第70話 悪魔の壁(20)☆40~41



 ※



「―――ごめんなさい、話が長過ぎましたね」


 ゼンの視線の先に、再生(リポップ)したミノタウロスがいた。確かに、話し込んでいつもよりも時間が過ぎていたが、内容が濃かったので、もっと短い時間の様にリュウには感じられた。


「そう、だな。別に謝る程の事じゃないが」


 なにか、横でアリシアとサリサが、「同じ屋根の下だって、どうする~?」「う、うるさいわね、だから何よ?」「とっても楽しみだね~、サリ~?」とか、何かゴニョゴニョやり合っている。本当にこの二人は仲がいい。


「共同生活やクランの件は、自分のこうした方がいい、的な意見なので、4人が宿住まい続けて、クランなしでの上級迷宮での探索、となる場合もちゃんと考えてますから」


 世界には、どんな事でもも起こり得る可能性がある。ゼンは一応、自分の希望を提案しただけだ。条件にあった物件の仮押さえはしているが、その違約金を払っても、何も問題はない。(勿体ないけれど)


「考えてみれば、従魔の件で、2つ目の迷宮攻略に、俺はしばらく行けないんだから、急ぐ必要のない話なんです。


 色々先走り過ぎでした。4人で時間あるときにでも話してみて下さい」


 そう言って、ゼンは立ち上がる。出発してもおかしくない時間だ。


「あ、ああ、でもな、ゼン。少なくとも、共同生活の件は前向きに考えたいと、全員思っている……筈だ」


 リュウも立ち上がり、仲間に目をやる。


 俺は大賛成、とラルクは言っているし、アリシアは笑っている。サリサは、そのアリシアの首を絞めているが、本気でないのは分かるし、共同生活の話でなく、別の事で揉めている様だ。視線を向けると、渋々っぽくだが頷いている。


「うん、皆、賛成の様だ。


 クランの件は、正直、壮大な話で、それをこの最年少パーティーが主導でおこなっていいのか、的な迷いがある。ゴウセルさんや、出来ればギルマスの話も聞いてみたい」


 聞いたら聞いたで、ギルマスは大賛成しそうな気がするが、それはギルドの公認となると言う事だし、確認する意味はある。


「それと、あ、いや、もう行くか。多少は進めて、昼食の時にでもまた話そう。キリがないからな」


「そうですね」


 ゼンも正直色々話し過ぎた、と心の中で反省している。何でも相談、と言われはしたが、それをまとめてするのはおかしい。多分、叱られて、それが嬉しくて浮かれた、と人に聞かれたら変な目で見られそうだが、そういう状態なのだ。


 やっぱり自分はまだまだ子供なのだ、と自覚してしまう。


 確かレフライアに『混乱させたくないから落ち着いてから』みたいな事を言った、その舌で、まだやっと階層ボスが終わった所の、一日の途中、これから最後の9階を探索し始める大事な時なのに、上級迷宮でのクラン活動から始まり、従魔の事を打ち明け、共同生活の提案、そこにクラン参加者も引き入れる事。


 てんこ盛りだ。


 特に、リュウとラルクには初耳な事尽くしで、混乱しない訳がないだろう。


 階段を上り、41階に上がる一行の様子を、ゼンはそっとうかがうが、4人とも、普段通りで特に変わりはない。アリシアが常時笑顔なので、それがさっきの会話からなのかは分かりづらいが、いつも通りで平静に見える。


 全員が、すぐに休憩時の会話を割り切って、戦闘には持ち越さない熟練者(プロ)なのだ。


 自分も見習って、気合いを入れ直し、頑張らなきゃ、等とゼンは思っていたが、実情は違う。



 リュウは、


(上級迷宮でのクラン活動は、フェルズの外の世界の冒険者では普通の事らしいので、それをしなければまともな活動が出来ない。なら普通は、今あるクランに参加、となる所を、ゼンは零から自分達で組織し、諸々仕切ってしまおう、という発想が飛び抜けている。


 しかも、C級からその準備をし、参加パーティーの昇級を補佐してクラン入りをうながす、なんて常識的な考えではない。最初から綿密に考え抜かれ、実現可能な道として選ばれた具体的な計画案。


