第110話 諸々の事情☆



 ※



 昨夜、ゼンは二人の愛する女性と婚約した。


 魔術師のサリサリサと、治癒術士見習いのザラ。


 一人は、ゼンが想いを封印する程に好きで、焦がれた、黒髪の黒衣の美少女。


 もう一人は、幼き時、彼を命の危機から二度救い、彼に自由と、強くなる為の年月、スラムの裏組織の心にもない仕事に加担させられた、スラムの聖女。


 どちらか一人だけを選ぶ事が出来なかったゼンに、サリサが道を指し示した。


 両方を取る事を。


 こうして、全てが終わってしまうと、話合いの時のサリサの様子の不自然さ、感情の起伏の激しいサリサらしが鳴りを潜めていた事に気づかざるを得ない。


 あれは、ゼンと話し合いの時、横にアリシアがいた事と考え合わせると、何かの術で補助されていたのかもしれない。多分、間違いない。


 つまりは、サリサなりの無理を押してまで、ゼンにそれを納得させようとしたのだ。


 その意味も、今は分かる。


 ゼンが、どちらか一方のみを選んだ場合、それは現状の関係を、致命的に壊す要因となりかねない。


 ザラを選んだ場合は、想いを確かめ合ったばかりのサリサを振るのだ。


 サリサがそれを納得したとしても、両者にしこりが残り、ゼンと『西風旅団』面々との関係は、どこか噛み合わないものになった可能性が大だ。最悪は脱退だろう。


 サリサをそのまま選んだ場合は、表面上にはそれ程変わりはないように見えるが、ゼン自身とザラに、同じ様にしこりが残る。無理をした反動は、何処かに出るだろう。


 いつかどこかで大きく破綻する……。この集団が決裂するかもしれないのだ。


 ゼンに、ザラと隠れてサリサのみと付き合うような、不誠実な器用さを、彼は持ち合わせていないので、そういう事も出来ない。


 それに、その方法は単なる状況の先延ばしでしかない。


 だから、なのか、サリサはきっと、自分の個人的な感情は押し殺してでも、ゼンが取り得る最良の選択を考え、それを提案してくれたのだ。


 ゼン自身は考えもしなかった、もし考えたとしても、自分から言い出すなど、ゼンの性格からはあり得ない、都合のいい話でしかない選択。


 大袈裟に言うと、全てを得るか、全てを失うか、の選択肢。


 失う方を選ぶ愚か者など、いる訳もない。


 それを、サリサは選ばせてくれたのだ。


 ゼンは、不甲斐ない自分の未熟さが恨めしい。悔しい。口惜しい。


 まるで、2種類のオモチャやお菓子を持って、母親に両方買って、とゴネる我が侭な子供そのものではないか。


 そして、年上の女性の寛大さに甘え、2つせしめた意地汚い子供(ガキ)。


 状況はそんな単純なものではなかったが、はたからそう見える感がなくもない。


 それがゼンの無力感を煽る。


 自分はまだ子供だ。それでも、旅で色々な国々を周り、多少の経験を積んで、大人に少しでも近づいた気になっていた。


 しかし、その経験は、戦闘時に特化したものばかりで、実生活での常識面、多数の人の関係を築く社会性からみると、どこかいびつで、経験不足が否めない。


 ゴウセルにも言われた事だ。


 それらはこれから学び、覚えていくしかないのだろう。


 サリサに言われた、スラムの子供達や、その関係者を、ゼンが養っている事に自覚を持て、と言われたのもそうした事の一つだ。


 ゼンとしては、ゴウセルの真似をしつつ(低賃金とか)、厳しく割り切って雇っているつもりだったが、どうにも、そう思っているのは自分だけのようだ。


 ……確かに、自分はスラムの子供達に、何の救いもなかった自分の過去を重ねて見て、同じ様に悲しい思いをする子供を失くす事で、過去の自分も救う代償行為をしていたのかもしれない。


 だから、多少甘めにしていたのかも……。(多少、と言ってる時点でまだまだ自覚が足りない)


