第106話 長い夜(中編)☆
※(前回までのあらすじどろこではない諸事情)
ゼンは、もうすでにほとんど自分の想いはバレていて、盛大に振られる事が分かっているのに、何故こんな昔の、事の始まりから懇切丁寧に説明しなければいけないのだろうか、と根本的な疑問が湧いてきて憂鬱になっている。
投げ槍と諦観の境地のような心境に達しながらも、説明をズルズル先延ばしにして、最後に酒で酔い潰すという最低行為までしてしまった罪悪感から、最早説明しない訳にはいかない状況まで追い込まれてしまった自分の愚かしさを悔やむしかない。
これ以上、サリサの機嫌を損ねる訳にはいかないのだ。
幸い、指輪の暗器が役立って、情けない状態での尋問だけは避けられた。
指輪型暗器等、何の役に立つのかと思っていたけれど、これには本当に師匠に感謝だ。
そして、これから先の、最悪の未来を覚悟して、選べる選択肢を考えておかなければいけない。
師匠も戦場では常の最悪を想定し、そこから打てる手を、前もって考えておくべきだと言っていた。
今から進む、最悪の状況は、サリサが、フラれ男と一緒のパーティーにいる事の気まずさに耐えかねるような事になる場合だろう。
その時は、パーティーの移籍等を考えなければならない。(本気)
恋愛事の揉め事で、パーティーが崩壊の憂き目に合う、という話は嫌という程に聞いた事がある。まさか、自分がその対象になるとは思いもしなかったが、自業自得の末路だ。
それでも、最低限、クランの設立と、今ギルドで行われている内偵が終わり、上級冒険者の不和の根源と思われる組織の殲滅、壊滅を目的として行われるだろう作戦には参加したい。
そうすれば、フェルズは前より居心地の良い、冒険者にとって……『西風旅団』にとっては普通に快適な場所へと改革が進む筈だ。
その後は、未練を残さず、フェルズをまた去って、師匠達と再合流するのがいいかもしれない。今、師匠のところは賑やかな戦士パーティーになっている筈だ。更に剣士が合流しても迷惑かもしれないが、またその末席にでも……。
あるいは、失恋の傷心で、一人旅をするのもいいかもしれない。どうせ従魔がいるのだから、厳密には一人旅にならないのだし、それもまた悪くないのかも……。
ゼンは、そうした悲惨な先行きが、すでに決定してしまったかのような寂寥感を勝手に味わっている。
サリサは、精霊王(ユグドラシス)がゼンの心の封印?を解いてしまったが為の、一時的におかしくなった時の言葉の断片的な内容から、そのある程度の予想を立てていた。
それに加え、人の恋心が分かるという親友アリシアの不可思議な特技(スキルではない)から、ゼンの封印していた想い人が自分らしい、という、半信半疑な情報を得る事となった。
だが、それらはあくまで予測推測の類いに過ぎず、アリシアの力に至っては、いつものおふざけかもしれない、という可能性も微量存在する。
さすがに、こんな大事な話でそんな事をしないと思うが、意外性の裏をかいたりするのも、アリシアの天然で予測不能なところなのだ。
そこで、全ての疑問をはっきり解消させるべく、深夜の凶行(笑)に及んだ訳だったのだが、それらのほとんどは、ゼンの異常なまでの対応力で計画倒れになてしまい、普通に話合いの流れとなってしまった。
その凶悪な計画のほとんどはアシシア発案のものだったので、サリサとしては、失敗したけど本来の目的の話合いにまでこぎつけたのだから、まあいいか、で済んでいる。
問題は、これから先だ。
一応ゼンは、結構あっさりと、過去、自分がサリサを気にしていた?憧れていた?的な内容を暴露している。
むしろそのあっさり感が怪しい。
もしかしたら、アリシアの言っていたように、ゼンの封印していた“想い”というのは、ゼンの中では過去の初恋として終わった話で、自分はただその昔話を無神経にほじくり返しているのでは、との恐れがないでもない。
ただ、それならそれで、ゼンはもっと早く軽く、自分に打ち明けてもいい気がする。
ああまで避けて先延ばしにして来たのだから、相当に隠したい、言いにくい何かがあるのは確実な筈で、それが重大な鍵となるのでは、と思っている。そうでないと困る。
自分の中にある、半ば以上答えの分かっているモヤモヤの決着をつける為にも、ゼンには誠意ある解答を望む所存であったりなかったり、とサリサも相当混乱している。
二人の想いは、同じであるようで、その考えにはかなりの食い違いが生じているのだが、それは当然お互い知らぬ事だ。