 目の前の戦闘をやっとこなして、間近の事しか考えて来なかった自分達とは、見えているものが違う。視点が違う。展望が、先の先まであるのだ。脱帽するしかない。


 ただ強い剣士になっただけではない。一人の男として、人間として、とんでもない成長をとげて帰って来た。


 そんなゼンが、自分達を慕い、ラルクではないが、献身的に尽してくれる事の喜びは、自分でも計り知れないぐらいに大きい。


 今、彼を軸に世界が大きく変わろうとしている。そんな実感がある。


 従魔の技術は、パラケスの長年の研究の成果だと聞いたが、ゼンがそれに深く関与して、多大な貢献をしているようだ。それは、ゼンの特異性ゆえに、表には公表できないらしいが、自分達にはそれを知らされている。


 とてつもない話だ。


 自分達は、歴史の節目のような場面に、立ち会っているのではないだろうか?そんな考えは大袈裟だろうか?


 本当に、心の底から感動している。その場で飛び上がって、踊り出したいぐらいに)


 と、心の中では大騒ぎ状態だった。


 ラルクも、


(色々ヤバイな。クランとかは、とりあえず横に置くとして、ゼンと皆との新しい共同生活!


 三食昼寝付き!(昼寝は言っていない)


 それに、新しい、豪邸らしき場所での新生活を始めるなら、いっそスーリアも誘って同居……いや、結婚してしまってもいいのかもしれない。彼女も時々それをほのめかしていた。


 女性陣にはもうつき合いはバレていたようだし、リュウには、適当に言えばいい。(ひどい)


 スーリアはすでに実家から独立した状態で、三女だから、結婚の許可を取る必要はなく、手紙で知らせるだけの、事後承諾でいい、みたいな話をしていた。


 手紙……いや、ここは奮発して、メモリー・クリスタルを買って、両親に自己紹介の映像、娘がどんな男と結婚するのかを見せてあげるのが、男の勤めではないだろうか?


 二人の幸せそうな様子と、冒険者として立派にやって、かなりの収入のある男とアピールして安心させる。悪くない考えだと思うが、スーリアに相談……いや、その前に結婚の申し込みか。


 求婚(プロポーズ)……。ヤバイ、もうその時の事考えて、緊張して来た。どう申し込むか、それも考えよう。スーリアはそう言った舞台設定にうるさい。


 求婚(プロポーズ)する、雰囲気のある、感動的な場所か、フェルズ内にそんなとこあったかねぇ。昔、配達でフェルズ内を走り回っていたゼンなら、いい場所を知ってるかもしれんな。ちょっと話してみるか……)


 と、完全私的な事で浮かれていた。


 アリシアはニコニコと、


(ああ、どうしよう~。素敵!素敵!サリーの乙女心が、日に日に増してるのが分かるのに、これから共同生活!サリー、大チャンス~!


 どうしましょう。面白……じゃない、嬉し過ぎて、大親友な私もニッコリ笑顔~~。


 恋愛初心者のサリーは、ばっちり大先輩なアリシアちゃんが完全補助(フル・サポート)してあげるからね~~。


 まだ、ゼン君の方の気持ちが、今一つよく分からないのだけど、それも追い追い私が親切指導してあげましょう!


 ザラさんていう強力な強敵(ライバル)がいるから、油断は禁物だけれども、流れはサリーに来てる!傾いてる~!


 運命は、サリーの見方なのかしら~~?


 予断は許されない状況だけど、私はサリーの味方だからね!


 やだ、嬉しくて歌いたくなってきちゃった~。


 ラララ、ララララァ~~~♪)


 いつも通り天然だった!

 

 一方サリサの方は、


(…………………………………………


 …………ハッ!


 なんだか、今私、思考停止してた?衝撃(ショック)が大き過ぎて……。じゃない!別に衝撃(ショック)なんて受けてない!


 うん、私も前から、実家とかより不自由な宿屋生活は、改善したいと思ってた。うん、本当に思ってた!


 自由にカーテンとか壁紙とか変えれない。模様変えも出来ない。女の子として当然よね!


