第146話 神を滅ぼす機神☆



 ※



「グングニル?それって、神界(アスガルド)で、大神(オーディン)が持っているものじゃ?」


 ゼンは、アルティエールの呟きを聞き、その意味を問うた。


「そ―――」


【肯定だ、人の子よ】


 アルティエールが答える前に、眼下の槍が光り、そこから膨大な神気が発せられる。


 被造物で、いと近き信徒であるハイエルフは、無条件に跪き、頭をたれた。


 ゼンは、いつも通りそのまま突っ立っている。彼は、神様が大嫌いなのだから。


【ブハハハハ!我に跪かぬのか、人の子よ!】


「信仰してない、尊敬もしてないものなんかに、下げる頭はないですよ」


「ゼ、ゼン、お主、殺されても知らぬぞ……」


 アルティエールが苦しい姿勢の状態で、震える小声で助言してくる。


「形だけ礼を見せても、どうせ筒抜けで意味がないだろ」


 精霊王(ユグドラシス)もそうだったが、こちらの思考など、ある程度お見通しの相手に、無駄なおべっかなど使いたくもないゼンなのだ。


【クックック。面白きかな、少年よ。お主は神嫌いであったな。だが、自分に降りかかった不幸、周囲の者の災難を、神のせいにするのはお門違いではないかな】


「……あるいは、そうかもしれないが、俺はあの悪趣味な迷宮(ダンジョン)どもを造ったのが、神であるだけでも、嫌う理由になる」


【フム?そうか、確かに最近のアレは、我等の不手際であるが、うぬがこだわっている、昔日のものは、正当な試練であるぞ。うぬは、失敗した世界を見せられ、あれにこだわるのは、分からんでもないが……。そうか、それすらも…あ、いや、これは失言】


「?」


 何かを言いかけた?


【うぬとは、色々と語りたい事が山ほどあるのだが、今はそんな場合ではないのでな。


 アルティエールとのいさかいは、おさまったようだが、本来の世界でのおさまり方も見せて、それを補強しておこうではないか】


 大神(オーディン)の謎の言葉と共に、ゼンとアルティエールの脳内に、不可思議な映像が送り込まれる。


 それは、ゼンが、何とか『流歩』でアルティエールの不意をつき、腹に当身を当て、気絶をさせてから、目の覚めた彼女に、先程ゼンがしたような話で説得し、納得させている一場面だった。


 つまりそれは、神槍が降って来る前に、ゼンがやろうとしていた事を実行した、その映像だったのだ。


「これって、まさか、前に夢で見た、可能性世界……?」


 ゼンは、その細部の感覚までリアルの感じられる映像に、かつて悪魔と思われるものに見せられた、自分が失敗した世界を思い出さずにはいられなかった。


「大神(オーディン)よ、貴方様が、槍を介して、とは言え、人間世界に干渉した事、そしてこの、『本来の世界』の映像、まさかここは、本流から外れた世界なのかや?」


(本来の世界じゃない?まさかじゃあ、ここはサリサ達が死んでしまった……?!)


【慌てるでない、少年。別に、可能性世界とは、あまたある選択肢の、本来選ぶべき世界ではない、と言うだけで、お前の仲間が死んだ世界、という意味ではないぞ】


 大神(オーディン)は、ゼンの勇み足をすぐに制止する。


【そしてハイエルフの猛き者よ、主の予想は当たっておる。ここは、本流から外れた世界、いや、あえて外した世界なのだ。だから、今や我等は、創造主の決められた制約には縛られておらぬ。と言っても、“ある”事を成している為に、使える力は限られているのだがな】


「……ある、事?」


【そう。それは、本当の意味での世界の危機、この星の、未来そのものが消えて無くなるかもしれない、重大な緊急事態なのだ。アルティエールよ、お主には、その少年を連れて、今から送る座標に―――】


「待ってくれ。まさか、俺に神の使いっパシリをしろ、とでも言うのか。ハッキリ言うが、お断りだ!」


【……我の言葉の意味が、解らなかったのか、聡き少年よ。これは、定められた試練である、“魔王”等とは訳が違う、真実の意味での危機。お主が何もしなければ、この世界は、お前の愛する恋人や仲間ごと、破壊され蹂躙され、宇宙の塵となる事だろう】