 ―――それはそれとして、慈善活動をやっているから偉いとか、英雄だから、冒険者としての稼ぎがあるから、大勢を養う義務がある、とかは、まあ分からなくもない。


 でもそれで、嫁だの妾だのを複数持てる、というのは、ゼンには受け入れがたい考えだ。


 好きな人一人、いればいいではないか、と思う。


 それもまた、子供の発想なのだが、ゼンはそれに気付かない。


 実際にゼンは、選び難い二人の女性がいて、結局二人の女性と婚約する事になった。


 愛情が、たった一つの真実で、一種類しかないと思い込むのは、単なる子供の理想で、それこそ多種多様に愛の形は存在する。


 ゼンの、サリサに対する愛情と、ザラに対する愛情が違うのは、その明確な実例だ。


 今のゼンには、まだそれらをちゃんと受け入れ、自分の中で消化し切れていない。


 だから、今、ゼンの周囲にいて、彼に好意を向ける女性の多さにただ戸惑うばかりなのだ。


 自分を好いてくれる女の子達の事は、旅の間の時は、どうせすぐに会えなくなる、一時の付き合いに過ぎないと流していた。心の“封印”もあった。


 でもそれも今はなく、定住しているせいか、逃げ場がなくて、そうした女の子達は何故か少しづつでも確実に増えている。


 色々考えはているが、結局のところ、普通に振るしかないと思うのだが、獣王国の二人は、ただ傍にいさせて欲しいと言う。


 結婚しても、二番目三番目以降でもいい、とまで食い下がられると、もう何をどうしていいかわからなくなる。


 特に、リーランは、すでに国も家も捨てるとさえ明言すらしてしまっている。


 フォルゲンの従魔の養成期間が終わっても、帰国するつもりはまるでないようだ。


 その御付き、という名目で来た、実は公爵令嬢のロナッファも、父の宰相や、叔父の獣王陛下に何を言われて来たのかは不明だが、年下のリーランの方が、肝が座っていて、覚悟も出来てしまっているので、それに便乗する形で残りそうな気がする……。


 この世界は、一夫一妻制を取っている国はほとんどない。(ローゼンでは、数代前の勇者が吹聴した話を真に受け、完全自由制(同性婚有、多夫多妻有)を取っている)


 その理由は、世界に男が少ないせいだ。


 出産比率の話ではなく、魔物の被害で死傷者が出るのは大抵が男だからだ。


 たとえ冒険者のような戦士でなくとも、魔物の襲撃があれば、男が矢面に立ち、女子供、老人を庇い、先に死んでいく事が多い。


 魔物が世界にはびこるが故に、慢性的に働き手、養い手の男が不足気味だ。


 だから、一夫多妻制は当り前で、稼ぎのある男が多数の女を養うのは義務とも言える。


 冒険者を養えない様な貧しい村、冒険者ギルドのない小さな町では、自警団を組んで、居住区や畑などを魔物の襲撃から守っているが、素人の集まりに過ぎない自警団の死亡率は高い。


 当然、死ぬのは男達だ。


 女の戦士がいない訳ではないが、圧倒的に少ないので、男不足の役には、余り立たないのが実情だ。


 残念ながら、そういう男ばかりではなく、女子供、そして老人を見捨てて逃げる男、野盗に身を持ち崩し、女子供も容赦なく殺す屑も、世界には存在するが、そういったゴミ屑は、冒険者ギルドや国が率先して賞金をつけ、冒険者や賞金稼ぎに狩られるのが世の習いだ。


 国同士の勢力争い、戦争が起これば、そこでも同様に男が大勢死んでいく。


 だから、国によっては女性軽視の政策を行う国もある。


 それに歯止めをかけているのが、冒険者ギルドの女性保護法だ。


 その存在を煙たがっている施政者、為政者達はそれなりにいるが、魔物に対する戦力として、冒険者はどこの国でもなくてはならぬ存在であるが為に、冒険者ギルドに真っ向から刃向かえる国はない。


 冒険者ギルドは、教会を除けば唯一の全世界規模の組織だからだ。国単位では問題にもならない。


 魔王が復活した時の、それに対抗する世界統合軍でも冒険者ギルドは人材、物資、資金、全ての面で多大な協力をしている。


 そして、魔王が復活した時に、各地で狂暴化強化する魔物に立ち向かえるのも、結局のところ、冒険者頼みだ。


 平時での迷宮(ダンジョン)の暴走を止める為、迷宮探索をするのも基本は冒険者だ。


 迷宮(ダンジョン)、試練の場は定期的に、一定以上の人種(ひとしゅ)が入らなければ、人種(ひとしゅ)が試練を放棄しているとみなし、暴走して多数の魔物を、周囲の土地に吐き出し続ける。


