第3話 転職?☆
※
呼び出しを受けたゼンは、執務室の、結構立派なデスクの向こう側に座るゴウセルと、隣に姿勢よくビシっと立っている会長補佐の青年と相対する。
彼はライナーという名前なのだが、ゼンはちゃんと紹介された事がないので知らない。
「なんか用?」
ぶっきらぼうに話すゼンの言葉遣いは、まだちゃんとした敬語は覚えておらず雇い主に対する会話としては不適切なのだがそこは流す。(覚えていた言葉に敬語や丁寧語がなかったのなら、それはむしろゼンが下級層の生まれの証となるのか、ゴウセルは判断に迷っている)
ゴウセルは、色々と考えた末に唐突に一言、
「ゼン、お前、冒険者になる気はないか?」
「………それって、クビって事?」
「い、いや、違っ……」
圧倒的に言葉足らずなゴウセル。誤解されても仕方ないのだが、ゼンも結論を出すのが早過ぎる。
ライナーは顔をしかめて人差し指で眉間を押さえた。
アワアワと青い顔してうろたえているゴウセルに任せると話が進まないので、ライナーが、会長がゼンの将来を考え、冒険者、という選択肢が彼に合うのではないか、と考えたのだ、と丁寧に説明してくれる。
そして、もしそれを選ぶなら、教育施設のないこの迷宮都市フェルズでは不適当なので、他の街に行った方がいいかもしれない、という話や、その場合の資金援助を商会でしてもいい、等々。
ライナーの説明を聞き、しばらく腕を組んで熟考するゼン。そして首をかしげる。
「確かに商品配達なんて仕事で一生食ってける訳じゃないのは分かるが(ゼン達の給金が少ない為)、なんでわざわざ学校だのなんだのの面倒な世話を、スラムの孤児に過ぎないオレにするんだ?しかも金まで出して」
「それはお前が会長のお気に……」
「将来への先行投資ってやつだよ!それは!」
ライナーの言葉を途中でぶった切り、大声でゴウセルは誤魔化す。
「せんこうとうし?」
「そうだ。冒険者は、討伐任務とかで魔物を倒した場合、魔石か、それが損壊した場合は、代わりに討伐部位をギルドに納める。
だが他の、爪だの牙だの皮だの、武具や防具の素材となる物をギルドに売る義務はないんだ。普通に他の専門店に売ってもまるで問題はない。
むしろギルドよりも高く売れる場合の方が多い。なのに冒険者達のほとんどが、面倒がってギルドにまとめて売ってしまうんだが……」
「だから俺は、常日頃冒険者に声をかけ、なにか不足した物があれば安く融通したりして、こちらに素材を売ってくれる冒険者、なるべく優秀な冒険者へのコネ作りをしている。
ランクの高い冒険者の方が当然、いい素材を多く狩ってくるからな」
一息で早口にまくしたてて説明したゴウセルの話に嘘はない。
「で、お前さんがもし冒険者になるのなら多少の援助をしてもいい、と。
奨学金って知ってるか?そういう感じで、だ。ただし、将来冒険者になれた
(確かに嘘は言ってない。多少無理があるが、随分と上手い言い訳を考え付いたものだ。流石は会長……)
ライナーはニヤつきそうになる口元を必死で引き締めた。
(この子が一人前の冒険者に、って4,5年……、いや、ランクを上げたまともな冒険者にまでなるのを考えたら十年近く先になるだろう。
先行投資って回収が未来過ぎだし、途中で挫折して回収ゼロの可能性の方がかなり高いだろうに……)
冒険者は危険な仕事だ。なれたとしてもアッサリと魔獣に食い殺され、消えていく者だって大勢いる。
それでも、もし冒険者として一人前になり大成したら、スラム育ちとしては破格の大出世だろう。
「……正直、冒険者って職業には興味がある。でも、実際に何をどうしてるのか見た事がないから、それを見てから考えたいんだけど……」
ゼンはゴウセルの話を聞き、一応は納得したようだがすぐに答えは出せないようだ。
ゼンの冒険者の活動の認識は、街で偉そうに歩いているか、スラムへ犯罪者の捕獲任務に何度か来たのを見たぐらいだ。
しかもそれは本来の魔物と戦うのとは別物の仕事だ。
ダンジョンにしろ野外の魔物にしろ、フェルズの外、壁の外でなされるのが討伐任務で、ゼンがそれを見た事がないのは至極当然の話だ。
ちなみに、フェルズは『迷宮都市』と呼ばれているが、都市の内側に迷宮はない。
周囲に複数ある迷宮への拠点として造られたのが元々の始まりだからだ。
だが、迷宮への足掛かりとしての都市故、自然に迷宮都市と呼称されるようになったのだ。
「……うん、そりゃまあそうか。しかし、冒険者の魔物討伐の見学かぁ。闘技場での戦奴と魔獣の戦闘じゃあ、まるで内容が違うしな。
