自殺の夜は開けとくね

八重土竜

飛び込み

 ようやく長い眠りから目を覚ませば、時計の蛍光塗料は二時過ぎをひっそりと指示していた。

 布団に収まった体は、長い眠りのせいか凝り固まり、上手く動かすのが難しいようにも思えた。だが、己の状況を的確に判断できるほどに思考は正常だった。

 常夜灯の明かりをつけていたはずなのに、と部屋の主・角塚修介は暗い部屋の中へと視線を巡らせた。

 室内は暗く、時計の蛍光塗料がほの暗く光っていた。東側に配された窓にかかったカーテンの隙間から街灯の明かりが滑りこんで、窓の輪郭をぼんやりと浮き上がらせていた。それはぽっかりと開いた口のようにも見えて、修介は上手く動かぬ体に任せてしばらくの間それをぼんやりと眺めていた。 

 鮮明な思考の中では、ここが自室で、深夜に何の嫌がらせか目覚めたという状況を理解する。常夜灯はきっと寿命が来たのだろう。

 明かりに変わるものを見つけなければ、と考えて修介は固まった腕を布団の中から何とかはいずりださせる。腕に何かが絡みついてるのではと思うほどに言うことを聞かない体に歯噛みしながら、ささくれ立った畳の上を数度ひっかくと、その指の先にこつり、と四角く硬いものが当たった。苦心してそれを手の中に収めると、修介はほっと息を吐きだす。

 彼が掴んだのはどこにでもあるような携帯電話だった。

 だが、明かりのない室内ではこれほどまでに力強い味方はいない。

 ひと眠りしただけで使われ方を忘れたらしい体に歯噛みしながら、何とかその画面を突けようと奮闘していたその時だった。

 ぱっ、とディスプレイが輝き、りりりり、と着信音が室内に響く。

 修介は目を大きく見開いて体を反らそうとしたが強張る体ではそれもかなわず、その片手だけがしっかりと携帯電話のディスプレイを修介の眼前につきつけていた。

 暗い天井を背負って、今度はディスプレイが四角い口をぽっかりと開けている。

 十一桁のその見慣れぬ番号を見て、修介は首を傾げた。

 暗く沈んだ室内に着信音は煩いぐらいに響いていた、修介もいずれそれが煩わしくなり指を何とか画面の上に滑らせて、その電話を取った。

 ノイズのような音が数度近づいたり遠ざかったりを繰り返したのちに、呼吸の音が挟まった。

 電話口の何某かが人だと理解した修介が声をかけようとした瞬間だった。


「俺、今から死ぬんだ」


  沈んだ男の声がそう告げた。

 言葉の意味が理解できず、その重さも受けとることができなかった修介は数度息を吐いてから口を動かした。


「あの、番号間違ってませんか?」


「いいや、角塚修介。あんただろ?」


「お、俺は」


「角塚修介。あんただ」


 その瞬間、確かにクラクションが鳴り響いた。

 電話越しに、ドン、と重い音を聞いて、それから相手が携帯電話を取り落としたのかガシャガシャ、と耳障りな音がして、しばらく後は静寂だった。

 時折アスファルトを踏むようなノイズが行ったり来たりはしていたが、それに短い呼吸の音が混ざったのは数分の後であった。修介の持つ携帯電話が如実にそれを伝えていた。

 がりがり、と何か硬いものがこすれす音がして水音交じりの呼吸がまた間近で聞こえてきた。


「おまえだ、角塚修介。返してやる」


 ひどく聞き取りづらい声がそう告げたのち、電話はぶつりと切れた。

 修介は携帯電話のディスプレイが再び暗くなるまで、そのまま動けずにいた。

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