第62話 悪魔の壁(12)☆26(密会?)



 ※



 その日の夜、またゼンはサリサに起こされ、テントの外に出た。

 

 次の日の朝も食事がしやすいだろうと思い、テーブルと椅子は2組とも出したままにしてある。


 二人は、その旅団が食事した側のテーブルに向かい合って座る。


 今日は遮音に不可視の要素も足した結界を張っている。外側からは、人がいるのは見えないし、音も聞こえない。


「不死系(アンデッド)の戦闘指示の話、とかじゃないみたいだね。どうしたの?」


 サリサは何か落ち込んでる風なのは分かっていたが、理由まで分かるものではない。美味しい食事で多少持ち直した様にも見えたが、一時しのぎだったらしい。


「……親友だし、私がシアの事、一番分かっていると思っていたのに、あの体たらく、落ち込まずにはいられないわよ……」


 収納具から鉄のポットを出して、中に術で水を出し、お茶っ葉入れて、手の平に熱を集中させ暖めた。それをカップに注ぐ。


 入れたお茶をサリサの方に置くと、自分の分も入れる。


「今までは、あれで済んでたんでしょ?下級迷宮程度なら、あの浄化に耐える様な存在はいなかっただろうし、仕方ないと思うけど」


 そう言ってからお茶を飲む。沸騰させない程度に暖めたので、調度よく飲める。


「それは、そうかもしれないけど……」


 サリサもお茶を飲む。ハーブ茶で、実は鎮静効果のあるお茶だが、それを知らないサリサは普通に美味しくお茶をいただく。


「私なんかより上とか、自慢するよりも、もっとちゃんと考えるべきだったのね……」


「うん……。あの圧倒的な聖性を感じてしまうと無理もないと思うけど、迷宮(ダンジョン)って場所は、結構意地悪な引っ掛けに満ちてるから。『流水』も、色々と幅広く出来る剣術だけど、どうにもしようがない時ってあるし」


「そうなの?」


「うん。『完全物理無効』とか『斬撃耐性』とか、対剣士特化な防御手段のある魔獣とかもいるし、師匠はそれでも結構最後は何とか出来ちゃうけど、俺には無理な敵、結構いたから……」


「はー……」


 世界は広い。


 ラザンは何とかしてしまう、というのは何となく分かるが、ゼンに無理、とか聞くとそんな敵が本当にいるのだろうかと思ってしまう。ゼンも、結局最後は何とかしてしまえそうな、そんな謎の信頼感があるのだが……。


「それでも、何も出来ない魔物っていうのはいないと思う。術に強かったら剣や槍に、剣や槍に強ければ、術や弓とか、多分わざと弱点とか、攻めやすい手段を残してあるんだと思う」


「残すって、誰が?」


「そりゃあ、“神様”とかいう、試練好きな、全てを創った最上位者達でしょ」


「あ、ああ、うん。そうね」


 サリサは、今ヒヤリとしてしまった。“神様”と口にしたゼンに、畏敬、畏怖、尊敬、等といった、普通なら込められるべきものは欠片もなく、むしろ敵意や悪意すらあった事に。


 昔アリシアは言っていた、ゼンには信仰心は芽生えないだろう、と。それは、本当に本当だった。迷宮や世界中の魔物と戦った事のある彼にとって、神とは人類の敵である魔物を創りだした親玉程度の認識なのかもしれない。