ここの冒険者は初心者の見習いなんぞとらんだろうから、どうするか………、うん、今度時間が空いた時に、ギルマスに相談してみるか」
「ぎるます?」
「ギルドマスターの略ですよ。ここの冒険者ギルドの一番偉い人。会長の知人なんですよ」
「へぇ……」
ライナーが知らない単語に戸惑うゼンへフォローをするも、反応は薄い……。
「……ともかく、別に今すぐどうこう決めろ、って急な話ではない。訓練だの学習だのって、ものは早ければ早い程いいんだが、人生の大事な選択だからな……」
と、ゴウセルが話を締めくくり、その日の会話は終わった。
あまり感情を表に出さないゼンの無表情さは、この降って湧いたような話に対し、喜んでいるのか悲しんでいるのか今一つ判断のつかないゴウセルとライナーだった……。
※
それから二週間後、丁度冒険者ギルドに搬入する荷物がある、という事でゴウセルとゼンは物資を乗せた馬車に便乗する事になった。
「って、ゼンはともかく、なんで会長まで荷台に乗ってるんですか。御者台の方に来て下さいよ」
困ったように言う御者をする商会の従業員は、今回の搬入作業をする3名の作業員とゼンと一緒に荷台に乗り込んだゴウセルにうったえるが、そういう気遣いに対して彼はまるで意に介さない。
「構わんよ。どちらでも乗り心地はそう変わらん」
「会長としての威厳とか立場とかって……。ライナーさんにまた叱られても知りませんよ」
「それはお前が言わなければ大丈夫だ」
周囲の作業員も苦笑交じりなのは、ゴウセルの気さくな人柄が商会に知れ渡っている証だ。
ゼンはそのゆるい空気はどうでもよさげにゴウセルに話しかける。
「ギルドマスターに面会って、もう予約とかとってあるのか?」
「ほう?お前がそういう事を気にかけるなんて珍しいな。心配するな、礼儀とかにうるさいやつじゃないから。
元Aランクの冒険者で、討伐任務での怪我が元で引退して、なんだかんだでギルマスになったんだが、俺とは冒険者時代からの仲で、いつも適当な時に寄って雑談とかしてるぐらいだからな。緊急の仕事でもない限り会ってもらえるさ」
(それに、相談の件は言伝を出してある。心配いらない筈だ)
「あ、そう……」
自分の事に関わる大事な話なのに、まるで無関心な風に見えるゼンだが、決してそうではない。
短いながらもゼンの事を多少なりと理解出来るようになったゴウセルには分かる。
彼は興味のない事なら何も動こうとはしない。話すらしないだろう。
こうして一緒にギルドに行く事、言葉数が少なくとも話しかけてくる事、それだけで少年が今回の事にどれだけ興味を持っているかが分かるのだ。
(でも俺も元冒険者で、ギルマスと同じパーティーだった、とかって話の流れで気づいて欲しかったんだがな……)
気づいていても、何も言わないゼンだった。
馬車は流石に早く、商会から十分もかからずギルド本部に到着した。
本部の入り口付近でゴウセルとゼンを降ろした馬車は、そのまま荷物の搬入のためにギルドの裏手の方へとまわっていった。
時刻は昼より少し前。大抵の冒険者は朝早くに条件のいい仕事を受けてすぐに出発するので、人の出入りは余りない。
いるのはギルドの職員か、今日はもう仕事をしないと決めてギルド内にある酒場を兼ねた食堂でたむろする者や、別の所用をギルド内で済ませている者等だ。
ゴウセルが、受付で営業スマイルを顔に張り付けた、一見美人な受付嬢に手をあげて声をかけようとした時、
「なんでこんなすぐ荷物が一杯になるんだよ、最後の戦闘、戦い損じゃんか!容量拡張とかホントにかかってるのか?このザックは!」
「もしかしたら、詐欺だったのかもね、露店で格安の買い物なんてするからよ」
「しかし、そういう性能のいい、魔術のかかったザックだのポーチだのって魔具はとんでもない値段がするからな。俺達じゃまだ手の届く値段とは言えん」
「うんうん。だからね、リュウ君はちゃんとみんなの言う事を聞いて~、いっぱい我慢する事を覚えなきゃ駄目だよ~」
「三日早く産まれただけで年上ぶるのはやめろ、アリア……」
後ろからにぎやかにギルドに入って来た集団がいた。
冒険者の男女四人。明らかに前衛職らしき少年二人と、いかにも後衛職な、黒のローブにトンガリ帽子を被った魔術師の黒髪少女と、僧侶らしき神官衣の銀髪少女。四人はパーティーの仲間のようだ。
彼等は全員が十四、五ぐらいの年齢で、フェルズの冒険者にしてはやけに若い、まだ卵のカラをかぶった雛のような初々しさをにじませていた。
