第71話 悪魔の壁(21)☆41~46



 ※



「二人とも、この粒を飲んでもらえますか?」


 しばしの休憩でボ-っと水筒の水を飲んでいたリュウとラルクは、ゼンに渡された赤い粒を手に取って不思議そうに眺める。


「ゼン、なんだ、これは?」


「飲めば分かります。元気でますよ」


「まあ、そう言うなら」


 二人は手渡された赤い粒を飲む。しばらくしてから、二人は飛び上がった。


「な、なんだ、これ?辛い!後、酸っぱい!」


「ぐぅ、辛い。酸っぱ……」


「本当は、それ、ある野菜の辛味成分を凝縮した粒なんです。酢につけて保存して、それから粉にして調味料にする、辛味の塊り……」


「な、なんで、そんな物を……」


「悪戯にしちゃ、タチが悪いぞ…」


「二人とも、しゃっきりしない様だったので……」


 ゼンはとても悲しそうに呟いた。


「そ、それは……」


「あー、いや、まあ、うん……」


「分かってます。先程の話ですよね。だから、やっぱり謝ります。すみません、時と場所もわきまえずに、つい、あんな重要で難しい話をこんな所でしてしまって……。本当は、ここの迷宮(ダンジョン)が終わってから話そうと思っていたのに……」


 また仲良く喧嘩してた二人も、遮音結界を解いて話を聞いていた。


「俺は、将来的な話で浮かれていたと言うか、その話に関した事柄ではあるんだが……」


 ラルクは口の中でゴニョゴニョ言いながら顔をしかめる。


 サリサは頬を紅く染め、顔を背けている。その脇を、アリシアが肘で小突いている。


 リュウは、まいったな、と頭をボリボリ乱暴に掻くと、開き直った様に言った。


「まあ、確かに、せめて夜にでも話してくれたら、一晩考えて、心の整理する時間が取れたかもな。迷宮(ダンジョン)入ってから、毎晩コソコソテント出てたのも、そういった話、してたんだろ?」


