第4話 ポーター☆
※
挨拶が終わった後、丁度注文した飲み物と軽食を持って女給が二人やって来た。飲み物をそれぞれの前に置き、大皿2つにクッキーらしき菓子を山盛りにした物をテーブルの中央付近に並べる。
飲み物は、女性陣に冷たいお茶、男性陣には果実を水で割った物。氷が入っている所を見ると、厨房に日常系の魔術を使える者がいるのだろう。流石、冒険者ギルドの食堂だ。
「……で、どれ、見せてみな、その問題のザックを」
両者の疑問を完全に無視してゴウセルは話を進める。
「……これです」
剣士のリョウエンが背負っていたザックをテーブル端の方にドサリと置く。勿論、飲み物のコップや皿は避けたようだが、もっとゆっくり置いて、と女性陣から文句が出ている。
ゴウセルは、自分のコップはゼンの方に寄せると、ザックを手に取りかたむけて中身を半分ぐらい出す。ほとんどが魔石で後は魔物の各種色々な素材だろう品々。低級な魔物の魔石、素材なので、量はあっても価値は低い。
それには目もくれず、ゴウセルは腕をザックの中に突っ込む。肩ぐらいまで腕が入ったところで、ここが底かな、とつぶやくと腕を出し、ザックの大きさと自分の腕の長さとを見比べ、
「うん、確かに容量拡張はかかっているようだな」
エ、と驚くリュウエンに、ゴウセルは少し人の悪い笑みを見せる。
「ただし元の1.2倍って所だ。少し大きめのザックにしかなってないな、こりゃあ」
笑って中身を戻すとリュウエンへと手渡した。
「普通なら十倍以上……安いので五倍ぐらい…ないか。買った時、どれぐらい入るか、聞いて確かめなかったんだろ?」
リュウエンはションボリとうなだれて頷く。
「なら、厳密に言うと詐欺じゃないんだが、相手は確信犯だな。一応ギルドに報告しておいた方がいいかもしれん」
ゴウセルは自分の分のコップの位置を戻すと一口飲んで言った。
「通常の魔道具屋なら、何倍の容量になるかは当然説明義務があるし、何より、この手のバッグには、他に重量軽減とか、質量圧縮とかの魔術がかかってないと、もし容量拡張がもっと大きくかかっていても、持ち運び出来ないような重さになるぞ」
なるほど、と頷く魔術の分かる少女二人には話が通じているが、他の二人はよく分かっていないようだ。首をかしげてハテナ顔だ。
ちなみにゼンも全然分かっていないのだが、それを表情には出していなかった。
「まあ、この手の魔具は高くて手が出ない分、こういう半端な性能の安い品での詐欺まがいなのが出回るから、少し詳しく説明してやろう」
どうでもいい話だが、ゼンはこの魔術の話辺りから、自分には無関係の話だと勝手に判断して、一人黙々と大皿のクッキーを食べ、飲み物を飲み、旨い旨いと山盛りあった菓子の山を急速に減らしていた。
※
ゴウセルの説明を簡略的にまとめた魔術解説。
容量拡張、という魔術は、入れ物の中の空間を歪め広くする魔術だ。収納する入れ物の容量を増やすので、効果の意味が分かりやすい様に『容量拡張』と称しているが、正確には『空間拡張』で、入れ物の内部に固定して使用される。そうして冒険者が得た収穫品をより多く詰め込めるようになる魔具が造られるのだ。
通常は最低ラインで十倍、最上級の物で百倍以上の物まであったりする。ただし、これは物を持ち運ぶザック等にかけた場合、詰め込む物の重量には何の変化もおきない為、詰め込めば詰め込む程、当たり前に詰め込む中身の重さで重くなる。百倍容量で重さも百倍だ。
持ち運ぶのが、いくら闘気法で身体強化した戦士系の者でも、そんな物を背負っていたら戦力半減でまともに戦えなくなってしまう。
だから、その場合に併用されるのが重量軽減、もしくは質量圧縮の魔術である。
もし空間拡張百倍のかかったザックでも、重量軽減百分の一がかけられているのなら、それは見た目通りの重さの物を詰め込んだザックとして使用出来る訳なのだ。
後、質量圧縮の魔術だが、これは入れる物品そのものに効果出る魔術で、重さだけでなく体積まで圧縮して減らす事の出来る優れた魔術だ。こちらは、百分の一の質量圧縮のみがかけられるだけで、先の例にある百倍物が詰め込めて重さも百分の一と、前の例と同じ効果になる。
効果が同じなら、1種類の魔術だけかけられた質量圧縮の方が安く済むように思われがちだが残念。魔術としての難易度は、質量圧縮の方が他の2種に比べて遥かに高く、こうして同じ効果を得られる物を2つ作成したとしても、質量圧縮の方が高くつくのだ。(術者の腕にもよるが)
ちなみに、圧縮と聞いて物をギュウギュウに押し込めて固めた物を想像する者が多いが、あくまで魔法的な効果であり、効果範囲から外に出せば収納物は普通に元に戻る。
また、こういった収納に関わる術でもう一つ有名なのが時間凍結、あるいは時間圧縮なのだが、こちらは普通に買える値段のつくような物の話ではないのでここでは割愛しよう。
※
「……ところで、お前たちに相談があるんだが」
魔具の説明が終わった所で、おもむろにゴウセルは持ちだした話とは……。
「お前たちは今、なるべく一度に持ち帰る戦利品を増やしたい為に、魔具のザック等を必要としている訳だが、高価で買えるまで金を貯めるには時間がかかる。
そこで代替案が、俺にはあるんだ……」
「安く魔具のレンタルしてくれるとかですか?」
スカウトのラルクスが身をのりだすが、ゴウセルはすげなく首をふる。
「今日紹介したゼンの話でな、こいつも冒険者を目指すに当たり、直にその現場を体験したい、と話してた所なんだ。で、お前たち、こいつを
西風旅団の面々には意外な話だったのだろう。面食らった様な顔をしている。何故かアリシアだけがニコニコ笑顔なのは意味が分かっていないのか。天然は怖い。
ゼンもよく意味が分かっておらず、未だにクッキーを頬張り続けていた。すでに一皿空になっている。こっちも怖い。
「えぇ!
