第10話 010

「カズキって名前の人は、大体イケメンだよね」

数時間前に男が残していった紙を見ながら、

「ごめんね、さっきはあたしも緊張してて、あんま話聞いてなくて」

と、ゆかりが笑う。


「緊張、してたんだ?」

その笑顔に促されるように、座り直す。


「まあ、一応? あたしだって、さすがにネットで売られるのなんて初めてだし。倉庫で一緒だった子たちとも、うちら買うなんて、怪しい仕事してる変態か、一生彼女なんて出来なさそうなクセにエロい妄想で脳内占拠されてるヤバいやつしかいないよね。って話してたし」


横座りだった脚をあぐらに組み直して、笑顔のまま、ゆかりは続ける。


「でも、あなたはどう斜めに見ても、ヤバい変態には見えない。あたしってラッキーだなっ」


よく見ると、子供みたいに細い腕や脚には、時間経過のまばらなアザが散っている。

ドラマとかで見る、虐待を受けていた子どもみたいだ。


何で売られてたのか、とか、今までどんな生活をしてたのか、とか、聞きたい事は色々あるのに、どれも言葉にしようとすると、上顎に貼り付いて出て来ない。

ゆかりから、きっと俺にとって何のプラスにもならない紙を奪って握り潰して、


「、、、もしかしたら、俺だってとんでもない趣味の持ち主かもしれないよ?」


そんな言葉を絞り出した。


「例えば?」

くるん、と大きな瞳を巡らせて、ゆかりが俺を覗き込む。

「たとえば、、、」


たとえば、、、、、

とんでもない趣味って何だろう?


答えあぐねて黙った俺にお構いなしで、俺の手の中から紙屑になった契約書を抜き取って、散らかっていたトッピングやポテトの残骸と一緒に、ピザの箱に閉じ込めた。

「カズキはいい人。あたし、その辺の勘はいいんだ」

その箱を掴んで立ち上がったゆかりの語尾が、濁る。


「あ、いいよ。ゴミ箱持って来ちゃった方がはやい」


そう言いながら慌てて顔を上げると、揺れる髪の毛の向こうに一瞬、

小さな滴が見えた気がして。


次の瞬間、


小さなゆかりの唇が、

俺の息を止めた。



「お願い。返品しないで。何でもする。カズキの彼女でいさせて」

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