第47話 悪魔の壁(3)☆10~外



 ※



「じゃあ、その次の階に行く階段の入り口のとこが、安全地帯になっているので、そこで転移符使いましょう」


 ゼンはそう言って、階層ボスを倒して戦利品を回収したリュウとラルクの二人と合流して奥へと進んだ。


「転移符って高いんだろ?いきなり使うのか?」


 リュウは値段を気にしている様だが、ここまで回収してきた素材、戦利品等で充分もう利益が多く出ている。多分、初級迷宮での利益との差がまだ分かってないのだろう。一度も勝って戦利品を得ていないのだから仕方がないのだが。


 ゼンは、そこら辺の話を具体的に話して、特に二人が自力のみで勝って得た階層ボスの素材の値段を教えて、初級と中級迷宮で得る利益の違いを話すのだった。


「この角とか毛皮って、そんな値段するのか?!」


「そうです。だから、場所を占領して何回も倒すPTがいるって話したでしょ?D雷大鹿(サンダー・ディア)は、中級の低層で出る割に強い方だから、そんな冒険者はいなかったみたいですけど。」


「ふ~ん、そうか……。って、なんだその強い方って!そんなの二人でやらせたのか?」


「いや、二人なら充分に勝てると確信してたからですよ。それに、中級の迷宮(ダンジョン)を周れてるのが、“『流水』の弟子と一緒”だから、みたいな、変な思い込みされたくなかったので。多分、今なら俺がいなくても普通に戦えると思いますよ」


 とゼンは、あくまで“今の”西風旅団なら普通にここを探索出来ると言う事実だけを言ったつもりだったのだが、いや、意味はちゃんと伝わっていたのだが、それでもその言葉は別の意味にも取れるので、リュウは眉をしかめて嫌な顔をした。


「ゼン、お前の言いたい事は分かるが、それでもその、まるで、またいなくなる、みたいな言葉を使うな。


 俺は、俺達はみんな、お前がいなくなってから、なんだか、その、色々つまらなくなったと言うか、物足りなくなった、と言うか……俺は馬鹿だから上手く言えんが、お前と一緒にいた時が最高に楽しかったから、どうにもその時の事ばかり思い出してしまって、お前を行かせてしまったのは、間違いだったんじゃないかとさえ……あー、スマン!止めたからどうなるとかの話じゃないんだが、後悔ばっかりしててなぁ……」


「分かる分かる。ゼンがこうして強くなって今一緒に戦えるんだから、あれは多分正解だったんだろうけど、俺もなんか胸の真ん中にポカっと大きな穴が空いたままみたいに、座りが悪く空しくて、正直この2年半はきつかった。苦しかった、と言ってもいいぐらいだ。


 だから、リュウの言う通り、仮定の話でもそんな話はするなよ。ちょっとゾっとするぜ。お前はやっと帰って来てくれたんだから、ずっとこれから一緒なんだろ?」


 リュウもラルクも、別にここを今更普通に潜れる事、そのものに意味を余り感じなかった。


 例えば苦労しても苦戦しても、このメンバーで一緒に戦いたいと、それが心底彼等の本音だった。


「え……」


 ゼンが今までになく激しい動揺が顔からこぼれている。


「あ~~、男同士だと、やっぱりそんな本音言っちゃうんだ~~。リュウ君、私にでさえそんな弱音吐かなかった癖に~!ぶ~~!


 ゼン君はもう絶対ここにいるの!ここが居場所なの!決定事項なんだからね!」


「見栄っ張りよねぇ。そんなだから、ちゃんとシアを慰めてあげられないのよ。シアも、思い出した様に時々泣いて、大変だったんだからね。


 ……私も、まあ、この手のかかる面々の面倒なんて見切れないんだから、今更いなくなられてもすっごく困るから。覚えておきなさい!」


 後ろからついて来て、しっかり3人の会話を聞いていた女性陣も、口々に今までの不満と、ゼンの仮定の言葉の不吉さに腹を立てている。


「……なんで、今更急にそんな話を……」


 ゼンはうつむいて、下を見ながら反対側の階段へと早歩きになる。


「いや、俺等のゴタゴタのせいで、ちゃんと再会を喜び合えてなかったし、なんかそのせいで、色々すっ飛ばしてたからな。いなかった間にたまってた鬱屈してた不満が、今の『俺がいなくても』なんて聞いて、つい出てしまった……。スマン!」