「……あんたら神々が、勝手にやれば済む事だろ」


【それが出来ぬから……。ムゥ~~、説得や説明は、我の役割ではない。アルティエール、その座標に、彼を連れて転移するのだ。その先は、すぐに解る】


「委細承知、なのじゃ」


 アルティエールは、その細腕でゼンの腕を取る。


「アル、俺は―――」


「今は黙っておれ。これは、本当に異例の出来事なのじゃぞ。お主の、矜持やこだわりが、何であるかはわしには分からんが、余り格上に、無闇やたらと噛みつくな」


 アルティエールは、ゼンに腕を絡めると、すぐに別の場所へと転移する。


 そこは、大海原のど真ん中の空中、下には島影一つ、ありはしない。


「これは……」


「多分、海の方に何かあるのじゃろう。海神の誰かがすぐに……」


【ハイエルフの猛き者よ、人の子よ。今から、エーギル海神の加護を授ける。それと、通行許可の“刻印”もな。それで、中に転移出来るようになる。行くがよい】


 大海そのもの全体から、大いなる神、エーギル海神の声が聞こえる。大神は、自分の槍を媒介としていたが、海神は海そのものが、神の器であるらしい。


 エーギル海神から、力と、腕に何かの“刻印”がなされる。


「感謝いたします、エーギル海神よ。ゼン、行くぞ」


 また、アルティエールが、即座に別の場所ヘと転移する。


 そこは、何か妙に明るい、白っぽい灯かりの灯った、白い壁の、神殿かなにかのような場所の通路?いや、ゼンはこういった建造物を、いくつか見た覚えがある。


「ここは……遺跡、かな?全然壊れていないけど……」


「うむ。古き文明の産物じゃろうな。“刻印”は、ここに入る為のものじゃな。それと、ここは先程の場所から、真下深く、海底にある施設じゃぞ?海は、いわばエーギル海神の領域。転移でも、勝手に移動出来るものではないのじゃ」


「そういうものなの?でも、上だと。何処でも自由自在みたいだけど」


「わしは風の加護を受けておるからな。炎と風は、相性がいい。親戚関係の様なものじゃ。そして風は、自由自在に世界中、どこにでも吹いておるからのう」


「ああ、そういう理屈なんだ」


 自然の属性の力関係は、ゼンには専門外の話だ。


【アルティエール、彼を連れて、通路の奥に進むがいい】


 また、別の神らしき声が聞こえる。


 ゼンはうんざりして、ブスっと機嫌の悪い顔付をしている。


「お主は、世界の危機とか、どうでもいいのかや?」


 ゼンと一緒に奥へと歩きながら、アルティエールが不思議に思い尋ねる。


「……別に、どうでもいい訳じゃないけど、そんな大それた話に、俺如きを呼んでも仕方ないだろ?呼ぶなら、師匠とかSランク以上の誰かを呼ぶべきじゃないのか、と思って……」


「まあそれは、正論ではあるがのう……」


 確かに、この少年以上の力を持つ者は、それなりの数が、世界中に存在している。その意味で、ゼンは間違ってはいないが、大神(オーディン)の口ぶりは、ゼンの事をとてもよく知っている、常に注目していた様な感じを受けた。


 力だけではない、何か別の要素が、この少年にはあるのだろう、とアルティエールは予測する。


 長い通路を抜けた先のひらけた場所で、すぐ目についたのは、水晶か硝子の様な、透明な材質の、大きさは人の頭ぐらいの二つの立方体(キューブ)が、角を下にした軸として、空中にフワフワ浮かびながら、ゆっくりと横方向に回転している、不可思議な光景だった。


 その立方体(キューブ)の中心には、一つは知的な青い光が、もう一つには荒々しい、レフライアの髪の毛の色の様な、暴力的で荒々しい赤い色の光が存在し、それぞれが意志と力のある物である事が、話し始めたのですぐに解った。