「……それはそれとして、アリシアは、もう少し、不死系(アンデッド)だの死霊だのを抜きにしても、定期的に前に出して、戦ってもらう方がいいのかも」


「…?何故?あの娘はこのパーティーの要、生命線なのよ。なるべく後ろの安全な場所にいた方がいいんじゃないの?」


「うん、その理屈は分かるし賛成だ。でも、本人は多分、それを喜んでいるとは思えないよ」


「えーと、それは、シアが多少、戦いたがりの傾向があるから?それは否定しないけど、役割上、自重しなきゃいけない事もあると思うわよ」


 ゼン少し首を傾げ、腕を組む。


「う~~ん。これは多分だけど、アリシアは、自分が特に安全な場所にいて、戦闘に参加していない事への罪悪感とか無力感、みたいなのを隠してると思う」


「え、でも、私だって場所は同じで」


「サリサはバシバシ魔術で戦闘に参加してる、主軸と言ってもいい」


「ま、まあね。でも、シアだって、防壁付与や補助で、間接的にチームの皆に貢献してるじゃない。治癒だって……」


「うん。縁の下の力持ち。いるからチームの戦闘力が高い位置で維持出来るし、怪我しても治癒してもらえる安心感が、多少の無理でもやっていけると思わせてくれる」


「そうそう。分かってるじゃない。シア程貢献してる人なんて他にいないわ。私の術なんて、一時的な攻撃でしかない。前衛だってそう。皆がシアのお世話になっている」


「一時的とか、サリサのそれは納得し難いけど。でも、戦闘に……危ないところに直接出向く事なく、ただ補助をかけるだけとかは、かけられた方は役に立って力が増してる実感あるけど、かけた方はどこまで役に立ってるか、なんて正確には分からない。だから、不安になるんじゃないかな」


「そう……なの?」


 見ている限りは、とゼンは言う。


 アリシアを一番よく知っているとの自負があったので、サリサは少なからずショックを覚えた。


「アリシアは、昔俺がポーター 荷物持ちしてた時と、似た様な思いをしてそうな感じがするんだ。俺も、今は客観的に見て、それなりに役に立ってた、貢献してた、って分かるけど、当時はもう全然で、まるでその現状が見えてなかった。歯がゆくて、ただただ早く強くなりたくて、って、俺の事はどうでもいいんだ」


 ゼンは少し話し過ぎて、シマッタ、と顔をしかめるがそういう表情を見せてくれる方がサリサは嬉しいのだが。


「つまり、アリシアも戦わせる事で、自分の補助が戦闘にどう役に立ってるか、再認識出来ると思うし、何よりあの二人が並ぶと、リュウさんのやる気が俄然違うし、アリシアも同じ様に、嬉しいみたいだから」


「それは、後ろから見ててもそう思うわ」


「うん。だから、そう頻繁にでなく、たまに前に出して様子見するぐらいな感じでいいんじゃないかな。それが何ていうのか、アリシアにとってのガス抜き、みたいな、不安や不満を取り除く効果になると、俺は思うよ」


「……本当にゼンは、私達の事、色々見て、考えてくれているのね。ずっと一緒にいた私達が気づかない事や、戦い方だって……」


「俺は、これぐらいだけが取り柄だと思うから。なんでも考え過ぎる程に考えて、対応策考えて、剣にしろ料理にしろ、何でも覚え方とかも考えて、いつもずっと色々考えてる。


 爺さんは、共感能力がどうたら言ってたけど、それも色々考えてるからなだけな気がする」


「?」


「いや、こっちの話。詳しく話す程の事じゃないよ」


 別に、話てくれてもいいのに、とサリサは思う。


「でも、やっぱりサリサが、精霊王の加護で、魔力容量の心配がなくなった事を話さなかったのは正解だったと思う」


「き、急に、なんで?」


「あのアリシアの、浄化連発を見たら、サリサが似た様な……あれ程極端にひどい事にはならないかもだけど、強い術の連発で魔物を片付けて、周りは見てるだけ、なんて事になってたら、それこそ戦闘経験なんて何もなく、で、強力な障壁持ちや術耐性持ちに当たって総崩れな危険性は、不死系(アンデッド)のみ、なアリシアよりもよっぽど実際に起こり得る事だと思うから。


 リュウさんやラルクさんも、そうはしなかったかもしれないけど、サリサの術を完全主軸には据えただろうし。まあ、今も充分頼っているけれど」


「そう、ね。そういう危険性は確かにあったんだろうと思う」


 サリサ自身にそこまで先を見通した深い考えがあったのでなく、ただヤバそう、という勘頼りな隠し事であったのだが。


「だから、サリサも、そんなにその事に罪悪感覚える事、ないと思うよ」


 ゼンは優しく微笑む。まるで頼り甲斐のある大人の男性の様に。


「な、なに言ってくれちゃってるの!わ、私は別に、罪悪感なんて……」


「覚えない訳ないでしょ。無理に使わない様に、とかはしていなかったみたいだけど。二人が大怪我した時だって、サリサが敵を押しとどめたか、撃退したかしたんでしょ?」


「……そうだけど」

 