「気づかれてたんですね」


「ああ。やっぱり“気”の特訓の成果かな。人が動いたりとか、すぐに察知出来るようになっていて、な」


 俺も俺も、とラルクが自己主張する。


「最初は、その、逢引きの類いかも、と思って触れないでいたが、どうもそういう感じでもない様だったからな」


 片方はそうです~と言いかけるアリシアの口を、サリサが後ろから懸命に塞いでいる。


「それでも、話されないよりかはマシさ。蚊帳の外は寂しいんでな」


「はい……」


「ちょっと考え過ぎて、心配かけた様だが、もう大丈夫だ。最下層だ。ゆっくりでもいいから進めていこう。ラルクも大丈夫だよな?」


「おお!、俺も、腹は座った。男らしく……あ、いや、こっちの話だ。気合い入れ直して行こうぜ!」


 男性陣は気分一新、やる気を出している。


「ゼン、さっきの2粒ちょうだい」


 それを羨望の眼差しで見ていたサリサは、男って単純で羨ましい、と言いつつ、ゼンにそう注文したのだった。


「え、でも、サリサはもう充分シャッキリしているみたいだけど?」


「反省の意味も込めて、飲みたいの」


「……まあ、そう言うなら」


 ゼンは渋々、その辛味の粒をサリサにも渡した。


 サリサはそれを受け取ると、その一つを急にアリシアの口に押し込んだ。


「ふぎゅ?」


「止めないでいたシアにも、責任の一端はあるんだから、飲みなさい!」


 そう言って、無理に水筒の水も、顔を上向かせて追加する。


「あ~~~、飲んじゃった~!サリー。ひどい!」


「全然ひどくない。私もちゃんと飲むから」


 それからすぐに、二人はなんとも言えない辛さと酸っぱさに悶絶する。


「ま、まさかこんなに辛いなんて。なんか痛い……」


「うう、酷いでござる~~」


 混乱しているのか、アリシアの語尾がおかしくなっている。


「……女の子にはきついでしょ。薬も飲んでおいて。水多めで。じゃないとお腹壊すよ」


 今度はよくある薬の白い粒を渡す。


「ありがと……」


「うう、ゼン君、お昼はお腹に優しくガッツリ美味しいのを所望します……」


「その注文、難しいんだけど……」


 薬を飲んで落ち着いた二人を連れ、やっと一行は再出発した。



 ※



 サイクロプス 一つ目巨人は、トロル種よりも一回り大きい巨体を持った巨人種族の中でもひと際強力な種族だ。


 その青銅を思わせる群青の肌は魔術耐性が高く、弱点となる属性も存在しない。


 唯一の弱点は、その大きな一つ目だが、それが自分の弱みである事は充分理解していて、事あるごとに、それを庇う仕草をする。瞼も非常に頑丈で、瞳を閉じてしまうと、普通の剣や弓を簡単に弾いてしまう。


 その巨体が3体。中々の迫力だ。


 闘気も充実していて、巨体なのに、身体強化もしているが、大部分はは防御の為の皮膚強化、それに耐性補強。力は充分あるから、巨体の守りを厚くする、とか、頭がいいのかな?


{Bで。2、3発、魔術打ち込んで、少しでも削るから、後は接近戦で何として欲しい。隙を見てラルクは目を……}


<いや、ラルクさんは、目を狙うフリだけで、他を狙った方がいい。あいつは弱点を庇うのに慣れているから、逆をした方が効果的です>


 ゼンの、“気”を通した小声で、サリサの指示を修正する。


{……と、するみたい。とにかく撃ち込むわ。シアも杖でやって}


「『狂風乱舞(ウィンド・ダンス)』!」


 サリサの風の中位魔術が、Dサイクロプス 一つ目巨人3体を襲う。アリシアもソラス・ロッドを振って光弾を放つ。


「『轟炎の雨 バースト・レイン』!」


 炎の雨が、続けてDサイクロプス 一つ目巨人に降り注ぐが、すすけた様に見えるぐらいで、ダメージを負った風には見えない。風の刃も、傷一つ与えていない様だ。


「うわ、ムカつく……」


 思わずサリサはつぶやく。耐性が高いと、ここまで通用しないとは……。


 ラルクの弓が、3体のリーダーらしき、1体の目の辺りに飛ぶが、片手を上げ、まるで羽虫を追い払う様に手で払う。牽制とは言え、まるで問題にしていない。


 3体のDサイクロプス 一つ目巨人は、武器がそれぞれ違った物を持っている。リーダーらしき、頭一つ背の高いサイクロプス 一つ目巨人が、金属製の、太い棍棒を。


 他の2体が、似た様な木製の棍棒と、武骨な槍を持っている。


「俺が、あの金棒のを何とかしますから、2体を少しの間抑えておいてもらえますか?」


「倒しても構わないんだろ?」


「勿論!」


 ゼンが攻撃を仕掛け、そのリーダーらしき金棒のDサイクロプス 一つ目巨人を左横に釣りだす。


 リュウは残り2体に炎の刃を飛ばしながら、右横へと移動する。


 ラルクの矢は、ある程度の“気”を込め、威力を強めたものを、それぞれの脇腹や金的などに放つのだが、刺さらない。動物の皮を巻いただけの様な適当な腰巻の下に、なにか仕込んであるのかもしれない。金的に放った矢は金属に当たる音がして弾かれたのだ。


 Dサイクロプス 一つ目巨人・リーダーは、ゼンに何か感じるものがあるのか、慎重に金棒を振り、細かく突いてゼンを寄せ付けない様にしていたが、その金棒が地面にストンと落ちる。


 ?!


 金棒を握っていた指を、ゼンが切断したのだ。


 Gaaaaa!


