第63話 悪魔の壁(13)☆26~30
翌朝起きると、ゼンは、昨日の肉を適当に味付けした物をパンに挟んだものを食卓に出したが、もう色々吹っ切った旅団のメンバーは遠慮などせず、パクパク食べていたが、爆炎隊の6人は、手を出しづらいようだった。
「朝から肉、重いようでしたら、他に何か軽いの
挟んだもの出しますか?それはお弁当として包むとかして」
つまり、どうあがいても?くれるつもりと分かった面々は、結局美味しくドラゴン肉を挟んだパンを食べるのであった。
「朝夕、豪華な物出してもらって悪いな。転移符だって、こういう場合、倍以上ふっかけられてもおかしくないのに、定価のままだし……」
「そういう悪徳商人みたいな真似はちょっと。あ、それなら、義父のゴウセルの店で、今度何か売買してあげて下さい。今はまだすぐにお店、開けられないかもですが、その内に商売再開するのは確かなので」」
ゼンは自分がゴウセルの養子になった事を、詐欺騒ぎでお店を閉めていてもすぐ再開するだろうことなどを簡単にダルケンに説明した。
「ほう。そうかそうか、あそこの親父さんの養子。これはいい事聞いた。うん、今後は色々使わせてもらうよ」
「じゃあ、フェルズまでお気をつけて」
リュウやラルクも、一晩だけだが一緒に飲み食いして騒いだせいか、それなりに気安い感じになっている。
すでにテーブルをかたした広いスペースで、ダルケンは達はテントを片付け収納具にしまうと、出発の準備を終えてから、転移符を起動する。
「おう。お前さん達も、どこまで行くつもりか知らんが、気をつけてな。ここは時折手強い魔物も出る」
「はい!」
アリシアはにこにこ笑顔で手を振り、サリサはペコリとお辞儀する。
「また、何処かで会いましょう」
ゼンも手を振る。
転移符が光り、転移するまで爆炎隊の面々は、ダルケン以外はやたら恐縮して頭を下げていた。特に女スカウトのギリが、ゼンに本当にすまなそうに深々頭を下げていたので、ゼンは全然気にしてないから、と笑顔を向けてギリに手を軽く振ったので、ギリはかなりホっと安堵した様子で頬を紅くして意外に可愛らしい微笑みを浮かべ、転移の光に消えて行った。
「……フェルズに来て、他の冒険者とまともなやり取り出来たのって、もしかして初めてなんじゃ?」
「かもなー。いつもギスギス怖い目で睨む連中ばっかだったしな」
ラルクは頭の後ろに手をやり、背中を反らせて柔軟をしながら答える。
「……まあ、向こうに転移符って弱みがあったせいと、ゼンにいきなりかまされたから、って気もするがな」
「確かに」
「なのに最後は好印象になってるみたいなんだから、ゼン君は抜け目がないね~」
ラルクの嫌味は、ゼンにはまるで意味が分からない。
「反省してた様なので、謝罪を受け入れた、と態度で見せたつもりでしたけど、何か変でしたか?」
「変、ではないが、向こうはそれ以上に良く思ってくれてたみたいだったからな」
リュウは苦笑する。それがゼンの自然体で、別に自分を良く見せようとした訳ではない、そのせいで余計に人を引き付ける所がある。多分、それは昔からで、変わらずゼンの魅力なのだろう。それが男なら普通に友情や好意になるが、女性にそれは、“落ちて”しまう者も多いのだ。
(色々無自覚な今でこれだ。もし、そういう自覚が芽生えたら、どうなるのやら……)
女たらしだのジゴロだのになるゼン、というのはちょっと想像し難いものがあるが、むしろ自覚したら、女性を避ける様になったりするのかもしれない。その方がゼンらしい気がする。
と、リュウは益体もない想像をするのはやめにして、本業の探索の事に考えを向ける。馬鹿な事を考えていても仕方がない。
なんて事を考えられていたゼンは、というと、相変わらずサリサに意味不明な不機嫌さを見せられて困っていた。
(上機嫌になったり不機嫌になったりで、意味分からないよ……)
サリサ自身も、うまく制御(コントロール)出来ない自分の心に戸惑っているのだが、それをニマニマ嬉しそうに見ている親友に、余計に腹が立ってくる。
「……シアは、なんでそんなに朝から嬉しそうなのかしら?」
多少の怒気を込めた声にもアリシアはまるで臆さない。
「いい傾向だよ~。好きの裏返しは、無関心なんだって知ってる~?本気で嫌いな人には、何の興味も湧かないもんなんだよね☆」
「……だから、何?」
「別に女の人に手を振って赤らめられるモテモテな誰かさん見て不機嫌になるサリーは、今凄く乙女してるな~~、て思って」
「……無責任に意味不明な煽りをしないで!大体、シアがいい加減な事を言わなければ……」
言いかけてサリサは、ゼンに色々確かめる様な事を、昨夜二人だけでしたなんて、この好奇心旺盛な親友が知れば、それは更なる追及が待っているだけだ。