 その範囲は極めて広範囲で、それを避けて村や街をつくるのは、余程広大な領土の国でもなければ不可能で、しかも神々の気紛れで、迷宮(ダンジョン)は増加するのだ。


 冒険者ギルドは、それをなるべく早く発見し、冒険者が一定数以上探索するように誘導し、討伐任務を発注しなければならない。


 魔王が復活した時は、迷宮(ダンジョン)の魔物も、狂暴化するが、迷宮(ダンジョン)の暴走はなくなる。


 上手い、というか、ズルい仕組みだ。


 魔王が復活した際には、迷宮(ダンジョン)を無視して、迷宮(ダンジョン)の魔物並の強化された外の魔物と、思う存分戦え、という事なのだろう。


 普通の魔物が、魔王復活の影響で迷宮(ダンジョン)並の魔物に強化されるのは、魔物は元々その強さで、従来はその強さが制限されているのかもしれない。


 だから、迷宮(ダンジョン)の魔物は、狂暴化はしても、微妙な強化しかされない。


 それでも、迷宮(ダンジョン)特有の旨味は半減する。


 そこを探索するのは、訓練目的のような者に限られてしまう。たとえば勇者だ。


 なので、フェルズ等の迷宮目当ての場所は、魔王が復活すると、人が少なくなり、一時的にだが、さびれた場所となる。


 冒険者は、魔王に対抗する世界統合軍に志願するか、自分の生まれ故郷の国を守りに帰国したりする。


 旅に出て、魔物の被害に困窮する場所をまわる者もいる。


 神々の試練として魔物が徘徊するこの世界では、冒険者抜きに世界は回らないのだ。


 フェルズは、飛行系の魔物の大発生でもない限り、堅牢な城塞に覆われているので、魔物への対応的にはかなり安全な場所だ。


 その飛行系の魔物に対しても、対空魔具や、それらと戦える手段を持った冒険者、魔術師が、ギルド専門にはいるので心配ない。いざとなったら全結界で上空全てを覆う事も出来る。


 長くもつものではないが、フェルズの城塞には、そうした非常時対応に仕掛けが数多くあるのだ。


 ただし、畑や牧場が中にある訳ではないので自給自足が出来ない。


 備蓄は、切り詰めて2年分ぐらいはある。


 魔王がそれ以上の年月倒されなければ、フェルズの一時的な放棄か、どこから援助物資を運んでもらわなければならなくなる。


 それ以前に、冒険者を護衛にした、物資の搬入も当然行われるだろう。


 それらが上手く行っても3年か。


 過去、3年以上のさばり、世界を苦しめた魔王は存在するので、フェルズの行く末は、勇者が魔王をいつ倒してくれるかにかかっている。


(まだ起こっていない事を、長々考えても無駄か……)


 まだ勇者は召喚されていない。


 勇者は異世界の、戦いを知らない普通の子供である事が常で、それを2~3年、選ばれた戦士達が教育し、魔王を倒す勇者まで育成するのだ。


 魔王は大体その頃に、親切にも復活してくれる。


 つまり、勇者が魔王を倒すのは、神々が定めた確定事項。


 季節によって、大雨や台風、大雪があったりするようなものだ。


 最初から除雪道具を用意してくれるだけ、用意がよく親切であるようだが、ゼンは、この勇者と魔王という存在に、前々からある疑念を持っており、ギルマスにそれを教えてくれるような、高位の神官か司祭かを紹介してもらえる様に言ってあるのだが、まだ実現していない。


(今は、従魔研、それとクラン勧誘に、後、上位冒険者に不和の種を蒔く、魔族?の組織の件とかもある。なんでこんなに忙し過ぎるんだか……)


 それだけ、ゼンが色々な事に関わっているからなのだが、クラン以外は好きで関わっている訳ではない。


 もうこれ以上揉め事は御免こうむりたいのに、サリサは不吉な事を言っていた。


『あんたじゃないと駄目な子もいると思う。その幸せを奪う権利は、私にはないわ……』


 サリサは、俺がこれ以上、誰かを選ぶ事になると予言している?


 今でも充分、サリサを悲しませただろうと実感のある自分に?


