第123話 ハルアの場合☆
※
「……おはよう、ハルア」
ゼンは、前庭に入れる為に、小城の門を開け、ハルアを招き入れた。
「おっはよー、ゼン!」
ハルアは朝から元気一杯、満面笑顔で眩しいぐらいだ。
それが、今日の半日デートの為だけでないのは確実だ。
「……エリンさんから、もう聞いてるよね?」
「うん~、聞いた聞いた。ボクも、エリンと一緒に、ここに住んでいいんだよね?」
「……そう、答えちゃったからね」
「なんか嫌そうだね。エリンは良くて、ボクは駄目なの?」
「エリンさんは仕事で来るんだし、ハルアは、最初からエリンさんが名前を出してたら、俺は断ったかもしれない」
「エリンの交渉術の上手さだよね」
「……まあね。手札をさらけ出さずに言質を取るのは、正道とは言えないと思うけど」
「ボクも、ゼンが頼んでくれるなら、今回みたいな魔具、いくらでも造るよ」
「それは……確かに、嬉しいけど」
「女の子は、好きな人の為なら何だってしてあげるよ」
「なんだって、とか軽々しく言っちゃ駄目だよ。俺は、別にヒモになりたい訳じゃないし、労働には正当な報酬を払うから」
「ゼンは硬いなぁ。そういう生真面目な所も、ボクは好きだけどね」
「……俺も、女性がからかってそういう事を言う時と、本気の時って、何となく違いが分かる様になって来たけど、ハルアはいつも本気で言ってるね」
「うん、勿論!ボクは、そんな事で冗談を言える様な性格じゃないから」
「そこが、不思議なんだ。俺と君は、前に会った事ないよね?ハルアは本当は、お菓子がどう、とかでああいう話、言わないでしょ?あれって照れくささ誤魔化してたんじゃないかって、今だと思えるんだけど」
「うわあ、嬉しいなあ。それだけ、ボクの事考えて、理解してくれたんだね」
「……まあね。だから、まだ研究機関終わる訳じゃないけど、もうどうせ、一緒に住むなら、その話を前倒しにしてもいいんじゃないのかな」
「うん、構わないよ。ただ、少し長くなるだろうから、朝ご飯食べて、魔具の調整終わった後、ゼンの部屋で、ね」
「分かった」
それからゼンは、ハルアを食堂に案内し、ミンシャやリャンカも紹介しつつ、朝食を出してもらった。
クランの冒険者達は、もう朝食を済ませ、中庭で午前中の鍛錬に汗を流していた。
ゼンによる“気”の講座は一通り終わっていたので、後はそれを反復練習しつつ、すでにその段階を超えた爆炎隊や、旅団のリュウ達に話を聞き、模擬戦に近い形式の鍛錬もしていた。
ミンシャとリャンカは、くだんの求婚(ポロポーズ)エルフが来たか、と敵意を燃やしていたらしいが、来たのがなんともエルフらしくない、子供っぽく、同じエルフなら、まだエリンの方が手強く見えたので、放置する事にしたらしい。
ハルアの手強さは、外見上にはそれ程出ていないのだが、無闇に対立を煽っても意味ないので、いちいち言ったりはしなかった。
小さい体のどこにそれだけ入るのか、と思うぐらい朝から沢山食べたハルアは、しばらく食休みをした後で、中庭の魔具の様子を見に出てくれた。
行く前に、サリサの所によって、魔術障壁のデータを取っていたが、もしかして、機能拡張するのであろうか?