「いや、こいつは多分お前らが思ってるよりも年いってるぞ、確か今十歳ぐらいだったからな。疑うなら後でギルドの鑑定具を使わせてもらおう」
「……十歳だとしても、充分幼いですよ。本来冒険者の資格認定は推薦とかない場合、成人からです。十四って国もありますが」
ラーゼン王国では十五だ。国際機構であるギルドは、一応その国ごとに資格認定を合わせているが、戸籍がある訳ではないゼンには微妙な話だ。
「ゼンがやるのは
お前たち、これは嫌な話だが、上級や中級の冒険者達が奴隷を買って『肉の壁』役としてダンジョンに連れていく話は知ってるな?」
それぞれ(ゼンを除く)が神妙な表情で頷く。
「そいつらは当然冒険者じゃない。いや、奴隷を冒険者にして稼ぐ話とかもあるが、これは今の話に無関係だ。で、だな、壁役の奴隷には冒険者資格をとらせたりはしない。とると上級だの中級だの、ダンジョンに入る資格にいちいち引っかかるからな。
だから、だ。冒険者ギルドがダンジョンの入場規制をして適正クラスしかダンジョンに入れないようにしているのは、あくまで冒険者『のみ』、なんだよ」
「えと、つまり、壁役の奴隷さんとかは、そういう冒険者の入場規制の対象外だから、どのダンジョンに入ってもいい、とか?」
ようやく話の流れが飲み込めたのか、ポヤっとしたアリシアが口をはさむ。
「その通りだ。連れて入る適正クラスの冒険者と一緒で、別口の許可証を得てから、という条件付きでだがな。で、その対象外の者には、年齢規制も何も設けていないんだよ。極端な話、それこそ赤子でも老人でも入れる事になる。流石にそんなのを連れて行く頭のイカレたのはいないと思うし、許可がおりないかもしれんが。
繰り返し言うが、ギルドが安全の為に設けた適正クラスのダンジョンってのは、あくまで冒険者の安全『のみ』を考えての話なんだ。
そしてその対象外っていうのは、壁役の奴隷とかだけじゃなく、他の雑務や荷物の運搬役となる
つまるところ、冒険者以外の壁役含む『雑用係』等には、冒険者にあるダンジョンのクラス入場規制等なく、年齢の規制すら存在しない、と。メインとなって同行する冒険者のクラスに準ずる事になるが。
だから、『西風旅団』がゼンを
「
軽く笑って、話で渇いた喉をうるおそうとコップを取るが中身がない。ゼンがゴウセルの分までいつのまにか飲んでしまったのだ………
「う~~ん。でもその子、そんなに幼くて背低くて痩せてるんじゃ、重い荷物あんまり持てないんじゃ?