 だから、新生活大丈夫、ドント来い、よ!


 ……広い屋敷に移るんだったら、もしかしたらシアとリュウ、一緒の部屋になったりするのかしら?恋人同士なんだし、そうなってもおかしくないわよね。


 ちょっと寂しいけど、仕方ない。狭い部屋で、二人騒ぐのも悪くはなかったけど、いつそうなってもおかしくない二人だったんだし、私も一人部屋になるのを喜ばなくちゃ!


 ……一人部屋になったら、ゼンが夜中に突然訪ねて来たりもするのかしら……


 …………


 ………


 ……


 …


 え?


 え?え?


 え?え?え?今、私、何考えてた?


 な、何も考えてない!うん、考えてない!違う!絶対違うから!


 あ~~~~~~、なんで私、こんな事でグジグジ悩んでるの?


 シアが悪い!シアが諸悪の根源!


 それに、ゼンも悪い!なに、いつも涼しい顔で、何でもかんでもこなして!


 それでいて、重い荷物みたいな苦労ばかり一人でしょい込んで、抱えて、もっと歳の差考えて、頼るべき!甘えるべき!


 私は、シアみたいに甘やかしたりしないけど!


 だから、色々この先の事、打ち明けてくれたのは、驚いたけど、嬉しい……。


 絶対、あんたが悪いんだから、ね……)


 揺れ動く乙女心なのであった。



 ※



 ハーピィ 妖鳥は、腕が翼になった、上半身だけ人間に見える魔物だ。


 顔は醜い、いかにも魔物的な顔をしているので、余り倒すのに抵抗感がわかない。


 上半身裸なのは、ラミア 半人半蛇同様に、ゼンにとっては困る要素だが、顔が醜く、胸が小さいので、ラミア 半人半蛇よりは幾分かマシだ。


(それに、腕が翼なら、服があったとしても着れないだろうなぁ……)


 ゼンはやくたいもない事を考えながら、剣風を刃の様に飛ばし、上空に滞空するDハーピィ 妖鳥達を攻撃する。


 確か、最初の階層にもDハーピィ 妖鳥がいた筈だが、階層の深い位置に出ると、種類が違うのか、羽の色等が違うし、強さもこちらの方が断然強かった。


 飛ぶ速さ、襲い掛かる攻撃の強さ、重さ、連携の上手さ。


 それでも、今や旅団全員が対空攻撃の手段がある。


「え~~~い~~」


 気合の抜ける掛け声とともに、アリシアが杖を振り光弾を続けて飛ばす。余程気に入ったのか、どの敵にも最低一回以上はそれで攻撃している。


 威力は弱めだが、Dハーピィ 妖鳥は羽をやられれば落ちて来ないではいられない。集団に放てば、ハーピィ 妖鳥も速いが光弾も速い。


 リュウも弾数の多い氷の氷柱(つらら)を放っている。


 ラルクも弓を続けざまに撃っている。


 サリサが魔術を撃たないのは、こちらの攻撃がすでに飽和状態にあるからだろう。


(それにしても、何だかみんな静かだな。40階出てから、一言も口聞いてない様な……)


 何か気がかりだったので、丁度すぐ近くだった“休憩室”に寄る。


「え~と、少し早いけど、休憩しませんか?喉が渇いたので」


「うん~、そうだね~」


 アリシアの返事はあったが、他がない。


「あれ?」


 何故か皆そのまま立ちすくんでいる?


 ゼンは試しに、大きく両の手の平、パンとを叩いてみた。


「「「え?」」」


「え?」



 ※



 パンと大きな音がして、三人は正気付いた。


「「「え?」」」


「え?」


 目の前でゼンが、面食らった顔をして、両手を合わせた状態で立ちすくんでいる。


「え~と、少し早いけど、休憩しませんか?喉が渇いたので」


 ゼンは前に言った事を繰り返して言っている。


「あ、ああ、そうだな…」


「…了解、了解」


「そ、そうね…」


 三人その場に、思い思いの恰好で座る。


 ゼンは、今の微妙な間や、様子のおかしさは何だったのか、考えるが分からない。


(Dハーピィ 妖鳥って、幻惑の魔術でも使える種がいたっけ?でもそれなら、俺にも何かしら影響する筈だし、みんな普通に攻撃してたじゃないか……)


 さすがのゼンも、三人が物思いに深く没入して、無意識戦闘していた等とは思いも寄らなかった。


(……階段上った後の記憶が判然としない……)


(……なんで急に、“休憩室”にいるんだ?転移?な、訳ねーか。まだそんな悪辣な罠(トラップ)はない筈だからな……)


(え?え?え?ここ、“休憩室”?どうして私、ここにいるの?)