 金切声を上げながら、まだ無事な左手でそれを握り、また落とす。親指が切断されていた。


「もう武器は持てない。なら、終わりだ」


 素手でも怒りの勢いだけで突っ込んで来たDサイクロプス 一つ目巨人の目に、ゼンが剣先を向ける。


 瞼をギリギリで閉じたが、それも無駄だった。突進の勢いまで利用されたその突きは、簡単にDサイクロプス 一つ目巨人の瞼を貫き、目を貫き、更に、その先にあった魔石までも貫通する。


 Dサイクロプス 一つ目巨人の魔石は頭にあったのだ。だから、それに繋がる目を守っていた。


「リュウさん、サイクロプス 一つ目巨人の魔石、頭に、目の先にありました」


 2体の相手をしているリュウの所に駆け寄ると、1体は片腕を斬られ、もう1体も、胸に火傷を伴った斬撃の後が生々しく焼き付いている。


「なるほど、心臓ら辺にはないから、こうも粘るか」


 二人で、満身創痍な2体の首を飛ばして、頭にある魔石をそれぞれ潰す。


「中々手応えあったな」


 余裕の笑みを浮かべているリュウは本当に頼もしい。


「スキル技とか使ってないですけど、何か意味が?」


 ゼンはそれとなく聞いてみる。もしかして、自分に遠慮しているのだろうかと思って。


「え?―――あー、忘れてた!魔剣が強過ぎて、使う必要がまるでなくて、な」


 リュウは照れ笑いで誤魔化す。どうやら本当の様で、ゼンは安心した。それに、なんだかとてもリュウらしい理由だ。


「ラルクさんもそろそろ、弓のスキル技とか習得するのでは?」


「あー、どうだろうな。弓の習得補助とかのスキルあるし、その内覚えると期待してるんだがね。一撃必殺系か、雨あられな連射系なんて良さそうだ」


 恐らく、その遠くない内に覚えるだろう。迷宮(ダンジョン)でのラルクも成長著しい。


 気が早いのだけど、昇級試験が楽しみだ。



 ※



 ガルムは、狼でなく犬の魔物だ。つやつやした毛並みの黒い毛皮、ふてぶてしくも鋭い風貌。


 普通の犬の軽く2倍以上ある巨体が群れをなして襲い掛かって来る。


 突如現れたガルムの群れは、頭のいいリーダーがいる様で、二手に別れ、前衛を抜け後衛の女性陣へと攻撃を仕掛けようとしている。


 ゼンはとりあえず、横を抜けようとするDガルムの四肢を斬り落とす。


 大回りに行こうとする数匹も、『流歩』で追いつき、動きを止める為に足を斬る。


「おー、可哀想に」


 動きの取れないDガルムに、ラルクが弓で次々と頭にとどめを刺す。


 リュウは大剣の長さを生かし、コマの様に回って自分に来る敵は斬り払っていた。


 それでも数匹が、その防衛網を突破して、女性陣二人に襲い掛かろうとするが、


「『氷結乱舞(フリージング・ダンス)』!」


 サリサの氷結呪文で全て凍り、動けなくなる。


 それをアリシアが一つ一つ丁寧に、ソラス・ロッドで打ち壊している。


「残念賞?惜しかったで賞かな?」


 意味不明に怖いアリシアさんです。


「奇襲を仕掛けて来る群れとか、怖いな」


「本当なら近づく前に数減らしたいですよね」


「ああ。後衛を狙うのも、本能的に群れ(パーティー)の弱い所、大事な所が分かるのか」


「野生の本能、もしくはそういうスキルがあるのかも」


「厄介だな」


 ラルクもやって来て会話に加わる。


「俺の弓、頭以外は弾かれてたな」


「毛皮に、“刺突耐性”があったのかもしれません」


「あー、弓専用的な耐性だな。嫌らしい……」


「槍とかも刺さりにくいらしいですけど、やっぱり弓の為、でしょうね。動きが速い群れだと、剣士が追いかけるのは現実的じゃないですから」


 追いかけて斬ってる剣士が何か言ってます。



 ※



 途中、42階の“休憩室”で朝食を取り、休憩をとった後、また出発する。


 最下層だけに、手強い敵が増えてきたが、危ない場面はほとんどない。


 氷虎(アイス・タイガー)は、そのまま、氷属性の虎の魔物だ。


 猫の様にしなやかな動きと、苛烈で獰猛な、虎の魔獣特有の動きに、氷の属性で更に攻撃力、防御力が増す。吹雪の吐息(ブレス)まで出す。


 だが、リュウの魔剣にとっては絶好の獲物だ。