サリサリサはまだ反対したいようで、なんとか理由をつけて断ろうと試みるが、
「そこは、俺が昔現役時代に使ってたマジック・ポーチをこいつに貸しておくさ。それは、容量拡張が五十倍に、重量軽減が六十分の一かかった優れ物だ」
飲み物がなくて涙目のゴウセルが逃げ道を完全にふさぐ。彼は有能なのだ。
「あ、重量軽減のが強いって事は……」
「察しがいいな。一杯に詰め込んでも見た目より軽くなるって事だ。重い物を入れても負担はほとんどないと言っていい。でも、ま、容量に余裕のある内に帰還するのが賢い冒険者だがな。
お前ら、帰還の転移符使ってる訳じゃないんだろ。引き返す途中の帰り道で魔物を倒して入れる分も考えて行動しないと、また荷物一杯っで持って帰れない獲物を見て泣きを見る破目に陥るぞ」
帰還の転移符、という魔具は、ダンジョン専用で、往復2回のみ転移術をパーティー全員で使えるものだ。ダンジョンの安全地帯で位置を
危険なダンジョンから一気に戻れて、また次の時前の階まで行けるのだから、便利極まりない魔具だが、基本使い捨ての割に高額で、中級の深部や、上級のダンジョンで得られる報酬や素材でもなければ買うのが躊躇われる代物だ。
だが、これを持って行かなかったばかりに全滅したパーティーも多い、基本1パーティーに最低1個は持って行きたい、難度の高い迷宮では必要不可欠な魔具だ。
「でもでも、そのポーチを私達に貸してくれれば、
「おいおい、俺の話をちゃんと聞いてたのか。俺は、こいつに冒険者の実地体験をさせたい事が目的なんだよ。それを貸し出したらまるで意味ないだろうが」
「でも俺達、
ラルクスは雇う方向での現実的な金銭面での現状を出したのは、それもゴウセルが何らかの譲歩をしてくれるだろうと期待しての事だったが、それは期待以上の答えを引き出した。
「いや、それも問題ない。普通だと
西風旅団の面々が驚く。それは普通の
ゼンはゴウセルの肩をつつき、それがどれぐらいの金額になるかを尋ねる。
「そうだな、さっきバッグに入ってた量から考えて……大体銀貨で1枚ぐらいか?」
ゼンがふら~っと椅子ごと後ろに倒れそうになり、ゴウセルが慌てて支える。
「ど、どうしたの?その子」
「いや、いつも稼いでる金額の十倍以上だったから、気が遠くなったんだろうさ」
四人全員が白い目でゴウセルを睨む。どれだけ安い賃金でこき使ってるのか、と。
ゴウセルは苦笑いするしかない。それでも、同じ配達をしている子供らよりもよっぽど稼いでいるのだが、と。
色々な好条件を出しているのだが、西風旅団の反応は今一つ思わしくない。
それには訳がある。
西風旅団のパーティーは実は、全員同郷…同じ村で育った、言わば幼馴染と言っていい関係で、全員気心が知れている。だが冒険者のパーティーとしてはもう一人ぐらいいた方が安定感がある。具体的には、前衛にもう一人以上は戦士系の仲間が欲しいのだ。
だから、今までも何度か募集をかけた事はあったのだが、来るのはかなりな美少女である女性陣目当てのロクでもない連中ばかりで、試しに入れてみても口ばかりでチームの連携についてこれずに浮いた存在となり、結果不採用で断って、気まずい思いを何度もした。
現状はラルクスが前衛とスカウトの両方を兼任している形で彼の負担が大きい。それでも今まで昇級を重ねるぐらいの実績を上げてきたのは、個々の実力がそれぞれ高くその穴補って余りあるメンバーだったからだ。増員なしでも何とかなってしまっている、
結局、気の合わない新入りを入れて気まずくなるよりも現状維持でいこう、という消極論がパーティー全員の結論となった。
だから、ゼンという異分子を入れる事をためらうのだ。
「まあ、まだ色々迷っているようだが、こいつの保証は、俺が全面的に請け負う。一度だけでも試してくれ。もし連れて行って役に立たない、足を引っ張ってどうしようもない、ってのならこの話は諦めるさ。損した、と思った金額を俺が賠償金として払ってもいい、心配なら魔術で契約書を交わすか?」
ゴウセルにここまで言わせて断るのは無理がある。冒険者の仲間として加える訳ではないし、ゴウセルの話ぶりから、一定期間その『実地体験』とやらが済めば抜ける、一時的な補助要員、と考えれば気も楽になる。
それでもあえて不安点をあげるなら、ただの素人に過ぎない子供を、いきなり危険な冒険に同行させる事だけか。
「だが多分、大いに活躍すると、俺は思うけどな。なんせ今俺の店で買い物してる客で知らない者はいないんじゃないかって程に活躍してて、密かに話題になっている奴なんだからな」
「あれ?もしかして、ちまたで話題の『超速便』って……」
リュウエンが、ゴウセルの店で小耳にはさんだ噂を思い出した。
ゴウセルはニヤニヤ笑って答えないが、それがつまりは答えなのだ。
こうして、ゼンは商会の配達仕事から冒険者のパーティーの
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オマケ
一言コメント
ゼ「…旨かった…ゲプッ」
リ「あ~、話してた間に全部食べられてる!」
ラ「まあそう騒ぐな。また頼めば…」
季節の期間限定クッキー完売、との張り紙を壁に貼る女給
ラ(絶句)
サ「何?1個も食べなかったの?美味しかったのに…」
ア「ね~~♪」
ゴ「俺なんて飲み物まで、最初の一口のみ…」グッスン
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