 この先どうなるかは分からないが、なるべくそうした事は避けたいと思うゼンだった。



 ※



 また今日も、午後になってから小城を出て、ギルド本部に向かうゼンとザラ。


 昨日と違うのは、最初から手を繋いでおり、ゼンの気配消しの隠形でザラも覆い、他の人から注目されないようにしていた。


「……ゼンは、後悔してないの?」


 おずおずと、想い叶って婚約者になったゼンに言う。


「婚約の事なら、後悔してないよ。俺は、ザラが生きていてくれた事で救われた。これからも、一緒にいて欲しいんだ。それは本当だから」


 ゼンは、ザラと繋いだ手に少しだけ力を込めて、自分の想いを伝えた。


 ザラの頬も紅くなり、彼女も手に力を込める。


「でも、サリサさんは……」


「サリサの事は、俺とサリサの問題だよ。ザラが心配する事じゃない。


 ……二人の美女と婚約なんかして、贅沢過ぎて罰でも当たりそうだけど、俺が優柔不断だから……」


「そんな事はないわ。私も、サリサさんの考えには賛同なの。ゼンが他にもお嫁さんに、と考えられる子がいるなら、遠慮なく言って欲しいわ」


「ザラにまで、それを即されるとは思わなかった。俺は、これ以上、誰かを増やしたくないんだけどな……」


 ゼンはそっと溜息をつく。


「まあ、その事はともかく、今日は、ギルマスの方から重大な話があるそうだから、そっちに集中しよう」


「ええ、そうね。何かしら?ゼンは知っているの?」


「……大方の見当はついてる。それが当たりかどうかは分からないけど」



 ※



 ゼン達が、従魔研の研究棟の階に上り、その主となっている研究室に入ると、すでにギルマス・レフライアが待機していた。他にも、魔術師らしき者、数名を伴なっている。


「これで全員来たわね。今日は重大な話があります。


 まず、皆には、それを洩らさぬように、契約魔術で宣誓してもらいます」


 もう毎度の事となっている契約魔術は、よく商売契約等でも使われる、最早日常魔術と言っても差し替えないと思える程、頻繁に使われる魔術だ。


 基本は、秘密事項を、それを知らない部外者には洩らせないようにする事で、罰則というのは、ほとんどの場合存在しない。


 宣誓して契約した事で、心に鍵がかかり、他にはしゃべれなくなるからだ。


 勿論、そうした術を破る手段はあるが、契約魔術というものは、大勢にかけた時、その術は連動していて、一人の術が破れたとすると、他の被術者にも分かり、誰かの術を破った者がいる、と伝わってしまうのだ。


 その場合すぐに調査が行われ、破られた者、破った者への追及が始まる。


 ギルドの場合であれば、ほとんど即日に犯人は捕まる。


 ギルド以外だと、そう早くは行かないが、犯人捜しをギルドに依頼して来る時もあるので、その場合の対応も早い。


「今、従魔の育成は順調で、1カ月で目標の成体へと成長するでしょう。


 その場合、上位級の冒険者達に、従魔の情報を解禁し、ここで従魔育成の補助をする予定でしたが、それが中止、延期になります」


 レフライアの、突然の発表に、学者や研究者はザワザワと騒ぎ出す。


 レフライアの隣りに並び立つ、主任のニルヴァーシュとその助手のエリンは、もうその詳細を聞かされているのか、平静な表情で事の成り行きを見守っている。


「そ、その理由をお聞かせ下さい。ギルドマスター」


 一人の研究者が、やっとの思いで手をあげ、質問をする。


「……そうね。説明されなければ、納得がいかないでしょうね


 今、ある問題が起こり、調査中なの。フェルズ以外でも、世界中で調査が行われ、三か所程、それに引っかかった場所がある。でも、一番重傷で問題が大きいのはフェルズなの。


 その問題は、冒険者の、上級にのみに行われた、狙われた物で、今の不安定な上級者に、従魔の技術を公開する事は、危険だ、とギルドは判断したのよ」


 レフライアは、ただ淡々と事情を説明した。


 その問題自体が説明されていないので、分からない部分が多いものの、フェルズの上級冒険者に、実験が終わってすぐの公開はなくなり、その問題が解決されるまで、発表が延期される事は分かった。


「あ、あの、わ、私達はどうなるんですか?フェルズの上級である私達は」


 発言したのは、カーチャだった。


 その傍には、同じく不安げな顔をしたマークとオルガもいた。


「貴方達には、これから別の部屋で、別の説明をします。ゼン君も一緒に来てね」


 ゼンは頷き、三人を連れて、ギルマスが先に行く別室へと移動する。


「俺、行かなくていいんすか?」


 フォルゲンが、仲間外れされたような心持で、不満そうな顔をしている。


「悪いが、これはフェルズの問題なんだよ。多分、お前の所のギルドも関係ないんだろう」


 あれば、レフライアが指名した筈だ。


 ゼンが見つけた問題のせいで、従魔が一番早く広められると思われていたフェルズは、一番遅い場所になるようであった……。











*******

オマケ


ミ「……あ、あたしは、変わりなくご主人様に仕えるのみですの」

リ「……まあ、そうですね。それには同意です。私達は、従魔なんですから」


ゾ「……もっと暴れ騒ぐかと思ってたが、意外に冷静だな」

セ「なにせボク達は、主様の中にいますからね。何となく、伝わっていたんですよ」

ボ「大丈夫、心配ないよ」

ガ「頓着冷静……」

ル「お?るーもこんやく、するお?」


ミ「そう。しばらく大人しくして、それからお願いするですの……」

リ「私も、同じ事考えてました。将を射んと欲すれば……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る