「単に話してないだけで、実際サリサの容量は成長とか鍛えられてるるせいか、かなり増えてるみたいだし、単なる予備タンクがついただけって認識で、後から実は、とか打ち明けなくていいと思うよ。ずっとその事で悩んでるみたいだけど」


「……何で、分かるの?」


「う~~ん。自分が色々悩む事多かったせいか、そういう何か抱えてる人の気持ちが分かる様な、そんな感じが伝わるんだ。アリシアの事も、サリサの事も。ついでに言うと、リュウさん達にもあるね。まあ、悩みのない人なんていないのかもしれないけれど」


 ゼンはひっそりと思う、悩みのない人間等いない。皆がそうして、相手を思いやってそれを明かさずに何とかやっている。でも、いつかそれは破綻をきたし、心の折れる時が来る、そういう悩みや不安はある。


 女性陣二人のは、その部類に思えた。いつもニコニコして、不満の欠片も見せず、チームを下から支える聖女の様なアリシアも、常に聡明で冷静な判断で大魔術を使うサリサも。


 頑丈そうに見えて、繊細で脆い部分もある。取り扱い注意なガラス細工の様だ。


 男の方は、身体を動かし、なんだかんだと派手に戦闘をやっていると、ある程度の心のモヤモヤ等すっ飛んでしまう、単純な生き物なのだ、男は。


 自分が男であるゼンはそう思う。自分も色々なモヤモヤを時々八つ当たり気味にはらす。


 『爆炎隊』のギリ、といっただろうか、女性スカウト。あれはやり過ぎたかもしれない。


 見た目程ダメージがいかない様にはしたが、あそこまで吹き飛べば、本人もさぞ驚いた事だろう。


 その事もあって、夕食を豪華にしたが、料理自体もゼンのイライラ解消法の一つなので、罪滅ぼしになったんだか、なっていないんだか、微妙だ。


 まあ、そっちは結構どうでもいいか。と、ゼンはすぐ割り切る。


 自分と話す事で、少しはサリサの気が晴れ、安定してくれるといいのだが。


「で、余計なお世話かもだけど、王様紹介する時に、ついでにアリシアにだけ言っておけばいいんじゃないの?アリシアはなんとなく悟ってそうな気がするけどさ」


 サリサはそれを聞いて、王様って誰の事かしら、としばらく考えやっと気づく。


「な、なんでドーラと友達になった事、知ってるの?まさか盗み聞き……?」


「違う違う。単なる予想。愛称なんかで呼べる仲になったなら、ほぼ当たってるでしょ?サリサの周りに感じる精霊の影の気配が、凄く安定してるし、サリサも色々久しぶりに、アリシア以外と話せて楽しかった、んじゃないかな、と、あの朝はそう感じたから」


「……そう、ね。お陰で仲良くなれた、というか、まあ……」


 サシサは複雑だ。悪い精霊ではない(当然だ)、と思う。けれども……。


「そうね。紹介うんぬんは、会話の中でも出てたし、そうするわ」


「アリシアも喜ぶでしょ」


 ニコニコ笑顔なゼンを見ていると、またサリサの中で名状し難きイライラがこみ上げて来る。何か、ゼンを困らせたくなる、サリサ自身よく分からない衝動。


「ゼンて、シアの事が好きじゃないの?」


(あ、言ってしまった。言うつもりなかったのに、ついイライラして……)


「俺が、アリシアを?」


 ゼンはかなり意外な事を言われた、という感じでポカンとしている。


「そう。昔……旅立つ前は、あの子もゼンを凄く可愛がって、弟の様に甘やかしてたし、それで、その……ゼン、シアの事、好きになっちゃうんじゃないかな、初恋かな?だとすると可哀想とか思って……」


 恋人のいる、絶対実らない恋になるから、そんなに甘やかしたりしない方が、とサリサはその横で少しヤキモキしていたのだ。


「女の子は、そういう話題、好きだね。……う~~ん、俺が、アリシアを?……確かに、甘やかしてくれてて、俺、母とか姉なんていないから、新鮮な感覚で、和やかで穏やかで暖かくて甘い感じがして、嬉しかったと思う。うん、普通に、アリシアは好きだよ」


 思いもかけずサリサは胸にズキっと嫌な痛みがした。


「でも、それはサリサとかリュウさんとかラルクさんとかもで、これは特別な“好き”ではないと思うよ。


 それだったら、名付け親で今は父親なゴウセルのがよっぽど特別に“好き”だし」


 ホっとした様な肩透かしされた様な気分になるサリサ。


 やはりアリシアが言っていた『ゼンはサリサが好き』なんて事はなかったのだ。西風旅団は全員ひとまとめではないか。あの天然思い込み娘はもう!


