第79話 ハルア☆



 ※



「―――結構時間が経つし、休憩してお茶にでもしようか」


 研究者の誰かが言い出して、術士の女性が多いので、何人かがお茶やお菓子の準備をしに行く。


 ハルアはまるで動かない。完全に待ちの態勢だ。時々、ゼンの渡したボンガの装甲を取り出して、ニヘラニヘラとだらしなく笑っている。


 ザラはゼンに断って手伝いに行った。


 しばらくして、準備に言った女性陣が戻って来た。


 お茶は普通の紅茶で、変わった物ではない。ローゼンでは、それをそのまま飲むのが普通だ。


 砂糖は南の熱い地方でつくられる。確かそういう植物から取れる、らしい。


 旅の途中、そういう地方に行った事もあって、ポーチに買いだめてある。基本、お菓子作り用だ。お茶に入れるところもあるが、ローゼン王国だと贅沢品だ。


 魔術とか魔具とかで工夫すれば、ここらでも畑、作れるんじゃないか?とゼンは思うが、今のところは不自由してないし、これ以上何かに手を出して忙しさを増やしても……。


 ザラにいれてもらったお茶を飲みながら、そんな事をつらつらと考える。


 しかし、出されたクッキーらしき物を食べて、その考えは中断する。


(マズイ。とても食えた物じゃない……。舌が肥えたとか、それ以前だよな、これ)


 見ると、なにか他の皆も、嫌々食べてる風な感じがする。


 サラは、こちらに来てからそれなりに美味しい物を食べられるようになっていたが、スラムでは食べられる物があるだけマシで、腹にたまればそれでいい、との考えがあるので、普通に食べている。


「すみません、これって……」


「あー、ゼン殿も気づかれましたか。これ、研究棟で、お菓子作りに凝ってる者がいるんですが、味がちょっと……。下手の横好きなのに、大量に作るんですよ」


 いかにも困った、と苦い顔をする彼等は、それでも作られた物が勿体ないのか、ボソボソと食べている。


「……ちょっとこれ、作り直してもいいですか?」


「え?これを、ですか?もう出来た物ですし、どうにもならないんじゃ?」


「いや、適当に砕いて、自分がベースを作った方に混ぜますから。全部、回収させて下さい」


 ゼンは、放っておけばいい物を、余計な事をして仕事を増やしていた。


(いや、こんなの我慢して食えないって……)


 ボンガにもあげたが、匂い嗅いだだけで一口も食べなかった。


「調理出来る場所、ありますか?」


「簡易的な場所ですが、ここを出た廊下の奥に……」


(小麦を使ったお菓子ではあるし、その分が二度焼きになるけど、触感のアクセントにでもなるだろう……)


 ゼンは手早くその、失敗したとしか思えないお菓子を回収し、調理場に行くと、あっという間にそれを細かく砕き、ポーチに寝かせていた生地と混ぜた。


 それから砂糖を全体に軽くふって、こね直す。最後にゼンがいつも使う鉄箱を出して熱を加える。


 焼けた後、味見して大丈夫なようだったので、適当な大きさに切り直して、植物で編んだカゴのような物があったので、それに紙をしいて全部のせる。


 かなり適当だが、まあなんとか食べれる物にはなったと思う。クッキーもどき?


 ゼンは元の部屋(ここは講義室か何かだろうか)に戻ると、そのカゴを中央よりの机にのせる。


「出来たので、よければどうぞ?」


 と皆に言い、自分も食べる分と、ボンガにあげる分を持って行く。


 ボンガは今度は美味しそうにムシャムシャ食べているので、大丈夫だろう。


 皆、最初は恐る恐る手を出していたが、食べると一変して、自分の分を大量に持って行く。


 元から水増しした様な物なので、量はかなりある。余ったらポーチにしまえばいい。


「……ゼンって、料理も出来るの?」


 ザラが、ゼンが作り直した物を食べて感心している。


「旅の間、師匠の面倒を全部見てたからね。料理自体は、もう趣味に近いかな。あんまりマズイのは食べたくないし」


 ザラは、私にこれを超えろって言うの?とかブツブツ言っている。何故だろう……。


 ゼンも改めて食べてみると、今ひとつだった物との味の差で、ゼンがベースとして作った物が、より美味しく感じられる。


(甘い果実に塩をかけるとより甘くなる、として食べていた国があったけど、それと同じような感じになったのだろうか?怪我の功名的な……)