特筆すべきなのは、少女二人の方がやたらと目立つぐらいの美少女で、入って来ただけでその場がパっと華やぐようですらあった。
少年二人の方も、そこそこ容姿が整っているのだが、美少女二人が悪目立ちし過ぎていて地味に見えるのが可哀想であった。
「これは、ギルマスの所に行く手間が省けたかもしれん……」
ゴウセルは口の中で小さく呟いてから、今来たパーティーに向き直り声をかける。
「よう、お前ら。ダンジョン攻略は順調、て訳でもないようだな。今聞いた限りじゃ」
「「「「ゴウセルさん」」」」
四人の声が仲良く重なる。
どうやらすでに顔見知りの冒険者らしい。
これがゴウセルの言っていたコネ作りの成果なのか、とゼンは内心で感心していた。表情にはまったくカケラも出ていなかったが。ゴウセルが知ったなら感動してくれただろうに……。
ゴウセルと四人の冒険者は、挨拶を交わし、何かを小声で話し合った後、何故か場所をギルド内の食堂へと移して一緒の席に座るのだった。
座るなり女給を大声で呼び、6人分の飲み物と軽食らしき物を注文するゴウセル。座る前に話していたのは何を注文するのかも話していたようだ。
(オレには聞いてない……タダならまぁいいか……)
ゼンは、ギルマスと会う件はどうなったのだ、と視線でゴウセルに尋ねるのだが、ゴウセルは問題ない任せておけ、という感じにゼンに目くばせで答えるのがウザい。
無言でこんな意思疎通出来る時点で、この二人はかなり仲の良い関係という感じがするのだが、ゼンは冷たく否定するだろう。実情がどうであれ……。
「こいつらは、最近……一カ月位前だったかな、にフェルズに来た新米冒険者だよ。
左から、『西風旅団』のリーダーで、剣士のリュウエン、スカウトのラルクス、魔術師のサリサリサ、神術士のアリシア、……で合ってるよな?」
「そうです。でもよく覚えてますね。全員の名前と職業まで。ゴウセルさん程の商会の会長なら、知り合った冒険者なんて星の数程いても不思議じゃないと思うんですけど?」
多少お世辞まじりに如才なくサリサリサが言う。流石に魔術師ともなると頭がキレるようだ。
「その若さでフェルズまで来れて、すぐにG級に昇級、なんて将来有望なパーティーは印象に残るからな。そうそう忘れんよ」
と言いつつ鼻がピクピクしてるのは記憶力を褒められたからだろう。
内心の嬉しさが分りやす過ぎる癖だな、とゼンはひっそりと思う。
ちなみに、冒険者のクラスは一番下がJ級から始まって上がA級、その更に上にS級となるが、AとSにはそれぞれ上に、
尚、ギルドが管理するダンジョンは初級、中級、上級、最上級(神級)の4つに分類され、初級はG級から、中級はD級から、上級はB級から、最上級はS級のみ、入場許可が下りるシステムになっている。
これは迷宮の潜る冒険者の安全の為にギルドが調査し、ランク分けしたものだが、当然、許可の下りたクラスであろうとも迷宮での死傷率がゼロになったりしている訳ではない。あくまで推奨クラスだ。しかし、管理される前の時代の、出入りフリーだった頃に比べればかなり死者は減っているとの歴然とした調査結果が出ている。
G級はギリギリ初級ダンジョンに入れる下級クラスだが、最下級のJ級からそこまで上がるのに普通2~3年はかかる。それを考えると、飛び級制度を利用したにしても、彼等が異例の速さで昇級を果たした、若手の出世頭であろう事が分かる。ゴウセルが目をつけ記憶しているのも当然だ。
「で、こいつは俺がスラムで見出したゼンだ。色々あって今はうちで配達の仕事をしてる」
「……ども。ゼンです。ヨロシク?」
お互いなんで紹介されているのだろう、との思いがあるのだが、向こうも「よろしく」と言ってくれた。顔には全員疑問符が浮かび上がっていたが……。
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オマケ
一言コメント
リ「ようやく主役の出番!剣士のリュウエンだ、リュウって呼んでくれ!」
ラ「無駄に熱いな…。スカウトのラルクス。リュウのサポート役かな」
サ「(主役違うんじゃ…)魔術師ね。サリサって呼ばれる方が好きかしら」
ア「私はね~、みんなの治療したり、補助魔法使ったり、それからそれから~……」
ゼ「……にぎやか……」
ゴ「さてさて、どうなることやら」
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