技術に気づき、確立出来るまで、2、3百年は遅れる事になるじゃろう】


 自分の中に、従魔達がいない世界、今ではそんな事は想像も出来ない。


【そして、『人間弱体党』への襲撃計画じゃが、これも遅れる事になるじゃろうが、とりあえずその作戦が実行された、と仮定してみよう。


 お主が仲間の為にクランの事を考えていたとしても、その時点での実現はほぼ不可能。つまり、アルティエールとの出会いがなく、アルティエールの助力のない冒険者ギルドは、“草”の実情を把握出来ぬまま、襲撃作戦は行われ、フェルズは甚大な被害をこうむるじゃろう。


 襲撃隊もしかり。冒険者側の被害は大き過ぎて、襲撃は失敗に終わる。不幸中の幸いなのは、魔竜が解放される所まで行かない事じゃろう。


 それでも、組織の存在を暴かれた『人間弱体党』は大半がフェルズから撤退するじゃろうな。


 この後の、ギルドマスターが冒険者ギルドや荒廃したフェルズを復興させるのには、長い月日が必要じゃろうて】


「……」


 ゼンは言葉もなく、ただその最悪な未来予想を聞いていた。


【それもこれも、『流水の弟子』がいないが為に起きる悲劇じゃ】


「じゃあ、あの悪夢は、俺に最良の選択を選ばせる為のものだった、とでも言うのか?」


【それ以外の何がある?言っておったではないか。正しい選択を、選び続けられるか?と。


 ……お主に、その悪夢を見せたのは、ある神の一柱じゃよ】


「っ!?」


 あれが、神?異常に美し過ぎる、でも虚ろで、何も感じない、人ではない事は解る、不吉な存在。何故か今は思い出せる。闇を切り取った様な、黒い長い髪に、クスクスと癇に障る笑いを振り撒く、嫌な感じの女達を、その長い髪に無数に宿らせた、長髪の男性。


 あれが神で、俺に、師匠との旅に出させる為の後押しをしてくれた?


 分からない。まるで分からない。そんな好意的な感じは、微塵も伺えなかった。


 だがそれでも、結果はミーミル知恵の神の言う通りだ。


 この世界に移される前までは、ゼンは最良の選択を、ギリギリして来た気がする。結果がそれを証明している。


「……神が、人間に干渉するのは、許されてないんじゃなかったんですか?」


【その通りじゃ。彼は禁忌(タブー)を犯した。今は牢獄結界に囚われておるよ】


 自分を助け、罰として牢獄にいる神がいると言う。


 にわかには信じがたい事実だ。夢の印象が悪すぎるせいもあるだろう。


 それでも、今の自分があるのは、その神のお陰らしい……。


 高みで人を見下ろす存在を、ゼンは嫌いだった。それは、そう簡単に主旨変え出来る程の軽いものではなかった。ゼンの根幹は、それらにあらがって生きて来たからこそ、と思えるのだ。


 それでも、自分の恩人(この場合、恩神?)がいるのに、頑なにそれを拒むのは、賢明ではないと感じる。


「……俺に、何をさせたいんですか?何が出来るんですか?」


 ゼンはようやく、神という存在に大きく譲歩したのであった。



 ※



「何もしない筈の神々が、今回は動くんですね」


 それでもまだ嫌味を言う辺り、神々への不信がなくなった訳ではないようだ。


【世界存亡の危機じゃからな。神を生み出す試練の為の世界が、人種(ひとしゅ)と世界ごとなくなれば、儂等が存在する意味すらなくなる。いや、実際に、一度なくなった事があるのじゃ】


「なんですか、それは?」


【今回、現れた敵、仮称でヴォイドと呼んでおるのだが……。本来、その名は儂等の一柱の名と同じで、“宿縁”が生まれかねんのじゃが。あれがその名でいいと言うのでな】


「無の、神?何もないのに神とは何じゃ?聞いた事もないが」


 神の信徒であるアルティエールが知らない神など、ゼンが知る訳もない。


「闇、とは違うんですか?」


【一般には知られておらん。概念的にも難しいもんじゃて、信徒も生まれんし、本人もそれを望んでおらなんだ。闇とは暗闇の事じゃ。無とは根本的に違う物。闇属性の魔術が、無を生み出さんのは、そう言う事じゃよ】


 よく分からない。魔術系の難しい話をされても困る。サリサなら解るのだろうか?


