第94話 休日求婚日和☆



 ※



 それはスーリアが今月、やっと休みを取れた日の事だ。


 ギルド職員は、冒険者のような、いつ休みを取ってもいい自由業(?)のような職とは違う。基本的には、十日に一度、決められた休みがあるが、それもギルド側の都合で延期される事もあれば、なくなる事もある。


 他のカウンター業務をする者との兼ね合いで、休みを取れたり取れなかったりと、結構な激務で、ここには女性保護法は適用されないらしい。


 ギルマスを始めとする、上の方についている者の方がもっと激務で、それが愚痴も言わずに軽やかに仕事をこなしているのだから(下からはそう思われている)、こちらも文句を言って無理に休みを取ることなど出来はしない。


 ラルクからせっつかれてはいたのだが、こちらだって休みたいし遊びたい。余り無理を言わないで欲しい。


 それでも、スーリアもその日を楽しみにしていたのは、ある予感があったからだ。


 いや、それは確信と言ってもいい。


 最近になって、ラルクの仲間達のパーティー、『西風旅団』の活動が順調そうな事。


信じられない事に、D級の冒険者が中級の迷宮(ダンジョン)を、完全に制覇(クリア)してしまったのだ。しかも極めて短期間に。


 この中級迷宮(ミドル・ダンジョン)の制覇(クリア)記録は、当然最短記録更新となるのだが、余りにも短過ぎておかしく、ギルドではその記録を公表しない事に決定したぐらいだ。


 身内的なスーリアは、当然聞いて知っているのだが、それを誰かに教えようとは思わない。多分、頭がおかしい子扱いされるだろうから。それ位異常なのだ。


 異常の原因、大元は、誰もが分かっているのだが、それも口にはしない。


 最短記録はともかくとして、それは最年少記録でもある。彼等はほとんどが、スーリアと同じ歳、18歳の少年少女達なのだ。例外の一人は、更に五つも年下……。


 ……その話も横に置いておこう。


 その後、迷宮(ダンジョン)制覇(クリア)後、恒例の昇級試験も当り前のようにパスしてしまい、私の彼は、十代なのに、C級冒険者です、と自慢出来るようになってしまった。


 20代でもめったになれず、30代で普通なC級冒険者に!一部の天才たちに、そうした早い昇級はあるものだが、うちのラックンがねぇ……、と、別に自分の彼を貶めたい訳ではないのだが、ちょっと信じがたい出来事だ。


 後、パーティーの仲間達と、ついにお大尽な宿屋生活をやめて、大きなお屋敷を借りての共同生活を始めるという。


 まさに順風満帆。諸々の条件は出揃っている!


 そしてそわそわと、自分の休日を確認し、落ち着きなく催促してくる恋人。


 と来れば、もう決まりでしょう!


 頑張って、じわじわとさりげなくほのめかしてきた効果が、ついに実を結ぶ時?


 とスーリアは、まるでさりげなくない自分の努力と圧力の日々を思い浮かべるのであった。


 でも、大怪我して冒険者を引退するとか言い出した時には、自分が彼を養う覚悟をした時もあったのだ。急転直下に怒涛の運気、急上昇だ。


 『超速』様、とか毎朝拝んだ方がいいのかもしれない、と、ゼンが知ったならマジギレしそうな余計な事を考えるスーリア。

 



 午前中、早い内に待ち合わせして、中央の噴水広場で合流。


 スーリアは、それなりに力を入れて、でもそれが露骨に分からない様におしゃれをして来た。前に買ってもらった装身具(アクセサリー)やリボンをつけ、大事にしてるぞ、アピールを忘れない。


 ラルクも照れ臭そうにしながらも、綺麗だよ、とか似合ってるよ、とか言ってくれるので、よし、合格点だヨ!


 それから二人並んで、通り沿いにある色々なお店を冷やかしながら歩く。


 スーリアは、ギルドでも目立つ業務、カウンターや受付嬢を務める中でも上から数えた方が早いくらいの、狐耳の獣人美少女なので、憧れている冒険者、密かに思いを募らせている者なども大勢いる為、二人で街中を歩くと、ラルクの方に恨みがましい、嫉妬に狂った視線が集中するが、もうそれも慣れたもので気にしない。