「そうだよ。ないと不便だって、言ってたじゃん。両方一度には発動出来ないかな。
本来、物理障壁、魔術障壁は、分けて展開する方が強度が強いんだ。
それを、両方の性質を持たせたのが、後から人がつくった『防壁』なんだけど、これは、両方防ぐ半面、どっちかつかずだから、強度的にはそんなに強くないんだ。
だから、ここの結界は切り替えて使って欲しいんだ。
あるいは、奥の一面だけ魔術障壁にする、とかだね。ここ、かなり広いし、魔術は、何かを的にして撃てばいいから、どこか一つの面で止めればいいと思うんだよね」
ハルアは、かなり真剣に色々検討してくれたようだ。
「そこまで依頼、出してないと思うんだけど?」
「言われた事しかやらないのは二流。なんてね。少しでもゼンに良く思われようと思ってやってるだけだよ。内助の功ってやつ?」
それは、口に出してしまったら、せっかくの気遣いが台無しなのではないだろうか。
まあ、そこがハルアらしい、とも言えるのだが。
ハルアは中庭の四隅に行って、サリサからデータを取った魔具を、近づけ、データの転送をしている。
「……これで、ここのスイッチを切り替えれば、術用の障壁になるから。術は赤のランプがつく。物理の緩衝障壁は緑だね。一面だけ、どちらかにする時は、その面の二つの頭をお押し込む。
すると、ランプは両方つくけど、時間を置いて点滅する方が、一面の結界になるから」
「なるほど。今は赤の点滅で、こちら側が魔術障壁、と」
「そうそう。後、アルティには使わせないでね。婆様の術を止めるのなんて、婆様本人の術じゃないと無理だから」
「そりゃそうだ。
……なるほど、緩衝障壁がないね」
ゼンは、本来障壁のある区間を手で触り、何もない事を確認する。
「ない方に、突っ込んだりしなように、ね」
「うん。ありがとう。今日は使うかどうか分からないから、戻しておく」
ゼンは、一応元の緩衝障壁に戻した。緑のランプがついている。
訓練中のリュウ達に、魔術障壁の機能が足された事、スイッチで切り替え方式な事などを説明し、一面のやり方も教える。
「今は、元のまま緩衝障壁なので、術士の人が訓練に使うようだったら、教えてあげて下さい」
「わかった。ハルアさん、助かるよ」
今まで前衛、中衛の物理攻撃側しか訓練が出来なかったので、とても助かるのだ。
「いやいや、なんのなんの」
ハルアが妙な照れ方をしている。
「じゃあ、俺の部屋で話を……」
「あ、その前に、少し汗かいたから、お風呂入りたい」
多分、エリンから聞いたのだろう。女の子はお風呂が好きだなぁ。
「……いいけど、着替え持って来てないんじゃ?」
「あ、そっか。じゃあ、ゼンの着替え貸して。背、そんなに変わりないし、いいよね」
「……別に構わないけど。下着は無理だよ」
「じゃ、下着は変えずに」
「それはどうなのかな……」
アルを探す。体型的に変わりがないので、丁度いいと思ったのだが、捜す時にはいないアルティエールだった。
とりあえず、服とタオルを渡し、使用人で身体の大き目な子に頼んで下着を出してもらった。
受け取り、喜び勇んで風呂へと直行するハルア。
あれで、女の子らしいところが、あるんだかないんだか、微妙なエルフだった。
それでも、最初の頃よりは余程印象が良くなっているから不思議だ。
しばらくして、ゼンのシャツにズボンを着たハルアが、ゼンの部屋にやって来る。
背丈はそれ程差はなかったが、やはり男のゼンの方が体型がガッシリしているのだろう。
どこか大き目で、ズルっとしただらしのない恰好になっているが、本人はご満悦だ。
「……なんか、ゼンの匂いがするね」
顔を赤らめ、そんな事を言っている。
「いや、洗った奴渡したから、そんな筈ないよ」
ハルアは迷いなく、ゼンのベッドに行き、腰かける。
ハルアが風呂上りなので、冷たい果実水を出す。氷を一塊浮かべて。
「……で、ハルアの気持ちに、変わりはないの?」
「まるでない!増々好きになってる!」
元気よく、ハキハキ答えられても、困るのだが。
「俺が、婚約した事は知ってると思うんだけど」
「うん。あれは、びっくりした」
「ハルアには、一応先に告白されてたんだから、言うべきかも、とは思ったけど」
「それは、別に気にしないよ。ボクの気持ちに変わりはないし」
相変わらず、まるでくじけない。
「真面目な話、俺はなんでハルアに好かれるか、まるで分からないんだけど」
「う~ん。じゃあ、きっかけの話をするね」
「従魔研で会った時の事じゃないの?」
「うん、違うんだ。多分、ゼンは覚えてないだろうし、それはそれでいいかなぁ、と思ってたから」
なにかモジモジ、ゼンのベッドに指でのの字を書いている。
「あれは、3年ぐらい前」
「え、フェルズ旅立つ、前の話なんだ……」
※
その頃のハルアは、髪ボサボサで、前髪が目にかかるのも構わずに散髪していなかったので、髪は耳にもかぶさり、まるでエルフには見えない外見をしていた。