 学者、研究者、皆が喜んで食べていたが、一番劇的な反応をしたのはハルアだった。


「美味しい、すっごく美味しい!なんであれがこう生まれ変わるのか、全然分からないよ」


 一心不乱に、子供がお菓子にむしゃぶりついているみたいな感じだ。


 そして、あらかた食べ終わった最後に言った。


「ゼンさん、ボクと結婚して下さい!」


「は?」


 後ろでザラが何か吹き出していた……。



 ※



「……えーと、それはエルフ的な冗談か何かですか?」


 ゼンがどうにも困って苦笑していると、他の研究者達が助け船を寄こす。


「すいません、ゼンさん。ハルアはいつも突然おかしな事をやらかすので……」


 同僚なのだろう。苦笑いな女性は何かの術士か。


 その噂は聞いてました。


「お、おかしな事じゃないよ。こんな事、冗談や何かで言えないから!」


 見れば顔を真っ赤にしてプルプル震えて、本当に真剣な様子だ。


「いや、でも、この流れで結婚とか、意味が分からないんですけど……」


「そうよ!突然過ぎるでしょう!そういう事はもっとこう、お互いよく知り合って分かり合ってからであって!」


 ザラが横から勢いよく常識的な話をしてくれる。援護射撃だろうか。ありがたい。


「いや、突然は、そうかもしれないんですけど、前々からゼンさんのうわさは聞いてましたし、とても丁寧で紳士的で、ボンガに接する態度も、ボク、見てるだけで優しさが伝わって来て……」


 必死に自分の想いを伝えるハルアは、ちょっと涙目で可哀想ではある。


 正直ゼンはこうグイグイ強引に来る娘は苦手だ。自分には恋愛事がよく分からないので、その勢いに流されそうになる事があるからだ。


 旅の途中は、そこに永住とか論外なので、全てなんとか断ってきたが。


「それに、うちの婆様が、料理の美味い嫁はさらってでもモノにしろって……」


 そこでコケそうになる。どういう教えだよ、それは!


「あ、あなた、何言ってるの嫁って、ゼンは男の子よ!」


「いや、だから、ボクは女の子ですから、問題ないと……」


 どういうへ理屈なのか、ハルアは力説する。義母さん(ギルマス)的な考えなのだろうか?


「問題大ありよ!それじゃ単に料理が目当てで、餌付けされた動物みたい!