 なにせ、ゼンが来る以前は、スーリアは変装するか、幻影術の魔具を使って姿を変えての、まるで犯罪者同士の密会のようなデートだったのだ。


 大っぴらに、素顔をさらしてデート出来るようになっただけマシで、ラルクがいちゃもんつけて来るような三下を軽くあしらえるように強くなってもいる。


 多くの面で、以前よりも状況は改善され、過ごしやすくなっているのだ。


(やっぱり、拝むべき?)←やめてあげて下さい。


 それから、昼食は何故か、ラルクが今もまだ泊っている宿の食堂で。


 今までも何度か来てはいるが、今日はなんで?と聞くと、最近味が変わり、宿を出た後だと来る機会がなくなるだろうからだ、との事。


 なるほど、食べてみると、前よりも格段を味が良くなっているし、店内もかなり混雑している。


 味が変わって客も増えたのだと言う。


 フムフム凄いね、と、見た目に反して健啖家なスーリアは、通常の2人前を軽くペロリと完食し切ってしまう。獣人族は、お腹も元気なのです。


 それからまた街をぶらつく。


 女子用のおしゃなお店に行ったり、冒険者用の、魔具や武器防具の店にも行ったりと、ほとんど買わずに見るだけ。ラルクは、『超速』が旅の間に手入れて来た武器や、その素材で造った防具が凄くて、多分市販品はしばらく買わなくていいのだと言う。


 『超速』様様だねぇ。


 変わった所では、ラルクが面白い所がある、と誘われた市民街の奥。もしかして、引っ越すというくだんのお屋敷か、と思って見たら、どうも違ったようだ。


 面白いくらいに広い面積の、どでかい城モドキが、一部改装工事中とかで、こんな建物があるのは、スーリアもフェルズに来てからそれなりの月日が経っているのに、まるで知らなかった。


 ラルクの話によると、昔フェルズに来た砂漠の王族が建てたらしいのだが、完成前にその王族は祖国で政変があったとかで、急いで帰国し、こちらに戻る事はなかったのだと言う。


 で、余りに大きな物件なので、今まで買い手も借り手も現れずに、長い間放置されていたらしいのだが、最近ようやく借主が現れて、今は住む為の改装工事をしている真っ最中、と。


 途中で、作業している途中の、やたら大柄な二人の人影に、ラルクが手を振られていたので、知り合い?と尋ねると、知り合いの知り合い、かなぁ、と少し考え込んだ顔をする。


 うちの恋人は、顔も広くなったようだ、と納得。


 それにしても、どんな大金持ちの物好きが、こんな所に住むんだろうね~、と世間話すると、ラルクがどこかひきつった顔をしているのが少し気になった。


 それから、軽食屋でお茶して、甘いものを食べたりした後、フェルズの奥の方にある高台へと誘われる。


 その土地の、標高的に高い場所とは、王都では王城があるように、本来は領主の住む屋敷があるものと相場が決まっているものなのだが、フェルズでは違う。


 フェルズの領主は、代々ギルドマスターが就任するものと決まっている名誉職だが、ギルドマスターは、元々貴族でもなく、高台に住む事にこだわりを持つ者など最初からいなかった為に、その土地はある貴族に譲り、代わりにその高台の前面部を公園として民間に開放する事を条件づけたのだと言う。


 ギルマス関連の話なので、そうした事情のみ、スーリアは知識として知っていたが、実際に来た事はなかった。


 その公園になっている話自体が、近隣にしか知れ渡っていないらしく、知る人ぞ知る、な穴場になっているとの事。それを見つけて来るとは、ラックン、優秀だね、とまた合格点を密かにラルクはいただいているのであった。


 上がってみると、人が少ないのが勿体ない程の景観。


 偉い人が独占したくなるのも納得の、お宝な風景は、視点が変わるだけで、これが同じフェルズ?と疑いたくなるほどに違う印象を受ける。


 遊具の設置などは申し訳程度にしかされていないが、それでも眺めが良いのでまるで気にはならない。寮の近くだったら、足しげく通ってしまうかもだ。


 特に、日が落ちかけて、夕日に染まっていくフェルズの街並みは、言葉にするのすら難しいくらいに感動的だった。


 いつも自分が住み、暮らしている筈の世界が、まるで別世界のようだ。


 日常的な光景の筈なのに、非日常さすら感じてしまう、荘厳な黄昏時。なにか物語の中の一場面を切り取りでもした様な、素敵空間。


 二人とも見とれて、言葉もなくその素晴らしさを共有した。


 完全に日が沈み、宵闇が迫る街並みが、なんだか勿体なくて茫然としてしまった。


 じゃあ、足元を気にしながら降りようか、となるのだが、そこでスーリアは、あれあれ?変だよ、おかしいよ、何か忘れてない?と気づく。


(今の絶景に、雰囲気たっぷりで、最高のシチュエーションだったのに、“あの言葉”が来るんじゃなかったの?