「私、何かいい加減な事言った~?」
「……それはもういい。それより、シアは今楽しそうだけど、それって前で戦えてるから?」
「あ、うん。いつも後ろだし、リュウ君の隣で楽しいよ~~」
「じゃあやっぱり、今まで後衛で、不満だったり不安だったりとか、してたの……?」
「え、え~?そんな事は~」
アリシアは少しギクリとしてから、笑って誤魔化そうとしたが、サリサが割と真面目な顔だったので、誤魔化すのは諦めた。
「それもしかして、誰かさんから何か言われた~?」
「うん、そう。シアは、自分の
「あ~、成程ね。似た立場の気持ちは分かってしまう、と。本当に、気遣い上手で優秀な子に育っちゃって、お姉さんとしては、子離れとか考えて悲しくなってしまいますよ~」
「なに、それ……」
アリシアがわざと陽気に言うので、サリサも仕方なくそれに合わせて笑う。
「でもまあ、誰にだって、隠し事の一つや二つあるし、サリーだって、あるでしょ?」
「そ、そうね」
「それに気付いて、気を遣ってもらうのは嬉しいけど、気づかなかったからどうとか考えなくてもいいんだよ。サリー、真面目過ぎ」
アリシアにはお見通しの様だ。
「……これからはリュウと相談して、今回みたいにシアを前に時々出す事とか考えてるから」
「うん、ありがとう。嬉しいよ~」
アリシアは屈託なく笑う。まぶしい程に輝く笑顔で。
そうした諸々全部お見通しなゼンは、やっぱり何だかズルイ。と、どう考えても理不尽でしかないのに、おかしな不満やイラつきがつのる。その意味を、今は考えない様にしよう。今はまだ……。
※
今日は、30層の階層ボスを目指すが、その間の避けられない戦闘は何度かあったし、鍵付きの部屋もいくつかあったのだが、全てがハズレで、宝箱に擬態したミミックという名の魔物だった。
当たりの場合、その部屋にはレアな戦利品を落とす特別な幽霊や、ユニーク・モンスターの様な、普通の魔物の異常種が出て、その魔物しか落とさない特殊な戦利品があったりするのだが、今回それはなかった。
ミミックの落とした、普通の大きさの魔石と銀貨数枚と、何の冗談なのか、ビックリ箱のおもちゃが落ちてたりした。
スカウトとしては、宝箱や、特殊レアという言葉に魅力を感じていたラルクは、この成果のなさにガッカリ落胆していた。
「こんな事もありますよ」
「そうだぞ。今までの稼ぎでも充分過ぎるのに、余り欲をかくなよ」
「まあそうなんだが、クジで外れが出れば、気落ちするのは当り前だろう?」
と愚痴るラルクの気持ちも分からないでもないが。
そうして階層を進むと、普通の不死系(アンデッド)とは少し毛色の変わった魔物も現れる様になった。
死霊魔術師(ネクロマンサー)がそれだ。
様々な死霊、悪霊(レイス)を呼び寄せ操り、
いくら何を呼び寄せても浄化されてしまうし、当然魔術師なので障壁持ちな訳だが、リュウと一緒に接近したアリシアのソラス・ロッドで障壁は霧散、ボコボコのタコ殴りで撲殺だ。
迷宮に出る死霊魔術師(ネクロマンサー)は魔物だが、普通に人間でもなれる、特殊な術士にすぎない。別に悪と決まった職でもない。迷宮に出るのは、悪に染まり、魂まで闇に染まったその末路、という事なのだろうか。魔石も落とすし。
そうして、死霊系、
こういう、属性の決まった魔物が出る階層は、その手の武器防具に術士まで揃えば、いい狩り場でしかない。爆炎隊も、そこら辺の装備や準備を整え、この階層を狩り場にしていたのだろう。
旅団が多少苦戦したデュラハン等は、どうやらめったに出るものではないらしく、あれ以降一度も姿を見せていない。
後、多少危ない敵とするなら、最初まとめて浄化されていた
悪霊系の魔物なのだが、隠蔽で姿を隠し、冒険者のすぐ近くに気づかれず寄って来て、爪で襲って来る。実体のない、影の様な存在だが、魔剣等の特殊武器や、“気”の攻撃にもダメージがある。浄化の耐性もない。
隠蔽に気づくのはゼンぐらいだが、多ければまとめて浄化、少なければ場所を教え、一度攻撃が当たれば隠蔽は解け、姿が見える様になる。影の中心の核となる魔石を狙えばすぐに倒せてしまう、気づき、見つけるのが難しいだけの魔物だが、それが出来ずに全滅するパーティーもあったりする、微妙な強さの割に危険な魔物だ。
それらを危なげなく(ゼンがいるからこそ)倒し、ついに30階層まで到達した。
階段から中を見ると、中央でゆらゆらと揺れる、宙に浮いた黒ローブの骸骨が、大きく不吉な大鎌を持ってフラフラしている。
「……えーと、死神(デスマスター)かな。途中にあんなのいなかったのに……。悪霊の上位だから、とかなのかもう……」
またゼンが、この迷宮(ダンジョン)の理不尽さと言うか、変さに頭が痛くなって来る。