 それと、あなた、エルフでしょ?ゼンとの歳の差とか考えないの?」


「え、ボク、121で、エルフとしてはまだまだ小娘ですから、丁度いいのでは?」


 一世紀以上年上なのか。やはりエルフは見た目で歳が分からない。


「いいわけないじゃない!見た目は子供っぽくても、立派に研究者として、錬金術師として独り立ちした大人じゃない!」


「ゼンさんも、冒険者として独り立ちしてますが?」


 不毛な議論だ。


 どうも、ハルアがこう大騒ぎするのに慣れているのか、周囲の者はもう止めようとはせずに、学術的でない好奇心やら何やらで、興味深くこの珍事を観察している。


 ザラが一人で口論しているせいか、段々熱くなり過ぎているし、そろそろ潮時だろう。


「あ、あなたそう―――」


「ザラ、もういいよ。俺が相手するから」


 ハルアと相対するザラの肩を手を置いて軽く引き、椅子に座らせる。


 研究者なだけあって、当然ハルアは頭がいい。何を言おうと切り返されてしまうだろう。


「で、でも……。分かったわ。あなたがそう言うなら……」


 ザラは不承不承、といった感じに口を閉じる。


「ハルアさん」


「ボクの事は、ハルアでいいです」


 相手が本命に代わってご機嫌になっている。中々図々しい。


「……ハルア、俺は現実問題、まだ13…ぐらいで、結婚出来るまで、まだ2年あります」


「なら、結婚前提のお付き合いからで」


 まるでくじけない。


「……俺も正直な所、初対面の人といきなり結婚だの付き合いだのは、考えられない、と言いますか……」


「考えて欲しいでーす」


 強い。……それにしても、なんで自分をボク、と言ってるのだろう。全然男の子っぽくもないのに。不思議な子だ。


「じゃあはっきり言うけど、ハルアが仕事熱心な人なのは聞いた事がある。でも、それで身だしなみがだらしない人には、好感を覚えない」


 ハルアのボサボサの髪、薄汚れた白衣の事だ。


「そ、それは……」


「料理がどうの、と話してたけど、それはもしかしたら、俺にそういう方面全部任せきりにするつもりなんだろうか?俺は確かに、家事とか、そうした事は好きだから、もしかしたらそういう人と相性がいいのかもしれない」


「な、なら!」


「でも、最初からそれ前提で考えてるなら、それはもう恋とかの恋愛じゃなく、打算だよね」


「……ぅぐぅ」


 ハルアはぐうの音も出ない感じだ。いや、出たか。


「まあ、それ以前にやっぱり、こんな少しの時間じゃ、お互い何も分からない様なものだと思うよ。


 俺とは少なくとも一月は一緒に仕事をするのだし、それが終わる頃でも、まだ気持ちが変わらないのなら、俺もその時また改めて考えて答えを出すから」


「……わ、わかりました。とりあえずは、今日は保留で……」


「うん。そうしてくれると助かる」


 ハルアはスゴスゴ引き下がって行った。


「ゼン、もっとハッキリ断らなくて良かったの?ああいう娘はしつこいわよ」


 ザラが小声で忠告してくれる。


「う~ん。かもしれないけど、もっと相手の気持ちを考えてやれ、って言われたばかりだったからね」


「誰に?」


「義母さん。養父の婚約者で、まだ予定だけど。ザラを連れて来たギルマスがそうだよ」


「え、そ、そうなの?だから、また嫁候補がどうの、とか言って……」


 何の話だろう?レフライアの思考も結構ぶっ飛んでいるので予測不能だ。



 ※



「あっと、そうだ。ゼン殿は、そろそろ被験者の面倒見てる、主任の所に行ってもらえますか?なにかもめてるみたいで……」


 主任?そう言えば、今は席を外してるとか、レフライアが言って……。主任抜きであの始動宣言は良かったのだろうか?


「何処でしょう?」


「さっきの調理場とは逆の、奥の部屋です」


「分かりました。もめている、と言うのは深刻な話ですか?」


「いや、獣人のデータが欲しかったので、先頃獣王国から来た獣人の冒険者を被験者にいれたのですが、どうも注文が色々多くて。もしかしたら、別の候補に代える事になるかもしれません」


 研究者も難しい顔をしている。


「なるほど。了解しました。すぐに行ってみます。ザラ」


「ええ、分かったわ」


 ザラも一緒に立ち上がり、言われた部屋へと向かう。


 廊下は出来たばかりなので、妙に綺麗だ。


「……でも、凄いわよね。この階全部、従魔研だけの部署で、魔具で増やした、なんて」


「うん。俺も、昨日聞かされた時は驚いたよ」


 ゼンはレフライアに案内された、昨日の話を思い出す。



 ※



 研究棟は、本部の隣りではあるのだが、意外な場所にあった。素材解体倉庫と城壁に挟まれた、裏側に隠すような位置。表通りには面していない場所で、本部を通ってしか行けないよう、入れないようになっている。