 やだ、もしかして私の盛大な勘違い?思い込み?やだ、恥ずかしいっ!


 あ、でも、この後の夕食(ディナー)の後とかだったり?……それもありだとは思うけど、さっきので充分良かった気がするんだけどなぁ……)


 スーリアが、グルグル乙女な思考を巡らせている間に、高台を降りきる。


 そこでラルクは、スーリアの両肩を手でガッチリつかむと、


「スーリア、お、俺と……け、あー、すまない……」


 何故か謝って、うつむいて地面に顔を向けてしまう。


「え?え?なんで謝るの?今、言いかけた事があるでしょ!ちょっとラルクッ!」


 スーリアの叱咤に、改めてラルクは情けなそうに顔を上げる。


「いや、その……。今の場所で、求婚(プロポーズ)する予定だったのに、景色と、それに感動してるお前に見惚れて、タイミングを逃してしまった……」


「……あー、そういう事なんだ。……もう、嫌だ、おかしい、ラックンってば、もう……」


 それを聞き、スーリアは最初、飽きれた顔をしていたが、すぐに笑顔になって、恋人の情けなく困った姿に、どうしても笑ってしまうのだった。


「……そんなに笑うなよ。俺だって、こんな一世一代の大事な時に、ポカするとは思わなかったよ……」


「ご、ごめん、違うの、そうじゃないの。失敗したのがおかしいとかじゃなくて……。


 あのね、昔から、ラックンは、私の前で何か恰好つけようとすると、よくそこでちょっと失敗したりしてて、全然変わってないないぁ、って……」


「そ、そうかぁ?まあ、スーリアにはあの頃、めったに会えなかったから、余計にカッコつけてた覚えはあるが……」


 よそ者が面白くなかったのか、二人一緒の所を、近所の悪ガキに絡まれ、子供の頃だから、身体能力は獣人族のが高くて、最終的にスーリアに助けられ、くやしい思いをした時もあった。


 今なら分かる。あいつらは、スーリアに好意があったんだろう。だから、よそ者の子供と仲良くされるのが嫌だったのだ。子供ながらの嫉妬心の現れ。大人になってみると分かる事はよくある。


 もう今は、身体強化でスーリアよりも力だって強くなれる。素早さも。夜だって、負かしていて……て、今考える事じゃなかった。


「だから、そういうの含めて、みんな私が好きになったラルクだよ。変に肩ひじ張らずに、言いたい事言ってよ」


「……そうだな。スリーリア、俺と……いや、俺はスーリアを好きだ、愛してる。この先もずっと。だから、一生側にいて欲しい。……結婚、しよう」


 スーリアはこの日一番の笑顔を見せる。


「最高点!合格点だヨ!」


 そのまま飛びついて来るスーリアをうまく抱き留めて、ラルクはクルっと身体を回してその勢いをいなす。


「私も、ラルク、大好き。愛してるから、一生側にいようね。結婚お受けします」


 そうしいて二人は抱き合って、熱烈なキスを交わし合う。


 ―――そう言えば、指輪は渡していなかった、とラルクは思い出す。


 もうこれは、夕食(ディナー)の後にでも。いや、部屋に入ってからでいいか……。


 諸々上手く行った訳ではなかったが、とりあえず求婚(プロポーズ)はうまくいった。ちゃんと受けてもらったし、まだまだ面倒な事はあるが、今はもうそれを忘れよう。


 腕を組んで、上機嫌なスーリアと街の中心部へと戻る。


 これから二人一緒なら、どんな面倒事も、さして問題になるとは思えなかった……。



 ※



「―――でな、それはもう嬉しそうな表情をしてくれて、だなぁ」


 デレデレ顔なラルクは、場所がギルドの食堂だと理解しているんだか、いないんだか、平気な顔で、大声で自分に幸福話をたれ流す。


「……いや、ラルク。求婚(プロポーズ)を受けてもらって、喜ぶのは分かる。感動を分かちあいたいのも分かる。


 だが、もう昨日から同じ話を20回以上されてるんだ。勘弁してくれよ、もう……」


 求婚(プロポーズ)したのは一昨日で、別の高級宿で、二人一泊して戻って来てからが、もうひどい。


 ここまで人間とは、馬鹿になれるものなのだ、と実感してしまうぐらいに、常に冷静沈着を旨にしているラルクが、アホ面を晒しているのは、ある意味色々と面白いのだが、それに我慢するのも限度がある。


「いやいや、こういう話は、何度してもいいもんなんだよ!」


「話すのはいいかもしれんが、聞く方には限界があるんだよ……」


 さすがにもうウンザリだ。勿論、友として、チームメイトとして、その結婚をめでたく思わない訳もなく、皆でもう乾杯したし、豪華に祝ったのだ。昨夜は大いに飲み明かしもした。


