第52話 052

「昨日の夜さ」


朝。と言っても、もう時計は10時を少し過ぎている。


「夜中、電話してた?」


気怠そうに、ダイニングの椅子に座った明里が口を開いた。


「ああ、うん。紗英から電話来て。気付いちゃったから話したよ。3分くらいだけど」


カフェオレをテーブルに置いて、答える。


「あー。紗英ちゃんか。。。」


ありがと、と小さく言って、マグカップを口に運ぶ明里は、まだ思考がフル回転じゃないみたいで、髪をいじってみたり、あくびをしてみたりしていた。


「移動しても連絡して来るんだ? 重症じゃん」

「ね。何か、堂島から頼まれてて。出社してこねーから説得してくれって言われてたからさ」

「まぁ、和樹から電話しちゃうと調子乗りそうだもんね。真夜中でも出た方が正解、みたいな?」

「そそ」

「で? 続きそうなの?」

「どーだろーねー。こっから先は堂島次第じゃね? 俺どーでもいーし」


自分用にブラックコーヒーを淹れて、明里の前に座る。


「どーでもいいって、、、どんだけドライなの。その気にさせたのは和樹なのに、、、」


苦笑いで明里が呟く。


「その気にって、俺何もしてねーし。極々フツーに出来たら褒めて、出来なかったら怒っただけだし」


「よくゆーわ」


呆れたような怒ったような顔でカフェオレを飲み干して、明里がキッチンに立った。


「そんなことより、今日どうする? どっか行く?」


明里の方に身体をひねって話題を変える。


「どっかってー?」

「どっかモールとか、映画とか?」

「あんた、ホント危機感ないねー。一応、都心部は自宅待機でしょ? 週末」

「、、、あ、そっか」

「その会議だったんでしょ? 昨日。緊急事態宣言出ちゃったらどうなるか決まったの?」


コーヒーを飲みながら、うーん、と小さく唸る。


「まあ、決めるのは本社だからさ。別に俺らみたいなペーペーが考える事なんてないんだけどね。一応、こうなりそうです、ってゆー、何となーくのゆるーいのを聞いてきただけだよ」

「ま、そうだろうね」


「全然実感ないけどね。緊急事態とか」

「こっちに居れば尚更だよ。周りに感染した人いないし」


マグカップを洗った明里が、今度は冷蔵庫を覗き込む。


「とりあえず、何か食べる?」


そう言われて、昨日の夕方から何も食べていない事に今更気が付いた。

気が付いてしまうと、ものすごく、腹が減っている気がしてくる。


「食べる」

「もう朝昼兼用でいいよね。何食べたい? ご飯もの? 麺類? それともマックとかドライブスルー行く?」

「マックいいね」

「ジャンク好きだねー」


笑いながら、冷蔵庫を閉めて振り向いた明里を、不意を突いて抱きしめた。


「何?」


怪訝そうに顔を上げてから、ソレの感触に気が付いて、


「ちょ、マジで?」


と、今後は呆れたような顔になる。


「うん。マジ。勃っちゃった」


言わなくても届いている事実を敢えて言葉にすると、明里の口元から諦めのため息が零れた。


「疲れてる時と空腹の時に発情するって、野生動物だね」


そう言いながらも、冷えた指先をパーカーの中に滑らせてくる。


「でも、こんな俺が、大好きなんでしょ?」


耳たぶを甘噛みして囁いた。

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