 リュウが飛ばす炎の刃は、D氷虎(アイス・タイガー)の周囲にただよい、攻撃に対して氷結して壁になる霧の結界を簡単に突き破る。


 吹雪の吐息(ブレス)も魔剣の一振りで無効化してしまう。


 そうこうしている内に、


「『轟炎の雨 バースト・レイン』!」


 サリサの炎の雨までもが降って来る。


 本来、難敵であるD氷虎(アイス・タイガー)は、属性不利の典型例の様に短時間で敗れ去った。


 炎獅子(フレイム・ライオン)も……哀れ過ぎて、涙がにじむ程に。


 D炎獅子(フレイム・ライオン)の炎熱結界を、無数の氷柱(ツララ)が突き破る。


 豪炎の吐息(ブレス)も、魔剣の一振りで相殺、無効化され、本来斬る事の出来ない、斬っても無駄な炎の身体は斬られ、凍り付く。


「『氷結乱舞(フリージング・ダンス)』!」


 群れはまとめて凍り付き、


「『氷の槍 アイス・ランス』x8!」


 リュウが魔剣で飛ばすのよりも3、4倍は太い氷の槍で串刺しにされる。


 何故かそこに、アリシアが放つ光弾が当たって、槍の刺さった氷の彫像をぶち壊していた。



 ……入れ代わり立ち代わり現れる、それら最下層の魔物を打ち破り、そろそろ野営の時間だ。


「今って、何階だ?」


「え~~と、5、じゃない、6ですね。46階まで来ました」


 ゼンが指折り数えて答える。


「よし、今日はここまでにするか」


 リュウの言葉に、ゼンはそこから一番近い“休憩室”に皆を誘導する。


 幸い、そこまで魔物とは遭遇せずに行けた。


「明日、とうとうボスまで行けそうだが、どうする?」


 リュウが四隅のひとつにマジック・テントを張ると、ゼンに問いかける。


「そうですね。万全を期すなら、49階の、上への階段の一番近い“休憩室”で1泊してからの方がいいかもしれません。


 でも、明日、どれぐらいでそこまで行けるかにもよるかも。時間が速い内に、そこまで行けるなら、長い休憩取ってから挑戦、でも行けると思います」


 普通のボスならば、問題はない。


「ここのボスって、なんだ?」


 本来当り前に前もって調べておくべきだが、こんなに早くここまで来ると想定していた者は、この中ではゼンだけだろう。


アース・アーマー・ザウルス 地装甲亜竜、です。それと2足歩行の亜竜、ラプトルが4匹出ます」


「えーと、なんか聞いた事のないボスだな」


 リュウが意外だ、という顔をする。普通、迷宮のボスとなる魔物なら有名どころが当り前だ。


「あの、ですね。このボスは昔、アース・ドラゴン 地竜と呼ばれてたんですが、竜族から、あれは地竜ではない、と人間側に抗議が来て、改名された魔物なんです。


 実際、地竜と呼ばれる竜は他にいるので」


「え、じゃあ、ここのボスって、地竜なのか?」


 ラルクが驚いて大声を出す。


「いえ、だから、えーと。あー、まあ、そう昔、通名で呼ばれてた種です」


 ゼンは早々に諦めた。余り浸透していない名なので、仕方ない。


「あの、鎧で硬く覆われていて、吐息(ブレス)も吐く!」


「一応、吐きますけど、氷虎(アイス・タイガー)だって炎獅子(フレイム・ライオン)だって吐いてたじゃないですか」


「竜の吐息(ブレス)は別格だろう!」


「あー、そうですね。本物の竜なら……」


(どう説明したら、分かってもらえるかな……)


 途方に暮れる、ゼンだった……。











*******

オマケ


ミ「出番が、ないですの!」

リ「当り前。だから、ここで出てるんじゃないの?」

ミ「でも、物足りないですの!ご主人様成分が足りないですの!」

リ「主様の中にいて、何馬鹿な事を……。あら、主様成分じゃないの?」

ミ「みんな主様言ってるから、差別化ですの!」

リ「最初からいた貴方を皆、真似したんだけど……」

ミ「ともかく、ミンシャだけのご主人様ですの!」

リ「好きにすれば……」

ル「お?るーは、あるじ~、ごしゅ、ごしゅじ?」

ミ「無理に言うな、ですの」

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