 なのにまだそれは継続中なのだ。


 もう女性陣はラルクに近づきすらしない。


「ゼンなら分かるよな?」


 5つも年下に同意を求める時点で、ラルクが冷静でないのは誰もが分かる。


「えーと、まあ、一生に一度の事ですし、仕方ないんじゃないですか?」


 ゼンはそれでも愛想よく応じてくれている。


「甘やかすな、ゼン。繰り返しの地獄に戻るだけだ。そもそも、一生に一度とは限らんだろう?」


 リュウにしては珍しく、意地の悪い表情を浮かべる。


「なんだ、それは!俺は、生涯スーリアを愛すると誓ったんだぞ!」


「いや、お前がそうでも彼女は違うかもしれんだろう?お前に愛想をつかして、別の相手を選ぶ時が来るかもしれん」


 と、新婚早々に別れる話を持ち出す。リュウはそれだけもう飽き飽きしているのだろう。


「さすがに、新婚の人ににそれを今言うのは、ちょっと趣味が悪いと言うか、ひがみにしか聞こえませんよ」


 リュウの気持ちも分からないでもないが、ゼンとしては、ただ素直におめでたい、喜ばしいとしか思えない。


「そうだ!びがみ虫め!」


 調子に乗るラルクは本当にいつもよりもおかしい。


「こら、もう!大声で、恥ずかしい話しないでよ。こっちまで恥ずかしくなって来るでしょ!」


 ギルドの制服姿のスーリアが、ラルクの後ろに立って、頭を叩いていた。


「あ、スーリアさん、このたびは、おめでとうございます!」


「おめでとさん。お祝いの品は、後で女性陣が選んだのを渡す事になっているから、楽しみにしてくれ」


「ええ、ありがとう、二人とも。でも、本当に私達が最初に部屋を決めちゃってもいいの?」


 スーリアは嬉しそうな顔をするも、移る屋敷の部屋選択を、自分達が最初に、と言われ、申し訳なく思っているのだ。


「ああ、同じ様な部屋だが、新婚さんにはその権利がある。どこだろうと好きに決めてくれ。と言っても、区画的には決まっているから、5部屋の内にどれか、になるがな」


「お二人に決めてもらわないと、他も決められませんから、是非に」


 屈託なく勧められ、スーリアも素直にその好意を受け取る事にする。


「本当に、ありがとうね。ところで、サリサとアリシアは来てないの?」


「ああ、俺達は、ゼンが研究棟から余り離れられないから、こっちに来て報告してたんだ。途中で宿に寄ってくれ。二人とも凄い喜んでたから」


「そっかそっか、分かったわ。私も、新居と部屋選びで、半日お休みしていいって言われたから、そっちに寄ってから行くわね」


 それからラルクとスーリアは腕を組んで、もう本当に幸せ一杯な顔をして、ギルド本部から出て行った。


 大体の話を把握してしまったギルドにたまたま居合わせた冒険者の男達が、大量にやけ酒を飲みに食堂に溢れるようになってしまう。それもまた、仕方のない事だろう。


「……なあ、ゼン。サリサとその……何かあったのか?喧嘩とか」


 リュウは、このめでたい時に、余り嫌な話をしたくはなかったが、このところのサリサの様子と、ゼンが何とはなしに彼女を避けているようなのが気になってたずねる。


「何かは、あったと思いますが、喧嘩はしてないと思います」


 ゼンは、とても困ったように、笑っているが、その実は笑顔でない、複雑な表情をしている。


「俺等には、相談出来ないことか?」


「………すみません。余り、人には言えない話なので……」


 つまり、二人の間で解決するしかないのだろう。


「……分かった。でも、何か力になれるような事があったら、言ってくれよ?これから一緒に暮らすようになるんだから、な?」


「……はい。じゃあ、俺は従魔研に戻りますね」


 立って、ギルドの奥へと歩くゼンの後ろ姿は、いつもよりも心なし、頼りなさげに見えたのだった……。












*******

オマケ


ラ「………色々ひどくね?」

(体調不良により、この話の途中でしばらく中断してましたw)

リ「俺に言われても、なあ(笑)」

ラ「なんか語尾についてるぞ、おい!(怒)」

ゼ「え、と、その、不可抗力とかでは?」


ス「ラックン、結構怒りっぽいねぇ」

ア「まあ、ともかくおめでと~、お幸せにね~~~」

サ「おめでとう。私、ちょっと今、余裕ないから、ごめんね」

 

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