「うん、俺等が正常じゃなかったせいもあるんだが、本来は歓迎会とか盛大にやったり、いなかった間の話とかゆっくり膝突き合わせてやりたいのに、迷宮(ダンジョン)探索を再開させてしまったしな。本来はそっちのが大事な事なのに、俺等が不甲斐ないせいで、なあ……」


 リュウとラルクの二人は、自分らが失敗して落ち込んでたせいで、気の訓練やらを忙しくやって、落ち込みの元である中級迷宮での再戦がほぼ無事に、予想以上に成功したお陰でやっと心の余裕がでてきて、本来やるべきであった再会の喜びを分かち合うべき時間を一段飛ばしていた事に、ひどく罪悪感を覚えていたのだ。


「リュウ君達、意外に打たれ弱かったんだよね~。急にあんな風になるから、私達もどうしていいか分からなかったよ~」


「まあ、冒険者になってから、挫折らしい挫折ってなかったからね。無理ない話と、分からないでもないけど」


 一応の理解は示すのだが、解散だ、引退だ、と女性陣にひどく心配をかけた事実はなくならないのだ。

 

「アリアにもサリサにも、心配させて、苦労かけたのは悪く思ってるよ。本当に、お詫びのしようがないが、謝るぐらいしか出来ん。スマンな……」


「……自分でも、追い詰められるとあんなに弱くなるとは思ってなかった。もう少しこう、ふてぶてしい自分だと思ってたんだがなぁ……。女々しくて悪かった。そこは俺も謝るよ」


 ようやく端に来る。階段に入る前の部分に、初級のボス部屋にあった様な半円のラインがあるので、恐らくそこがゼンの言った安全地帯なのだろう。


 床面を見ると、四角い何かを張り付けた様な跡が無数にあるので、それがどうやら他の冒険者が転移符を使った跡のようだ。


「ゼンも、帰って来て早々、情けないとこ見せて、しかもそれを解決してもらってるんだから、本当にすまなかったな。その……、もしかして怒ってるのか?」


 ほとんど黙って、ただ黙々と進んでいたゼンにリュウが心配になって声をかける。


「もっと大人なつもりだったんだが、落ち込むとこまで落ち込んで、一番見られたくないとこ見られたから、もうこれ以上はないと思うぜ。……いや、粋がって言う様な事じゃないか」


 ラルクは空元気で誤魔化すが、誤魔化し切れるもんでもないよな、と溜息つく。


「……俺のが」


 ゼンが小さな声で、ボソっとつぶやく。


「え?」


「俺のが、ずっとずっと、ここに帰りたがってた!最初の頃、全然修行なんて上手くいかないし、師匠は剣以外、基本なんにもしない、面倒ばかりかける人だし!


 何度も何度も何度も死にかけて、辛くて痛くて、もう泣いてフェルズに一人で帰ろうかと、何度も何度も思って!でも、弱いまま帰って、何のために旅に出たか分からなくなるし!


 俺のが絶対、あの頃の事、ゴウセルに拾われてからみんなと会って、仲間にしてもらえて、初めてフェルズの外に出て、迷宮とか魔物とか怖い事もあったけど、でも、やっぱり楽しい事ばかりで、ずっと何度も思い返してた!


 あの短い時間だけが、俺にとってずっとずっと宝物で心の拠り所で!何度も思い出して、あの頃に戻りたいって泣いて、でも戻れなくて!


 少し強くなって余裕が出て来ても、やっぱりいつも思い出すのはあの頃事ばっかりで!旅に慣れて、少しは楽しい事もあったけど、あの頃以上の事なんてなくて!