 ゼンが渡したお茶を皆飲んでいるが、話は弾まない。それ以前に、誰も会話しようとしていない。珍しい事だ。


 その内に、サリサがアリシアにすり寄り、何か小さく話しかけている。


 と、物音が聞こえなくなる。


(あ、遮音結界張った……)


 ゼンは、やろうと思えば、師匠から習った“読唇術”で、音がしなくても口元を見れれば、しゃべる内容が分かるのだが、そちらから顔をそらして見ないようにした。


(そんな事したら、盗み聞き同然じゃないか……)





 サリサはアリシアにすり寄ると、この頃よく使う機会のある遮音結界を張った。


「シア、シアってば。今、その……変な事、なかった?」


 アリシアは、ニコニコ笑顔で答える。


「みんな考え事してたね~。それでもちゃんと戦ってるから、見てて面白かったよ~~」


「……え?なに、その冗談。全然笑えないんだけど」


「別に冗談じゃないよ~。そう思うなら聞いてみれば?」


「……ゼ、ゼンもそうなの?」


「そんな訳ないよ。ゼン君いないと、こんなに早く“休憩室”に来れないし~~」


 アリシアは平然として言う。


 サリサは、リュウとラルクの方を見てみる。


(なにか、茫然として、不思議そうな顔をしてる?)


「ま、待って。あんた、なんでそんな危ない状態の私達を放置したの?」


「危なくないよ。その証拠に、ちゃんと戦ってたし。少し“心”がよそ見してるみたいな感じだよ。本当に危なかったら助けるし、ゼン君にも言うよ~~」


「……納得いかないわ。それが危なくなくても、よそ見なら注意してもいいじゃない!」


「え~~、そうかな~。大事な考え事ぽかったよ。邪魔しちゃ悪いかと~~」


「リュウだって前衛なのよ!少しでも注意力散漫な状態は危ないんだから!」


「う~~ん。サリーがそう言うなら、今度からそうする~。で、サリーは何考えてたのかな~」


「え?あ?いや、私の事はどうでも……よくないわね。私にも注意してよ。隣りにいるんだし、声かけるなり、肩たたくなり!」


「ぶ~ぶ~。サリー、私の質問に答えてないのにズルい~~」


「ズルくない!私は、シアの天然さの方が怖いわよ……」


「なにそれ~。意味わかんない~~」


「分からなくてもいいから、お願いよ。もう迷宮の最深部なの。これ以上ゼンに迷惑かけたくないでしょ?」


「あ~~、はいはい。ゼン君に、ね」


 にこにこ、ニマニマ笑顔全開。


「どうしてそんなとこだけ、理解が早いのよ……」


 ドッと疲れが増すサリサだった。











*******

オマケ


リ「とりあえず、共同生活は良さそうだよな。一度その候補の屋敷とやら、見物に行きたいな」

ラ「んだな。物件の下見はした方がいい。新婚なら尚更……」

リ「新婚?何の話だ?」

ラ「あ、違、新築なら、だ」

リ「いや、それなりに年数はいってるだろ。ゼンの話通りなら」

ラ「おー、そうか!残念残念!」


ア「リュウ君の言う通り、一度見たいね。サリーもでしょ?」

サ「……それは、そうだけど。シア、いい加減、そのニマニマ笑い止めないと、こう、神秘的な美少女風味が、台無しというか……」

ア「全然意味分かりませ~~ん。あ~、どんな波乱万丈な新生活になるんだろう。今から楽しみ~~」

サ「そう、ねぇ……。私は、シアが何かしでかさないかと、今からハラハラドキドキよ……」

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