【ようこそ、ハイエルフよ、人の子よ。儂はミーミル。知恵を司る神の一柱じゃ】


【……我はデュール。軍神、戦の神である。アレスやマルスと呼ぶ国もある】


 青い光がミーミル知恵の神、赤い光がデュール軍神と名乗った。


「畏れ多きかな尊き方々、わしは―――」


「なんで神様、そんな面白おかしい姿をしてるんですか?」


 アルティエールが自己紹介しようとするのを無視するように、ゼンは不遜な態度で、命知らずな質問を投げかける。


【き、貴様!神に対して、不敬であるとは思わんのか!!】


 赤い光を宿す立方体(キューブ)が、その赤い光を目まぐるしく明滅させ、その怒りを現わしている。


【ハッハッハ、良いではないか、デュール軍神殿。これは、この文明が開発した、人造の巫女の器じゃ。


 文明が発達すると、神に対する信仰は薄れ、器の資質も持つ巫女も生まれにくくなる。


 それを、この文明は、科学で代用品を造り上げてしまったのじゃな】


 ミーミル(知恵の神)は寛容に笑い、丁寧な解説をしてくれる。


「それが巫女の代わり……。そんな物を造れるなんて、凄い文明だったんですね」


 ゼンは、目の前に浮かぶ立方体(キューブ)に、素直な感想を述べる。


【ハッ!進み過ぎる機械文明等、ロクな物にはならん!しばらく放置したあげくが、このザマだからな!】


 デュール軍神が、馬鹿にし切った口ぶりで、ゼンの周囲をブンブンと凄い速度で飛び回る。


【……この施設は、かつて大陸毎、全てを海に沈められたムーザルの文明、その軍事研究施設の一つなのじゃよ】


 神の怒りを買って、海に沈められた伝説の文明の存在は、ゼンでも聞いた事がある。


「進み過ぎたって、何故そのムーザルの文明は、滅ぼされたんですか?」


【進み過ぎて力を持った文明が、驕り高ぶり、最後に決まりきった愚行を犯そうとしたからよ!】


【これから、この星の危機を救う為に、ある軍事兵器を使う。つまりそれは、それ程の力を行使出来る最終兵器なのじゃが、それで人が何を成そうとしたのか、お主なら解るのではないかな?】


 ゼンは、ミーミル知恵の神デュール軍神、両方の言葉を聞き、少し考えると、自分の思いつきを口にする。


「神々と戦おうとした?」


【おおっ、正解だ!このこわっぱ、思っていた以上の逸材だな!戦いとは、知略を巡らせ、常に考えて、敵の状態、自分の状態、周囲の状況、全てを考慮して行うものだからな!】


 デュール軍神は、師匠と同じ様な事を言うなぁ、とゼンは思う。


【うむ、そういう事じゃ。彼等は神を打倒し、星の、世界の実権を全て握らんと欲した。愚かな事よ。それが、利益重視の彼等が選んだ、間違った選択肢じゃった】


「そうではない選択肢を選ぶ世界は、なかったんですか?」


【それは、あってもすぐに元に戻る。彼等の政府が、上層部が選ぶ大多数の選択じゃったからのう。最後には必ず、そこに行きついてしまうのじゃ】


「……ゼン、随分と話が弾んでおるようじゃが、お主は神嫌いではなかったのかや?」


「え?あ、うん、神様は嫌いだよ。でも、なんだかパラケス爺さんと話してるみたいで、つい……」


 ゼンは、照れて、決まり悪く口ごもる。


【ハッハッハ。余談が過ぎたのう。今から、お主等が巻き込まれた事態の説明と、これからの事を話し合いたいので、我等について来て欲しい】


 青の光と赤の光を宿した立方体(キューブ)は、フワフワと進み、また別の場所へとゼン達を誘導する。


 アルティエールは、神に聞かれていると分かっていながらも、ゼンに忠告する。


「ゼンよ、今までの事から、神々に親しみを持つかもしれんが、あれらは、神々の極一部、制限された機能を、人の人格のように調整された、仮面のようなものに過ぎん」


「?俺は、神様に親しみなんか持たないけど、つまり、あのいかにも怒りっぽい軍人みたいな感じや、知的な老賢者みたいな感じは、神がそう演出して見せているだけの、表面的に取り繕った姿だって事なのかな」


「本当にお主は、よく頭のまわる子猿よのう。そういう事じゃ。神とは本質的に、もっと膨大な、得体の知れぬ。我等では理解し切れぬ存在じゃと、胆に銘じるがいい」


「……神の信徒である、ハイエルフらしくない助言に思えるんだけど?」


「近しいから解る事もあるのじゃ。信徒であるのは、生まれつきで変える事の出来ぬ、不変の性質じゃからの……」


 つまり、好きで信徒である訳ではないと言いたいらしい。


 ゼン程ひねくれた物ではないかもしれないが、アルにも、神に対しては思うところがあるのかもしれない、とゼンは改めて考えるのだった。


 ゼン達が案内された場所は、恐ろしく広い場所だった。天井も、見上げる程に高い。


 そこは、主要兵器の格納庫だった。


 そこでゼン達は、驚くべき物を見上げる事になる。


「これは……鉄、いや、銀?の、巨人?ゴーレムなのかな?」


 壁の端の台座に、何体もの銀色に輝く、甲冑姿のような巨人が並んでいた。


「わしは、この文明に接触した事がないので知らなんだが、こんな物も開発しておったのか!