 だから、やっと帰って来れて、嬉しいのは俺の方なんです……」


 ボロボロと、下を向いている瞳から涙がこぼれて止まらなかった。


「急にそんな事言いだすの、ズルいですよ……」


「え、あ、や、ス、スマン……言わずにはいられなくなって、だな……」


 リュウは見るも哀れな程うろたえていた。


「あ~~、そう泣くな。確かに、お前のがよっぽど辛い目に合って、苦労してそうだよな。俺等の全面的に悪い、本当に、頭下げるしかないなぁ……」


 ラルクも困って頭を下げるが、そんな二人を、女性陣は叱るのだった。


「もう!今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ!私達はちゃんと言ったけど、二人がまだ、言ってない言葉があるでしょ!ほら、帰りを待ちわびって、やっと帰って来てくれた人に言うのは?!」


「もう謝ってばっかりだと見捨てられても知らないわよ!ほら、ほら、言うべき言葉が分からないとか、情けない事言わないでよ?」


 アリシアもサリサも、子供を叱る親目線だ。


「……そうだな。お帰り、ゼン。『西風旅団』全員、お前を歓迎する……あ、お前ももう一員か。旧メンバーとか言うべきか?」


「いや、もうそんあのどうでもいいだろう。お帰りだ、ゼン。本当に待ちわびてたからな。待ちくたびれたくらいだ」


「じゃあ、私達も改めて」


 アリシアとサリサは頷いて


「「お帰りなさい!」」


「本当に、ずっと待ってたよ、ゼン君……」


 アリシアは、今回は余り胸に当たらない様に柔らかく、暖かくゼンを抱きしめた。


 サリサはうつむいたゼンの頭を撫でてやる。


「強くなっても涙は流すのね。ほら、泣き止みなさいな……」


「……旅立ちの時から、なんか涙腺緩んでて、結構すぐ涙って出るものなんだ。


 俺も改めて、『ただいま』やっとフェルズに、『西風旅団』の所に戻って来れた気になったよ……」


 ほっこり幸せ空間になったその場所を、いつのまにかリポップした雷大鹿(サンダー・ディア)が何故か冷めた目で見つめていた。



 ※



 何もない荒野に、異様に大きな扉だけがあり、ギルド職員の見張り、2名がそこに常駐している。


 そこが、中級の迷宮(ダンジョン)『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』の入り口だった。裏側に行っても扉があるだけだが、裏側からは開けられないし、扉を表側から開けた後、裏側から見ても、そこには普通に開いた扉があるだけで、表側に通り抜けられる。


 表側からのみ、迷宮に入れる、不可思議な扉。それが『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』だ。