「前も言ったけど、恋愛話はよく分からないよ。その内、リュウさんやラルクさんみたいに好きな人が出来るかもしれないけど……」


 ゼンは言ってから、それが完全な失言だったのに気づいたが、サリサはまるで普通だった。


「そうね。時期が来れば、そうなるのかもね……。何、変な顔して。あー、スーリアの事ね。当然、私もアリシアも知ってたし、時々会って話したりもしてるのよ。


 ラルクは、からかわれるのが嫌で、隠してるつもりみたいだけど、そもそもこっちも数少ない顔見知りだから、普通に会うわよ。今は、ラルクとの密会(デート)の時は避けて、だけど」


 ゼンも、そんな気はしていた。隠し通せると思う方に無理がある。


 ですよねー、とゼンは力なく相槌を打つ。


「……じゃあさ、ザラさんの事はどうなの?」


「え、もしかして、また恋愛的な話?」


「そう」


 何故、分からないと言っているのに、また話が恋愛に戻って来るのだろうか。その理屈が分からない。謎だ。そんなに恋愛話とは楽しい、面白いものなのだろうか。


「ザラは、ザラは…えーと。ザラのがみんなより早く会っていて、毒の治療を献身的にしてくれて、看病してくれて膝枕したり、あー、あれは思い返すと甘やかしてくれてたのかな?それに、俺の為に、したくもない事をずっとやっていて、何と言うか、命の恩人だし、特別枠?好きは好きだけど、これを恋とか呼べるかどうかは……」


 ゼンはかなり頭を捻らせていたが、結論は『分からない』だ。


「でも、ゴウセルさんと同じで、特別な“好き”なんだ」


「それだと、俺がゴウセルを恋人前提にしてるみたいで流石に嫌なんだけど。ゴウセルは父親枠の“好き”で、ザラは恩人枠の“好き”みたいに分けて考えて欲しい」


「で、私達は全員ひとまとめで単なる“好き”なんだ」


「その言い方も語弊がある様な?俺は一人一人個別にちゃんと“好き”だよ?と言うか、恋人の“好き”大切な人達への“好き”がどこでどう変わるか、分からないんだってば」


 ゼンはただただ困った顔で、そう答えた。


 サリサ自身、なんでこんなにしつこく聞いている自分が分からない。


 でも、『今の所、ザラさんの方が優勢っぽい』と言ったアリシアの言葉は覚えている。そして、今の話だと、その部分では、アリシアが合っているらしい。


(だから何?それがどうだって言うの?)


 自問自答しても、答えは出ず、ただ無性にイライラするだけだ。


 ゼンはよく分からないなりに、何か嫌な方向に話が進んでいるのか、サリサの機嫌が悪くなっているのは分かった。だが、理由が分からないのだから、それを解消する事は出来ない。なら、する事はひとつ。


「……あのさ、結構話は長くなったみたいだし、そろそろ寝た方がいいと思うんだけど。睡眠不足は戦闘にも響くし、ね?」


 戦略的撤退という名の逃亡だ。


「……そうね」


 サリサも不承不承頷く。これ以上問答しても意味がないし、答えも出ない。自分が何を求めているかも分からないのだ。


 結界を解いた。


 そそくさとテントに移動したゼンにサリサも続く。


 もしかしたらドーラは、今日も会話したかったかもしれないが、今のイラついた気持ちでは楽しい会話など出来ないだろう。


「……今日は寝るから、ごめん。おやすみなさい」


 サリサは、小声で断ってからテントに入った。


 クスン、とすねた様な声が聞こえたのは、あえて無視して。


 









*******

オマケ


ミ「夜中に男を連れ出すなんて、ふしだらですの!怪しいですの!」

リ「……呪殺します」

ル「お……?ねむいお?」


ゼ「ルフは寝る。二人は黙れ。余計な事言うな、何もするな、怒るぞ。ややこしくなる……」

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