「信仰心を糧とする神が、信仰を望まぬ、じゃと?」


 アルティエールはうろんそうな視線で、神の器を見やる。


【神々の変わり者、だとでも思って欲しい。あれの事は脇に置こう。ヴォイドは、何処かの次元世界の文明の生体兵器じゃ。この世界で言うところの、スライムをサイボーグ化したもの、とでも言おうか】


(サイボーグって言うのは、生身の肉体を機械に置き換えた、場合によっては強化された物、か……)


 ゼンは、得たばかりの知識で、何とかその話を理解する。スライムの何をどう置き換えれば機械になるのかは、納得が難しいが、ともかくそう言う物だと受け流そう。


【あれは、かつて一度、この世界に現れた。その危険性に気づいた大神が、きゃつの現れた時点で、その世界を本流から外し、次元閉鎖した。今と同じじゃよ】


「次元、閉鎖?」


 聞きなれない言葉だ。


【つまり、逃がさぬように、世界そのものに、エネルギー結界(シルード)を張ったのじゃよ。そもそもきゃつ等は、次元を超え、突然この世界に出現したからのう。同じ方法で逃げられてはかなわんて】


「世界その物に結界じゃと?どれだけ膨大な力(エネルギー)がいると……」


【じゃから、儂等が総出で行っておるのじゃ。攻撃に力を割く余力はないのじゃ】


「槍を投げたり、今こうして話してるのは?」


【グングニルは上から落としただけだ。あれは、持ち主の元に戻る機能もある。微々たる力だ。


 我等がこれを端末として話をするのも、極僅かな力しか必要とせん】


「そう、なんですか」


 神の力なんて、膨大な物だろう。何が微々たるものかなんて、判断のしようがない。


ヴォイドの話に戻ろう。これは、その時の映像じゃ】


「え?閉鎖して、滅ぼされた別世界の映像が、何で見れるんですか?」


【我等神々は、次元を別にしようとも繋がっておる。これは、神の眼から見た映像だ】


 ミーミル知恵の神が、二人の眼前に映像を映し出す。


 そこに、確かにスライムのような、不定形の恐ろしく巨大な魔物に、機械や装甲の様な物を適当に張り付けたような、確かにこの世界とは別物の感性で造られた物らしき怪物が、大都市に空から迫り、それを冒険者や術士が、遠距離系の攻撃で迎え撃ってはいるが、余りにもサイズが違い過ぎて、その攻撃は何のダメージにもなってはいないようだ。


「……こいつらは、なんでわざわざ大都市を攻撃してるんだ?星そのものを壊すんじゃなかったのか?」


【着眼点が鋭いな。こいつらは、自分に攻撃して来るものの、能力や、機械であればその機能をも取り込み、自分の物にして自己進化が出来る様なのだ。今、魔術攻撃を受けているだろ?その内に術者を取り込み、周囲に炎や雷を放ちだすから、よく見ていろ】


 テュール軍神の言うように、怪物は、冒険者達に覆いかぶさり、内部に取り込み、消化してしまう。


 そうした残酷な虐殺の後、ヴォイドは周囲に炎や電撃を撒き散らし始める。


 力の規模が違い過ぎるので、それらはあっという間にその都市を蹂躙し、無人の廃墟へと変えてしまう。


 抵抗など無意味過ぎた。むしろ、力の使い方を覚えてしまい、被害がより拡大しただけのようであった。


【この時現れたのは三体だけじゃが、世界中の都市が襲われ、全滅するのに、5日もかからなかった……。


 その後、ヴォイドはそれぞれ地下を掘り進み、星の核まで到達すると、自爆したのだ。我等はそれを見届け、再生しないか一月監視した後、星の欠片を全て太陽に飲み込まれる軌道に乗るまで動かし、その最後を確認した】


 人が、魔物が、全ての生物が、種族の関係なく滅びるさまを見せられた。


 そして、星が砕ける、信じられない様な光景を。


 ゼンは、何かの比喩かと思っていたが、そうではなかった。


 実際に、星に巨大な亀裂が走り、爆発して細かな破片となる、壮大で無残な惨劇。


「こんな強大な敵を相手に、本当に戦えるんですか?」


【お主達なら、な】


 ミーミル知恵の神の確信に満ちた言葉も、虚ろに聞こえるゼンだった……。









*******

オマケ


ア「憎悪の空より来たりて、正しき怒りを胸に、我等は魔を断つ剣を執る」

ゼ「……」

ア「汝、無垢なる刃―――。こりゃ、ゼン、復唱せんか!」

ゼ「絶対嫌だ!恥ずかし過ぎる!」

ア「むう。初心者には敷居が高すぎたかのう」

ゼ「なんで、機神に乗って戦うのに、決め台詞をか言わなきゃいけないか、分からないよ!」

ア「なら、『この日輪を恐れぬのなら、かかって来い!』じゃ」

ゼ「どこに日輪ついてるんだよ!そもそも、知能ない相手にそんな事言っても無駄だろ!」

ア「これは、お約束、と言って必要な事なのじゃよ」

ゼ「アルだけでやってくれ」

ア「ゼンはケチよのう。ならば「じっちゃんの名にかけて!」」

ゼ「それなんか違うだろ!」

(延々続く)

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