さて、この先どうなる事やら―――
※
「―――ゼン、ゼンってば」
お茶を飲んでの休憩後、話が再開するかと思えば、何やらゼンは心ここにあらず、な様子でボーっと虚ろな顔をしているので、サリサは仕方なくゼンの肩をゆすって、ゼンをこちら側に戻って来てもらう。
「……あ、ああ、ごめん」
「もう休憩はいいでしょう?何か暗い顔してるけど、嫌な事でも思い出した?」
「……いや、今、一人旅の苦難の最初をなんとか乗り越えた所で……」
「??一体なんの話?」
「……何でもない。あって欲しくない先の物語だから。えーと、どこまで話したっけ?」
余りにトボけたその台詞(セリフ)に、怒りを禁じ得ぬサリサだが、ここで腹を立てて怒鳴っても、話が先にいく妨げになるだけだ。
「……私達が次元の違う存在だとか言って、ゼンの方がモテモテ『流水』で、特別だって話してたところよ!」
「あ、うん。あの本をサリサが読んでるって分かった所だった」
「……そうよ、読んだわよ。随分『大変』な旅だったみたいね」
嫌味チクリ。
「……あの本は、基本的に師匠の魔物討伐が主(メイン)だから、俺の箇所は飛び飛びだよ。修行の話なんかはしてないし、あれだとただ旅をしているだけみたいな印象がある」
「でも、書かれている事に嘘はなかったんでしょ?」
サリサから、怒りや苛立ちの波動を感じるが、それにゼンは当惑する。
ザラやハルアの怒りだと、焼餅だと判別出来るのに、サリサだとその意味を分かりかねるのは、サリサが自分を好きになってくれる訳がない、というゼンの強固な固定観念があるせいだ。
ザラがゼンの心の中で、大切な恩人の聖域にいる様に、サリサは憧れの、手の届かない片思いの“高嶺の花”領域にいるのだ。ゼン的に言えば、“夜空に輝く星”領域。
なので、サリサがゼンの周囲の女の子に焼餅を焼く事などあり得ない話となるので、その怒りは、女にだらしない男、とか思われているのかな、と意訳されて伝わる。
「あー、まあ、そうみたいだね。そう言えば、あの本、言われたようにちゃんと最後まで読んだよ。確かに嘘が書かれていないって意味では、サリサの意見は正しかった」
「そ、そう、ちゃんと読んだんだ。でも嘘って?」
「俺は、あの本の大袈裟な表現とかで、本の内容が間違っていると勘違いしてたんだ。
だから、ギルドの大陸中央本部に抗議して、作者のグロリアさんにも筋違いな文句を言って、結果、フェルズでの販売だけはしない事にしてもらったんだ」
「ああ、そういう話だったんだ……」
(てっきり、恥ずかしがりやなゼンが、最後の抵抗で、フェルズのみの販売制限を認めさせたのかと……)
「だから、今日……もう昨日かな?ギルマスの所に行って、通信魔具を借りて、中央本部と連絡をとって、販売制限は取り下げて、以降は余計な口出ししない事を約束した。
後、グロリアさんとも会話させてもらって、その事を謝罪した」
「その日の内に全部済ませたの?!」
本を読んですぐ即日に全てを済ませていた事に、サリサは驚愕の声を上げた。
「
ゼンはサリサの驚きを違う意味で受け止めて、そう説明するのだった。
(あ、そっか。通信魔具って普通、そんなに簡単に使わせて貰える物じゃなかったわね)
「じゃあ、その作者さんとは、和解、出来たの?」
「うん、そう思うよ」
「……その、ただ和解した、だけ?」
「あー、うん。『ごめんなさい』と本を書き上げてくれた事に対して、『ありがとう』って伝えただけだから。
グロリアさんは泣いてたけど、後はギルマスが引き受けてくれたから、そこでおしまい。期待するような話にはなってないから」
ゼンは珍しく嫌味を言った。
「わ、私は、別に何も期待してないわよ!」
「作者の想いを理解しろ、と言ったのに?」
サリサは、ザラの想いを理解して、対等の立場に、と言った事もある。この本についても同様の事を言っている。
他の女性との恋を推奨する、という事は、自分を対象外と考えての事にしか思えない。多少なりとも、ゼンの想いに理解が及んでいるのなら、それは随分残酷な仕打ちとは思わないのだろうか?
「わ、私は、あんたが、女性の想いをないがしろにする様な真似を、して欲しくなかったの!ただそれだけ!」
「サリサの正論は、正し過ぎて言い逃れする隙もないね」
「??なんかその言葉、トゲがない?」
ゼンの機嫌が悪くなっている様なのが、サリサを不安にさせる。
(私、何か間違った事言った?)