とにかく研究馬鹿、錬金馬鹿で、人の迷惑かえりみず、ただひたすら好きな事を好きなようにやる、身勝手エルフだった。つまり、今とさほど変わってはいない。
ある実験の為に発注した精霊結晶石が20個、頼んだ業者に来たのだが、その時は空いている者がいなかった為に、自分で研究棟を出て、業者まで取りに行った。
ハルアは、余り人と喋ったり、関わったりが苦手な、ハッキリ言えばコミュ障だった。
エリンやニルヴァーシュなどのエルフにはそれ程でもないのだが、人間とは余り上手く話せなかった。
研究にのめり込んで熱中するようになって、余計にそれは悪化したようであった。
だから、研究に必要なその素材も、早く研究がしたくて取りには行ったが、途中でヒトゴミに酔って、気分が悪くなってしまった。
その時、後ろから大柄な男に追突され、結晶石が全て、人通りのある道にばら撒かれてしまった。
「ちっこい癖に、そんな所で立ち止まるな!」
と追突した男は怒鳴り、さっさと何処かに行ってしまったが、残されたハルアは大変だ。
見かけ上は普通の石ころにしか見えないが、それなりな価値のある素材だ。
1個でも失くしたら大変なのに、それが全部、道に散らばり、コミュ障で、不器用なハルアは、ただアワアワと慌てふためき、青ざめるばかりだ。
幸いだったのは、宝石のように見た目がいいものではないので、誰もそれを持って行こうとはしなかった事だが、ここでハルアがそれを拾い集めるのも、絶望的な作業だった。
その時―――
「す、すいません!止まってください!」
不器用にどもって、大声をあげた男の子がいた。
その声に、なんだなんだと道行く人が立ち止まると、男の子は、その雑踏を駆け抜け、サルアがばら撒いてしまった石を素早く拾い集める。
「ああ、ゴウセルんとこの『超速便』か」
男の子が凄い速さで動きまわるのを見て、誰もが言った。
その男の子は、ハルアに石を渡し、「数えて」と言う。
ハルアが慌てて数えると、石は19個。1個足りなかった。
泣きそうになるハルアは、研究棟の白衣をいつも通り羽織っていて、それには大き目のポケットがついている。
「……その中には?」
言われて、手を入れてみると、なんと本当に最後の1個がそこにあるではないか。
「全部、見つかり、ました!ありがとうございます!」
男の子は、自分が落とした訳でもないのに、頭を下げ、お礼まで言ってくれていた。
ハルアも慌てて、一緒に頭を下げる。
道行く人々は、良かった良かったと、どういう成り行きか分からないながらも安堵する。
それから男の子は、
「気分、悪い、なら、休んでから、帰ると、いいよ」
たどたどしく言う彼も、話すのはそんなに得意そうではないのに、わざわざこんな面倒そうな事に関わり、優しくしてもらってしまった。
どう見ても人間の子供で、自分は余程大人なのに……
ハルアが、ちゃんとお礼を言おうとマゴついている間に、男の子は自分の荷物を持って、風のように走り去っていた。
それからハルアは、『超速便』という言葉だけを頼りに、ちゃんとお礼を言う為に男の子を探したが、見つかる前に、彼はフェルズを旅立っていた。
※
「―――て話なんだよ」
ハルアは、まるで2~3日前、それがあったみたいに話す。
やはり、エルフの時間感覚は、人間とは違うのだろうか。
「ゼンは、覚えてない?」
「……どうかな。『超速便』してた時は、色んな事あったし」
凄くよく覚えていた。
汚い頭、汚い恰好をしてたから、同じスラムの同業かと思ったのだ。
「人間は、育つの早いよね。あんあ小さい子が、今じゃ大陸の英雄なんだもの」
「……そんないいものじゃないよ」
それでも、自分がした事を覚えてもらっていたのは嬉しい。
それに、ハルアが自分を好きな理由が、結構普通で、何故かホっとしていた。
もっとぶっ飛んだ理由かと危ぶんでいたので、拍子抜けしたというか、ハルアを誤解してたというか、ともかく、安心したのだ。
「でも、今は結構普通に話せてるんだね」
「お礼を言うのに、上手く話せないんじゃ意味ないから、それから頑張ったんだよ」
ニコニコ笑うハルアも、ずっと気にかかっていた事が済んでか、晴れやかな感じがした。
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オマケ
ミ「せっかくお風呂あるのに、ミンシャのサービスシーンないですの」
リ「犬の水浴び見ても、喜ぶ人いないからでしょ」
ミ「蛇がとぐろ巻くシーンも、ア〇レちゃん以外喜ばないですの」
リ「高貴な蛇と、変なのを同一視しないで下さい!」
セ「久しぶりに喧嘩……」
ゾ「これがないと、ここじゃない気がするな」
ボ「いい事?」
ガ「犬も歩けば……」
ル「るーも水浴びしたいお。砂浴びでもいいお」
セ「鳥だから……」
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