「2階が全部、従魔研て、そんな出入りしやすい場所が、空いてたんですか?」


 ゼンは、初めて来た研究棟の中を、物珍し気に見ながらたずねた。


「空いてる訳ないでしょ。増やしたのよ」


「増やした??」


「そういう空間拡張の魔具があるの。勿論、もの凄い高額。口にしたくない程の。でも、それぐらいの物を使って、隔離した部署にしなければいけなかったから」


 レフライアの表情は怖いくらいに真剣だ。それは高額出費の為か、従魔研という、未来ある部署の事を思ってか。


「そう、ですか。従魔研、凄い力入れて設立したんですね」


「当然よ!ゼン君だって、従魔持ちなんだから、その有用性とかは分かるでしょ?」


「はい、それは勿論。一生頭が上がらないくらいの恩を感じてますよ」


 ゼンの返答は、どこかズレている。


「……そんな風に殊勝に思って従魔を使ってくれる人ばかりだといいんだけどね」


「心とか魂とかで繋がってしまいますから、そうそう雑な扱い出来ないと思いますよ。


 自分の手を駄目になるまで酷使する人は、滅多にいないでしょ?」


「ふーん。そんな感じなのね。でも、自分が強くなる為にそういう無茶する人もいると、私は思うわ……」


「そうですか。いるんですか。世界は広いですね」


(自覚なし、か……)


 無茶な修行をしたゼンを皮肉ってみたのだが、分からなかったようだ。


「義母さんは、従魔を持たないんですか?充分その域を超えてると思いますけど」


「わ、私?う~ん。結婚前から、娘か息子か作るみたいで、少し考えないと無理ね」


「ここにもう義息子がいる訳なんですが」


「意味がちょっと違うわ。君は、ゴウセルに出来た義息子だから。


 従魔は、うん、自分で産んだ、て言ってしまうと大袈裟かもしれないけど、そんな感じなの。最初赤ん坊なんでしょ?」


「ああ、はい。先妻の息子的な扱いなんですね、俺。


 確かに従魔はいきなり子育てさせられて、しばらく親の気分でした」


 ゼンは懐かしく思い出す。ミンシャの時は、心臓が止まるかと思ったぐらいだ。


「そんな表現しなくていいから。悲しくなって、君が憎く思えてしまう……」


 レフライアはガックリとうなだれ、うつむいている。


「え?あ、すいません。無神経な表現でした」


(うわ、図太いようでいて、時々繊細だから、ギルマスの扱いも難しい。乙女だなぁ。俺にはまるで分からないけど……)


「……いえ。的確だからこそ、心にグサっと来ただけだから。


 ……まだ機材搬入とか全部終わってなくて殺風景だけど、中を見学しましょう。この指輪つけてね」


 レフライアは気分を変えて事務的に徹しようとしている。


「これが、増えた“2階”への通行証、ですか」


 ゼンが渡された、味もそっけもない、単なる金属の輪っかにしか見えない物を、つまんでよく見ると、内側に何か文字が刻んであるようだ。ゼンには読めない、魔術系のなにかだろう。


「そう。これがないと、普通の2階に上がるだけ。階段の所で判別するの。


 これの恐ろしく大規模版なのが、迷宮(ダンジョン)じゃないかって話。つまり、人類にはまだまだあんなのを造って運営するなんて出来ない証拠とも言えるわね。こんな小さな建物の1階分増やすのでも大騒ぎなんだから」


「あんな悪趣味な物、永遠に造れなくていいですよ」


 ニッコリ怖い笑みを浮かべるゼンだった。












*******

オマケ


ミ「もうミンシャはここのあるじ!占領したですの!」

リ「牢名主か何かみたい。むなしくないの?」

ミ「ムグググ、ですの……。ハ、ご主人様の所に、新たなメスの気配が!」

リ「確かに。こんな事してる場合じゃないわ」


セ「あの二人、飽きないんですかね」

ゾ「好きでやってるんだろ。実は結構仲いいよな、あいつ…ら……」

(ドゴォ!)

ミ「ドッグ・ブロ~。犬耳可愛い女の子のパンチは、余計な事ほざく駄狼を黙らせる、ですの!」

リ「アホな事してないで、行くわよ」

ミ「待つですの!」


ル「おー、凄いお!」

セ「まあ、一応最強設定なので……」

ガ「犬も歩けば棒に……」

ゾ「犬じゃ……狼……」

ル「なむ~~☆」

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