 これは、あれじゃあれ!巨大ロボじゃろ!」


 昔、ある勇者と同行した事のあるアルティエールは、その文化に少し毒されていた。


【単なる機械人形如きに、興奮するな。とは言え、大した力を振るえる物ではあるのだがな】


【これから説明する事に、ある程度の知識が必要じゃて、二人に“知識”を流し込む。抵抗はせんでくれ。洗脳とかの類いではないのでな。あくまで“情報”じゃ】


 それから、大神(オーディン)から映像を送られて来たのと似た感覚で、二人の頭の中に、このムーザルの機械文明の基礎知識や、その背景などの知識が流れ込む。


 いっぺんに色々な知識をまとめて送られ、ゼンは目まいがして来た。


 それでも、なんとかその情報を自分の中でかみ砕き、整理し、自分なりの理解出来るものへと変換する。


「……つまり、これがムーザルの最終兵器、機動装甲兵装エインヘリャル?」


【そうじゃ。儂等を滅ぼさんとしておるのに、こちらの名称を使う意味は分からん。機体名に、フェンリルやヨルムンガンドを使うのは、分からんでもないが、これの女性部隊に、ワルキューレ隊等とつけられていたのは、彼女等は憤慨しておったな】


 ミーミル知恵の神は穏やかに笑って話す。すでに終わった、過去の出来事に過ぎないからだ。


【お主らに使わせる物等は、中々皮肉が効いておるがな。その、右端にある機体だ】


 居並ぶ機動装甲兵装の一番右の壁に、それらを睨むように、特別な台座にその機体はあった。


【神を滅ぼす為の、最後に出来上がった、魔術理論を組み込んだ機神(デウス・マキナ)、ラグナロクだ】


 他の機体が、輝く聖騎士(パラディン)の様な印象を受ける機体であったのに対し、この、他より一回り大きく、妙に鋭角的で、頭部に複数の角が生えた青黒い機体は、何処か邪悪な印象を受けるものであった。


【試験機体の一号機じゃな。これが量産出来て、適応する乗り手パイロットを確保出来るのなら、神々の打倒も、夢ではなかったのかもしれぬ】


【あり得んな。これは、一人の突出した異能を持つ天才が、精魂込めて、偶然造り上げる事が出来た物に過ぎんし、特殊過ぎて、乗り手パイロットはその時代に、ついに現れなかった。


 格納庫の片隅で永遠に眠る、力を秘めただけのガラクタだ】


 二人は、神々のそれぞれの話を聞きつつ、自分達が乗らされるという、何か不吉な感じのする、青黒い機体を、ただただ見上げるのだった……。







*******

オマケ


サ「……いなくならないって、あれ程言ったのに!」

ア「落ち着いて、サリー。私も悲しくなるから、泣かないで~~」

サ「な、泣いてない!涙なんて、流してないんだからね!」

ア「うん、まあかろうしじて~~」

リ「しかし困ったな。報酬の竜の鱗の事で、お礼を言いたいって冒険者が、たくさん来てるんだが……」

ラ「あれ一枚で、本来の報酬の3倍近くになるからな。そりゃあお礼も言いたくなるさ」

サ「そんなの、リーダーのリュウが相手すればいいでしょ!」

リ「いや、『流水の弟子』にも挨拶を。って人も大勢いるんだよ」

ア「ブローウェン卿や、ギルマスにロナッファさんも、どうしたんだ、って来てるよ~~」

ラ「困ったな。あの料理の事もあって、いつもの如く、あいつ人気者だからなぁ…」

ス「ゼン君さらわれちゃったの?」

ラ「それは……どうなんだろうなぁ、うん」

サ「多分、そうよ。今あいつが、自分からいなくなる理由なんてないし、こんな事出来る人は、一人しかいないから」

リ「それって誰だ?」

サ「ハイエルフの、アルティエールさんよ!前から、ゼンがちょくちょく転移で連れ出される、って言ってたし、あいつ相手にそんな事が出来るのは、ギルマス以外だと、あの人だけだと思うの」

皆「「「あ~~~、なるほどね!」」」

ス「そうなの?私、あんまり会った事ないから、分からないわ」

ラ「転移術使える人なんて、そうそういないし、かなり我が侭で勝手な人なんだよ」

ス「そっかそっか。超速君は、相変わらず大変だね」

ラ「……スー、それは禁句だって言ってるだろ?」

ス「あー、うん。ごめんごめん」

リ「しかし、仕方ないな。ギルマスにはそう話しておこう。あの人もアルティエールさんの親戚らしいし」

ア「……あれ?騒いでたサリーが、いつの間にかいなくなってるよ~~」

ラ「へ?あれ?確かにいないな。ついさっきまで、俺等と話してたのに」

リ「まさか、サリサまで転移でさらわれた?」

ア「何の為?ゼン君はともかく、サリーは意味が解らないよ~~」

全員「「「「う~~~~ん」」」」

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