「……思ったままの感想だよ」
さっきまで普通だったのに、急にその場の居心地が悪くなる。
そこでサリサは、本来の内容から話がそれている事に気づいた。
「ゼン、それより、本来の続きの話をして。その本の話は、もういいから……」
「ああ、うん。確かに、話がズレてるね。えーと……」
ゼンは少し考え込んでから、
「……まあ、続きみたいな話として、俺、あのオークキングとの戦いの後、気絶して、アリシアとサリサの宿の部屋に連れ込まれた事があったね」
「言葉にすると、まるで誘拐みたいだけど、あったわね」
「あの時は凄く驚いた。目が覚めたら、身体は、背中からアリシアに抱き締められてるし、目の前の隣りのベッドには、ニヤニヤ笑ってるサリサがいるし」
「ゼン、真っ赤になってたわね。いきなり添い寝とかされてたんだから、仕方ないけど」
余り感情をあらわにしないゼンの、珍しい表情が見れた出来事として印象的な思い出だった。
「……俺、あの時赤くなったのは、起きたらサリサの顔が目の前にあって、寝顔を見られた、と思ったからなんだけどね。
添い寝とかアリシアの事は、あの頃そんなに男女の意識なかったから、特にアリシアは俺を甘やかしてたし、そっちはそんなに気にならなかったんだけど……」
ゼンは、意味深な視線でサリサを見る。
「へ、へ~、そうなんだ、ふ~ん……」
サリサは何となく顔を合わせづらく、横を向いて相槌を打っている。
「無防備な寝顔を見られる事って、実際は大した事でもないのに、なんであんなに恥ずかしくなるんだろう……」
ゼンは純粋に疑問に思い、サリサに尋ねる。
「き、気を許してない人とかだと、そうなるんじゃないの?だから、あんたまだ私に慣れてなかったのよ、多分……」
サリサは相変わらず横向きのまま、答える。
「そう、なのかな」
「そうなんじゃないの。私もよく分からないけど……」
(私に聞かれても、知らないわよ……)
「ところで、あの野外任務の時、リュウさんが凄い危なかった時があったよね」
「赤熊(レッド・ベア)の事?」
サリサは話が別の事になってホっとした。
「そっちじゃなくて、夜中の見張りの時、魔族の暗殺者(アサシン)が来ていて、凄く強い奴で、リュウさんは戦ったら絶対死んでたって言ってたやつ」
「ああ、あの、後日に話してくれた魔族の組織の件ね」
「アリシアが凄い怒って、どうしてみんなを起こして一緒に戦おうとしなかったのかって」
「駄々こねてて、仕方なかったわね」
アリシアらしい、後先考えない我が侭な暴走だった。
「みんなは、暗殺者(アサシン)を下手に刺激したら、それこそ全滅してたから、リュウさんの対応の方が正しい、と思ってたでしょ?」
「そうね。ラルクもそう考えてたと思うわ」
「俺は、結構アリシアの意見に賛成だったんだけどね」
「え、どうして?」
「だって、朝起きて、リュウさんの死体だけ転がっているのを発見したりしたら、それこそ悔やんでも悔やみ切れないでしょ?」
「……それはそうだけど、現実そうなってないじゃない」
「うん。でも、仲間一人だけ死なせる危険性よりも、みんなでどうにかしようとして、それで全滅の方が、心残りがない、みたいな気がしない?」
「……気持ちは分からないでもないけど、そんな、みんな一緒に玉砕なら怖くない、みたいな考えは危険よ。
冒険者は、もしそういう手に負えない脅威に出会ったら、仲間の誰か一人だけでも助かるように行動するべきだと、私は思う」
「その一人は、後悔に涙し、仲間の死に責任と罪悪感を感じながら、その先の長い人生を生き続けなければいけないのに?」
「そうよ。ゼンの身近にも、そうして立派に生き続けている人がいるじゃない」
それは、義母(レフライア)であり、師匠(ラザン)でもある。
サリサはラザンの事情を知らないが。
「そう、だね。やっぱり正論だなぁ」
「正論が嫌いなの?感情論に流されるのは、冒険者としては、よくない事よ」
「……そう、なんだけどね」
今度はゼンが溜息をついて横を向く。
「……ゼン、もしかして、意識的に話をそらしてる?」
「え?あ……いや、無意識にそうしてたみたいだ、ごめん……」
言われて、ゼンも気づく。単なる思い出語りになっていた。
「……そんなに話すのが嫌?私、聞いては駄目な事聞いてる?」
自分が無理させている事が、今になってサリサを躊躇させる。
「……話しにくい話なのは確かだけど、むしろ話さなきゃいけない事だと思うから、ちゃんと話すよ」
余程言いたくない事なのだろう。
ゼンの顔色が悪い、表情も暗い。口調が重くなっている。
「闘技会での、精霊ショーの時の事……」
*******
オマケ
ロ「うむ。やはり、案ずるより産むがやすし、だな。私は経産婦ではないが」
リ「私も負けずに全部告白出来ました。良かった、良かった」
ス「……だから、どーして私をお風呂に誘うんですか?」
ロ「せっかく広い風呂、二人だけでは寂しいではないか」
リ「ですね。同族同士、親睦を深めましょうよ!」
ス「……うう。新婚なのに、全然本編出番ないし、呼ばれるとここって……」
ロ「ふむふむ。これが、すでに色々経験しちゃった身体か。なるほどなるほど」
ス「勝手に人の身体ジロジロと、変な目で見ないで下さい!」
リ「いいなぁ、羨ましいなぁ。私はまだ全然です」
ス「成長すれば、勝手に増えたり減ったりしますよ」
リ「減る?減るんですか?」
ス「体重とかは、頑張れば……」
ロ「戦士系の獣人族に、ダイエットはきついぞ。筋肉は重いのだ」
リ「……今は、痩せるよりも強くなりたい。でも綺麗にもなりたい……」
ス「そこが乙女の永遠の課題なんです」
なんだかんだ馴染んでるスーリアだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます