第80話 獣王国からの来訪者☆



 ※



 ゼンは昨日の事をを思い出すだけで、疲れで肩がドっと重くなって来てしまう。


(ハルアの事といい、ギルマスの事といい、なんかこの頃、乙女心がどうとかって話が多くなり過ぎているような……。定住ってこういう苦労があるんだなぁ。まさか、これが“女難”ってものだろうか?)


「ここみたいね」


 ザラが廊下の端の部屋の前で足を止める。


 ノックをして、答えがあったので入ってみると、そこに二組の男女と、研究者なのだろう白衣の女性が二人いた。


 白衣の女性は、一方がまたハルアと同じエルフで、被験者の冒険者であろう女性二人の内の一人がダーク・エルフだった。


(研究棟はエルフ度が高い……)


 考えてみると、そこに不思議はない。エルフは寿命が長いので思索にふける者が多く、そこから学問の道を志す者も多いのだ。研究棟の他の部署に行けば、もっといるかもしれない。


 ゼンが結構どうでもいい事を考えていると、研究者のエルフ(当然のようのかなりの美人)の方が立ち上がってゼンに挨拶する。


「初めまして、『流水の弟子』ゼン殿。私が、従魔研の主任になった、ニルヴァーナ・レグニサスといいます。長いので、ニルヴァとお呼び下さい。こちらは秘書で研究者のエリンです」


 もう一方の女性もニルヴァの隣りでペコリと頭を下げる。


「あ、はい。お噂はかねがね伺っております?ニルヴァさん。エリンさん。ゼンです」


 ゼンも二人に頭を下げる。


「……ゼン殿。聞いていないならいないで、いいですから、疑問形で会話しないで下さい。レフライアはもう、どうしようもないんだから」


「すみません、つい定型句を使ったら、聞いていない事を思い出してしまって。


 あのと『レグニサス』いうのは?」


「あ、それは、エルフは氏族の名です。『豊穣の雨』という意味ですが、別に貴族とかではないのです。つい時々癖で使ってしまって」


「へえ、氏族の。エルフはそういうのがあるんですね。興味深いです。


 ……ところで、ギルマスとは親しい間柄、なんでしょうか?」


「ああ、はい。そう。彼女とは、遠い親戚でもあるし、昔は彼女のパーティーにもいたの。元冒険者の精霊術士ね。だから、貴方のお義父様とも顔見知りよ。もっとも、ここに私がいる事は知らないと思う。私は研究棟からほとんど出ないから」


 そこだけ砕けた口調になる。


「そうですか……。?」


 背中をつつかれ振り向く、ザラが少しむくれ気味だ。


「私の事も紹介して下さい。ゼン『殿』」


「ああ、そ、そうだね、ごめん。あの、こちらは俺の補佐につけられたギルド専属治癒術士見習いの、ザラです」


「え、と、見習い、なんですか?」


 従魔研は、今や東辺境ギルド本部の最重要案件を扱っている。そこで見習いが出て来るのは不自然なのだ。研究者や学者ならともかく。


「あ、俺の顔見知りでして、ギルマスが気を効かせて、彼女にしてくれたんです」


 本当はマルセナと交代、とかあるのだが、ほぼ間違ってはいないし、いちいち説明する事でもないだろう。


「ざ、ザラです。場違いな身ですが、ゼンに誠心誠意、尽くしますので」


 高貴っぽいエルフなニルヴァーナ相手にあがっているのか、ちょっと変な事を言っている。


「あ、はい。ああ、そうですかそうですか」


 ニルヴァは、ピンと来た、みたいな顔をして、ゼンを意味ありげに見る。


「英雄色を…ゴホン。ゼン殿もお若い身で、色々苦労をされているとか。頑張ってね」


「は、はい!」


 何故かザラを激励するニルヴァと、喜んで返事するザラ。


 やり取りの意味がよく分からないが、紹介は上手くいったみたいだ?


「あんだ?こっち無視して長々とよ!」


 自分を無視されて会話が進むのが腹に据えかねたのか、強引に割って入る、ガラの悪い声。


 それは、椅子に座って待機していた被験者の4人の中の一人、偉そうに足を組み、椅子のひじ掛けに腕をわざとらしく広げて置いた、獣人族の青年だった。


 珍しく、その顔は狼そのもので、腕も、恐らく足も毛皮に包まれ毛深い。


 まるで、魔物の『人狼(ウェア・ウルフ)』のようだが、そうではない。獣人族は、普通、耳や尻尾ぐらいに獣の要素が残る、獣神の加護の元に生まれた人種(ひとしゅ)だ。


 だからなのか、まれに先祖返りの様に、このような獣の要素が濃い者が産まれたりするもある。それは、幼い時の一定期間のみだったり、今の彼のように、そのまま大人になるケースもある。


 まれに、と言っても、騒ぐほど珍しくもなく、獣王国ではよく見かける風貌だ。


 それに、そうした、獣の要素が濃く表に出た者は、ただでさえ身体能力の高い獣人族の中で、更にその能力が高い強者の素質を備えた者なので、獣人族ではそれを嫌がられたり、差別の対象になったりする事はない。


 逆に喜ばれ、羨望の眼差しで見られる。獣人族の中では選ばれた民、と言われるぐらいに敬われ、重宝される存在だ。


 その為に、周囲にチヤホヤされ、いけ好かない高慢な者になる事も……、


「そいつが『流水の弟子』だと?マジで子供じゃねーかよ!まるで強そうじゃねぇーし、ガッカリだな、おい!」


 こうしてある訳だ。


 ゼンは、別段その内容に反応する事なく、


「彼が、もめてる獣人の冒険者ですか?」


 ニルヴァに聞く。


「ええ、そうです。フォルゲンと言います。どうですか?ゼン殿から見て彼は……」


 主任エルフの言いたい事は分かるでの、まだ何か戯言ほざいているフォルゲンの事を、よく見極めてからゼンは言う。


「正直、微妙ですね。別の人に交代させた方がいいと思います」


「やっぱりそうですか……」


 ニルヴァは溜息をついて、予想通りの答えに落胆する。


「おい、待てや!本人抜きで、何の話をしているんだ、こら!」


「あなたを交代させる話です。B級にしては微妙なので、別に人に代わってもらいます」


 ゼンは少しも臆する事なく、やたらと怒気を振り撒くフォルゲンに冷たく言い放った。


「な!てめぇ、D級のくせに、B級の俺を馬鹿にするのか!?」


「馬鹿にはしませんが、獣王国の冒険者は、身体能力が高いせいか、“気”の練度が低い人が多いんです。あなたみたいに。総合的に見てBでいいのかもしれませんが、この従魔の件では、“気”の質が問題なんです」


「な、なななな、なんなんだ、てめえ!俺の“気”が弱いと!低いと!言うのか!そいつよりもか!」


 フォルゲンは椅子から立ち上がってゼンに向かってわめく。そして隣りに座る、剣士らしき地味な顔立ちの冒険者を指さす。


「だからそうだと言ってるじゃないですか。そちらは大丈夫です。基準に達してると思いますから。


 今回は一番最初の大事な、試験的な話です。確実に成功出来る方にお願いしたいんです。ですよね?」


 ゼンは、フォルゲンに指さされ、不安げな顔をしていた剣士に笑いかけて安心させてから、ニルヴァに問いかける。


「ええ、勿論」


 ニルヴァもあっさりゼンの意見に同調する。


「こ、この野郎!わざわざ必要だからと言われて、出向いた来たってーのに、今度は帰れ、だと!俺が失敗するだと!」


 激昂してうるさく喚くフォルゲンなのだが、ゼンはまるで意に介さない。


「残念ですが、ご縁がなかった、という事で、またの機会にでも……」


 なにかお見合いの断り文句の様な事を平然と言うゼンに、ついにフォルゲンはキレた。


「ふ、ふざけやがって!もういい!従魔の事なんざ、どうでも良かったんだ!俺は、『流水の弟子』、貴様ら、詐欺師どもを成敗しに来たんだ!」


 ゼンをビシリと指さし、フォルゲンは宣言する。


「……詐欺師、というのは何の事でしょうか?複数形で言っているのは?」


 ゼンが表面上は静かに問いかける。


「てめえの師匠のラザン以下、その一党の事だ!俺がいない間に、獣王国で、剣狼 ソ-ド・ウルフの群れがどーのと騒いで民衆を怖がらせ、自分達が退治した、とホラを吹いたでっち上げで、獣王国から金をだまし取ろうとしただろうが!」


 フォルゲンが言った言葉に、それまで静かに黙って事態を見守っていたダーク・エルフの女性が、プっとたまりかねたかの様に吹き出した。


「なんだ?!山エルフ、何がおかしい!」


 ダーク・エルフは山岳地方に住む事が多いので、一部でそう呼ばれる事もある。


「山エルフ言うな!ケダモノ風情が!


 おかしいに決まっているだろう。一体誰からどんなデマを吹き込まれたかは知らないが、もう『流水』の一行が剣狼 ソ-ド・ウルフの群れを退治した事は、世界的な大事件として、どの国でも騒がれ、噂されている。それがホラやでっち上げなら、すぐにそうと分かり、それもまた騒がれるだろうさ。


 そもそも、獣王国では獣王自ら褒美を授けようとしたが、ラザンはそれを辞退して、獣王国からすぐに姿を消した、と聞くが、それが報酬目当て?笑うな、と言う方が無理があるって」


 と、隣の魔術師らしき女性と一緒にクスクス笑っている。地味顔剣士も苦笑している。


「……獣王陛下は、師匠に貴族位を授け、将軍になってこの地に留まって欲しい、とおっしゃられていましたが、師匠は修行の旅を続けるのが目的でしたし、報酬目当てとかで魔獣を狩る事自体、余りなかったので、そこから逃げました。……逃げた事自体は非礼に当たるかもしれませんが、仕方のない事でしたし……」


 ゼンは、さすがに師匠を非難されるのは見逃せないので、自分の知る事実を告げたのだが、それはフォルゲンの怒りの火に、更に油を注ぐ事になったようであった。


「し、将軍位を辞退だと、何様のつもりだ!た、たとえ剣狼 ソ-ド・ウルフの件が本当だったとしても、獣王国を騒がせた事に代わりはねぇ!」


「……無理、あり過ぎだろう。お国の大事を救ってくれた、いわば恩人様に、なんでそう屁理屈こねて因縁つけたがるのかねぇ」


 ダーク・エルフの女性はかなり呆れ顔だ。


「う、うるさい!山エルフには関係ねぇーんだよ!すっこんでろ!」


 そしてフォルゲンは、その場で“闘気”を集中させ―――


「こんな狭い場所で、何を、するつもりですか?」


 いつのまに近づかれたのか、フォルゲンはゼンに鼻面を抑えられていた。軽く掴まれている様なのに、まるでビクリとも動かせない。


 そして、底冷えのする様な冷たい眼で見据えられると、高めた“闘気”が霧散してしまう。


「“闘気”を集中させて、技にのみ使う“一発芸”タイプか。ニルヴァさん、この人、少し痛め……じゃない、鍛えれば、ギリギリなんとかなるかもしれません」


((((((今、痛めつける、って言おうとした!))))))


 フォルゲン以外の全員がそれに気づいていた。


「教育係はゼン殿ですし、そちらはお任せしますが」


「後、俺は昇級試験があるので、一旦抜ける事は言ってあると思いますが、そろそろそれに行きますので、この人とはその後で、あそ……模擬試合でもしますから、それでいいですか?」


((((((今、遊ぶ、って言おうとした!))))))


 またフォルゲン以外の全員が思う。


「ええ、話は聞いています。それで、ここはゼン殿がいないと、まだする事が始められないので、見学に行ってもいいですか?」


「……別に、見られて困るような事はないので、構いませんが、面白くもなんともないですよ?」


(((((絶対、面白い!)))))


 これはザラ以外の全員だ。


「冒険者は色々な戦いを見るのが勉強になりますよ。私達も何かの参考にしますから」


 ニルヴァは意外と興味本位なところがあるようだ。さすがギルマスの元仲間で親戚だ。


「フォルゲンさんは、どういう理由であろうと、俺を叩きのめせるいい機会だと思いますが?」


「……何が目的か知らんが、やってやるよ。てめえが低いだのなんだの言った、B級の実力を、D級のてめえに思い知らせてやる!」


 高らかに宣言する、フォルゲンの後ろでは、被験者の冒険者達が固まってヒソヒソ話していた。


<最近来たから、ギルマスや検定官にB級でもいいって言われたのに、入るパーティーに合わせてD級にしただけなの知らないんだな>


<『二強』相手の模擬試合も当然見てない。無知はわざわいを呼ぶものよ>


<獣王国の話も、変に曲解してるし、思い込みが激しい直情径行なタイプね>


<まあ、ケダモノだし、ね>


<いやいや、獣人でも頭いいい奴いるって。俺のとこにもいるし。あれは、あいつだけの個性みたいなもんだろ>


<そうね。私の知り合いにも獣人いるけど、あんな極端なのは珍しいわよ>


<つまり、個人的な馬鹿、と>


<<うんうん>>


 結論は出た。



 ※



 おなじみギルドの訓練場。


「よう、ゼン。……なんでゾロゾロ連れてるんだ?」


 リュウがゼンを笑顔で出迎えるが、その後ろに結構な人数を引き連れていて、疑問に思うのも当然だ。


「ちょっと“あの話”関連でやる事があって、まあ、その暇潰しと言いますか。俺がいないと進められない所もあって、それで見学です」


「はあ。昇級試験なんて見ても……。そうか、やる事の方か」


「そうですね。試験済ませたら、あの獣人の人と模擬試合しますから」


「ほう。それは確かに面白そうだ。俺等が見てもいいのか?」


 横で話を聞いていたラルクが、さも面白そうに聞いてくる。


「模擬試合自体は、別に秘密にするような事じゃないし、いいんじゃないですか」


 ニルヴァの方を見ると、普通に頷いている。


「いいみたいですね」


「よっしゃ。言っちゃ悪いが、フェルズには、ああいう獣要素の強い獣人はめったに見ないから、どういう戦いするか、興味あるね」


「……まあ、そうだな。前衛は獣人が多いとこもあるらしいし、なにかの参考にでもなるだろう」


「なになに。ゼン君、あのワンちゃんと戦うの?」


「……狼ですよ。戦う、と言うか、まあ、適当にやります」


「余裕ねぇ。油断して、足元すくわれない様にしなさい。


 ……ところで、何でザラさんがいるのかしら?」


 サリサは、適当な助言をした後で、聞きたい本命の話を持ち出す。


「ああ、ギルマスが、期間中の補佐としてつけてくれた……みたいな?」


 ゼンも何でそうなったのかは今一つ疑問があるので、歯切れ悪く答える。


「え、じゃあ、一月ずっと一緒にいるの?」


 サリサは結構驚いている様だ。確かに、治癒術士と従魔の研究は、被験者でもなければ繋がらない。研究棟に治癒術士は、その部署の話でもなければ関係ないだろう。


「そういう事に、なるのかなぁ、うん」


 気を効かせてくれたみたいだが、そもそも秘書とか体調管理とかが必要なのか疑問だ。


「うわぁ、ゼン君困ったね。サリーも困ったね」


 アリシアがワクワク顔で二人を交互に見て聞いて来る。


「??俺は、別に困らないけど……」


「わ、私も別に困らないわよ!」


 サリサがアリシアの横にひっつき、肘でドスドスつついている。


(この二人はいつも仲が良くて微笑ましいなぁ……)


 ゼンはかなりズレた事を考えながら、ふと今日あった困った事を思い出した。


「困った事と言えば、今日、変な事があったよ」


「な~に、ゼン君。サリー、もうやめて、流石に痛いってば~」


「何よ、それ。言ってみなさい」(ドスドス)


「ハルアって錬金術師のエルフがいたの、覚えてる?」


「ああ、勿論覚えてるな」


 リュウを筆頭に、全員がうなずく。それだけ印象的だ。悪い意味で。


「それが、今回の事に参加してて、俺が作ったお菓子食べたら、急に『結婚して』って言い出して」


「「「「えぇっ~~~~!」」」」












*******

オマケ


ミ「もうここ、ミンシャ劇場と名前を変えていいと思うんですの!」

リ「……(都合よく使われてるだけと気づかないのかしら?駄犬ね)」

ミ「言いたい事があるなら言うですの。駄蛇」

リ「別に何も~~、主様の今日の夕食は何にしようかな、と考えていただけで」

ミ「今日の当番はミンシャですの!」

リ「あら?そうだったかしら?そう言えば、昨日は私の作ったシチューを美味しい美味しいって褒めて下さって、君も食べちゃいたい位だよって」

ミ「変なねつ造するな、ですの!この淫乱蛇!ご主人様は絶対そんな事、言わないですの!」

リ「え~。先輩が知らないだけ、かもそれませんよ~。なにせ私は、よく“使って”もらってますから」

ミ「スケベ蛇、紛らわしい言い方やめるですの!使ってるのはスキル、ですの!」

リ「でも、私が一番役に立ってると、思うんですけど、違いますか?」

ミ「ぐぬぬ。変な能力特化蛇が、いい気になるなですの!」

リ「あ、じゃあ、私が役に立ってるの、認めるんですね、せ・ん・ぱ・い?」



ゾ「いやあ、なんであそこは毎日あんなんだかなぁ」

セ「まあ、あれで暇を潰してるんじゃ?」

ガ「明鏡止水……」

ル「ルーもなにかして遊びたいお?」

ゾ「今回の『見本』は、色々難しいからなぁ。主には言っておくさ」

セ「ボンガさんが羨ましいような、可哀想なような、微妙です」

ル「びみょう~~」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る