 その、扉の前の地面が、青い光で溢れ、魔法陣の輝きが見える。転移の前兆だ。


「どこかのPTが出て来るみたいだな」


「ああ」


 元冒険者である老齢の職員は、感慨のこもった目でその輝きを見る。それは、冒険者が無事帰還した時の輝きだからだ。


 光が収まり、現れたのは5人に少年少女達だった。特に一人はとても背が低く幼い。だが、その少年を、冒険者ギルド関連で知らない者はもう誰一人としていないだろう。


 『流水』の弟子の少年、ゼンの事を―――


「よう、今回は無事帰還だな」


 そう彼が言うのも無理はない。前回も調度大怪我して戻った時に居合わせたのは彼だからだ。


「はい。今回は問題なく」


 リュウが機嫌よくそれに合わせる。


「今日はどれ位行けた?『流水』の弟子がいるなら、5階位行ったんじゃないのか?」


 元冒険者である老齢な方の職員が、興味本位で尋ねる。いくなんでもそんな訳がないのだが、聞いても損はないだろうと……。


「なんとか階層ボス倒す所まで行けました。次回は10階の続きからですね」


 その問題の少年が、あっさりとんでもない事を言うので、思わず持っていた槍を取り落としそうになった。


「は?なんの冗談だ?ここは中級だぞ?そんなに一気に10階進める訳が―――」


 ラルクがなんだか申し訳なさそうに、収納具から出した雷大鹿(サンダー・ディア)の角を見せる。


「……速い、なんてもんじゃないだろ、それ……」


「やはり、『超速のゼン』は伊達じゃないって訳だな」


 若い方の職員が笑って、ポロっとなにか、ゼンが聞きたくない様な名前が出た。


「……待って下さい。その『超速の~~』って、なんですか?!」


「なにって、お前さんの“二つ名”だろ?フェルズの街では、その話で持ち切りだからな」


「二つ名?え?え?でも、なんでそんな名前に?どうして?!」


「いや、どうして、とか言われても、な。だって、お前さん、昔『超速便』やってただろ?」


「やってた、と言うか、なんか勝手にそう呼ばれてただけですよ!」


 ゼンはなんだか必死だ。


「で、ちょっと前に、病人抱えて、街中を凄い速さで走ってただろ?なんかそれで、『超速便』の事思い出した人と、『流水』の弟子だって分かった冒険者達とが話して、今話題の『流水』の弟子は、『超速便』の子だって事が知れ渡って、それから多分、その話が発展してそういう二つ名になった、みたいだぞ」


「あの時の……せい?」


 ゼンが慌ててザラを運んだ時の事だ。確かに隠形も気配消しもしてなかったが、だからと言って、それがなんで二つ名とかの話になってしまうのか!


「ゼン君知らなかったんだ」


「少し前からそういう話が流れてたわね」


「俺は、訓練に必死で、知らなかったな」


「俺は普通にスー……、じゃない、ギルドの職員が噂してたのは知ってた」


 リュウ以外は3人とも知っていた様だ。


「なんですぐに教えてくれなかったんですか?」


「いや、教えたから、それが何になるんだ?」


「こういうのって本人には言いづらいじゃない。やっぱり……」


「私はかっこ良くていいと思うけどな『超速のゼン』超、速そうだよね~~」


 それまんまですアリシアさん。


「か、かっこ悪いですよ!語呂も何か合ってない、というか!ともかく俺は嫌です!」


「嫌、とか言っても、普通“二つ名”ってのは勝手につくもんなんだよ。欲しくて自分で名乗っても無視されるしな。本人が選べるものじゃないしなぁ……」


「ああ、例外は『聖騎士(パラディン)崩れ』か。あれは本人が気に入って、広めさせたって話だしな。でもそれは例外中の例外だ。諦めるしかないな」


 ラルクは苦笑して、なるようにしかならんよ、と肩をすくめる。


「それより、フェルズに戻りましょ。愚図愚図して、閉門の時間になったら目も当てられないわ。門前で野営とか馬鹿したくないし」


「そうだな。じゃあ、アリア」


 リュウはアリシアに声をかけ、抱きかかえる。


「わ~い。この移動法好き~。気に入っちゃった~」


「勘弁してくれ。俺は恥ずかしいんだ……」


「メンバー公認が、世間一般にも公認になるだけだ。虫よけにもなっていいだろ?」


「そう思わなくもないが……」


「私、先行くわよ」


 サリサはカドゥケウスに横座りして、“飛翔”の術で先に行ってしまう。


「そら、ゼンも行こうぜ。置いてかれるぞ」


 リュウもラルクも先に駆け出した。


「……俺は認めない、認めないから、絶対に、そんな格好悪い!『流水』の弟子で通ってる方が、まだマシだ~!」


 一度思いっきり叫んでから、ゼンもフェルズに向かって駆け出したのだった……。












*******

オマケ


リ「うん、もっとちゃんと出迎えたかったから、今回は言えて多少スっとした」

ラ「そもそも、出迎える両方ピンチとか忙し過ぎてせわしないだろいうが。それでもゴウセルの旦那はちゃんと出迎えてるのが流石は義父と言うか親馬鹿……」

サ「う~ん、フェルズまで戻って指揮の相談とかしたかったんだけどね」

ア「あ~ん、ゼン君、本音出すといつも可愛い。私の弟か子供に生まれ変わってくれないかなぁ……」

サ「いや、それもうゼンじゃないでしょうが……」


ゼ「あんな二つ名は認めない!代案募集中!」


(なんか光速エ〇パみたいだよねw)

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