「外観的に、有名な奴だけど、強いのか?」
リュウはそういった不自然さは分からない。ボスっぽいのがいるからそれを倒す。単純明快だ。
「強いって言う程強くはないんですが、厄介です。普通にEかD級かな。迷宮だからD確定か」
「ねーねー。あれ死神って名前だけど、神様と関係ないよね?」
神術士なアリシアには気になる所だ。
「まるでないですね。あの大鎌で魂を刈り取り運ぶ、ってイメージで、そう呼ばれる様になっただけらしいです。実際の死の神だったら、迷宮なんかにいないで、神様の国にいるでしょ。死神、と言うよりも、死の使い、辺りが本当は妥当なんじゃないかな」
ゼンの話は身も蓋もない。
「そんなに大きくもないが、倒せるのか?」
「倒せるとは思いますが、えーと、特徴を説明します。あいつはすぐに鳴き声みたいなのを上げて、味方を呼んで増えます」
「げ……」
「で、ふらふら浮いている、あの動きが捉えづらくもあるんですが、転移もするんです。だから、絶対に後方が安全地帯、とかじゃなくなります。一人に必ず一体転移して攻撃して来る」
「魔術とかにも当然?」
「障壁持ちです。こっちの武器で切り崩せますが、そのまま剣で倒した方が早いかな。一辺にドカンとは倒せない感じ」
「弓は?」
「エルフが長弓で射て、弾かれたのを見た事あるので、多分難しいかと」
「増えるタイミングって、何か切っ掛けとかあるのか?」
「~~、ある程度減ったら危機感でそれをするみたいです」
「それじゃ、イタチごっこで終らないじゃないか」
その通りだ。
「増えるのが4、5体なので、同時に倒すのが理想なんです」
「アリシアが出ても4人で、5体出たら足りないな……」
それに、ラルクは短剣、アリシアは棍棒(メイス)的な杖だ。長物の凶悪な武器である大鎌と戦うには、若干以上の不安がある。
「魔術や浄化を障壁に受けると、動きが硬直して一瞬止まるので、そこが攻撃する機会(チャンス)ではあるのですが……」
ゼンは高速移動で、それ程離れていないならほぼ同時に2体倒せる。だが、サリサを無防備(フリー)にはしたくない。
アリシアの付与する聖性のついた防壁なら、すぐにやられたりはしない筈だが、色々迷う。不利な状況を変える手が思いつかない。
ならいっそ、従魔の誰かに出てもらうか?もう秘密にしてる意味はないのだし、ここは単純に手が足りない場面だ。ガエイならゼン以上に2体同時撃破が可能だ。術士以外は誰を出しても戦力になる。
そうゼンが、口に出そうとする直前に、サリサが言った。
「……私もやるわ」
「やるって、接近戦を、お前が?流石に無理じゃないのか?」
リュウが一応遠慮がちに言う。サリサは魔術の攻撃の要なので、いい手がある、という事だろうかと思って。
「試そうと思ってた術があるから、多分、それで行けると思う。術で硬直するなら、かかしの様な物でしょ?」
「それは、そうかもしれんが……」
ゼンもまた悩む。これで日をまたいだら、もっと凶悪な、エルダー・トレント並の強い魔物が出る可能性もある。単純に、もっと弱いボスになる可能性も……恐らくないだろう。
何故か分からないが、そんな予感がする。なら、この微妙な敵をどうにかした方がいいかもしれない。
「試してみますか?もし、誰かが少しでも傷ついて危ない様なら、俺が階段まで全員連れて押し込めるぐらい出来ますけど」
「退却の手も、あるか……」
ラルクはもう弓をしまって短剣の準備をしている。やる気の様だ。
アリシアも張り切っている。
「賭けの連続になっている様で嫌なんだが、試してみる、か……」
最後には、リュウも折れた。
*******
オマケ
リ「サリサなら、何とかするだろ」
ラ「あいつは、何だかんだでどうにかするからな」
ア「本当に大丈夫なの?サリーは時々無茶するから~~」
サ「別に、それ程無茶した覚えはないけど」
ゼ「こう表面上平気な顔して、人に心配させない様に無理するとこあるよね」
ア「そうそう。ゼン君分かってる~~。それも〇のなせる奇跡かな~~」
ゼ「え?今、何て?」
サ「~~~///。あ、あんたに私の何が分かるって言うの!」
ゼ「いや、分からないから分かる様に努力してると言うか、なんるべく考えて理解出来る様にしてるつもりだけど」
ア「つまり、ゼン君は四六時中、サリーの事を考えている、と~~」
ゼ「ん~、そうかも?(男性陣二人は分かりやすいし、アリシアは考えても無駄な所多くて)一番サリサの事(怒られない様に)考えてるかな……」
サ「あ、あんた、絶対そういうところだから!」
ゼ「えーと、ごめんなさい?」
サ「意味分かってない癖に、謝るなー!」
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