第11話 恋愛脳の譲葉さん
放課後に空き教室で寝る日々が、一週間ほど続いたある日。
「最近、元気だよね」
休み時間に自習をしていると、譲葉が話しかけてきた。
「元気? 誰が?」
生物の問題を解きながら、片手間で返事をする。
「圭くんが」
なんてことない世間話だと思ったら、自分の名前が出てきて、驚いた。
俺が元気?
「そうか?」
教室は、寝ている周防を除いて、結構いつも騒がしい。サッカー部とハンドボール部の奴らは今日も楽しそうに馬鹿騒ぎしてるし、テニス部の女子も何か動画を見ながらゲラゲラ笑っている。
なんとも健全な、高校生らしい姿。
「俺より元気なやつは幾らでも居そうだけど」
「言い方を変えれば、圭くんにしては、元気だよね」
ふと見ると、譲葉の綺麗な瞳には前よりか幾分ましな顔色の自分が映っている。
まぁ、そういう話なら、心当たりはあった。
最近、睡眠を取れているからだろう。周防と眠る生活を続けて数日、心なしか勉強の方も調子が良い気がするし、やっぱりあの判断は正解だった。
「まぁ、そうかもなぁ」
しかし友達の譲葉とは言えども周防と空き教室のことを言うわけにはいかない。返事はあくまでぼんやりとさせた。
「最近、自習室とかで顔を見ないけど、放課後に何してるの?」
「え」
どきりとした。
やばい、何かバレてしまったか……?
「いや、何かちょっと噂になってたんだよね。学校の近くで周防さんと一緒に居るところを見た、とか」
どうやら部屋のことはバレていないらしい。しかし、一緒に下校していたところを目撃されたみたいだ。
「まぁ、最近ちょっと話すようになったというか」
「ふぅん」
譲葉があからさまにニヤニヤした顔を俺に見せてきた。
「……そういうんじゃないぞ」
否定しても怪しいだけかと思ったが、事実、違うのだからそう言うしかない。
「はいはい、そういうことにしといてあげるよ」
「……自習の邪魔だからあっちいけ」
何を言っても聞かなさそうだから、話を切り上げることにする。しかし、どうやら譲葉はまだ話足りないらしい。
「彩華さんってこのこと知ってるの?」
「……」
俺はその発言を無視した。
譲葉は何だか俺と彩華の関係をただの幼馴染とは見ていないきらいがある。
譲葉は普段学級委員長をやっていて、成績も優秀、しかも性格も良いという凄いやつなのだ。ただ、恋愛に関する話になると、途端に恋愛脳というか、何でも色ごとに繋げなくては気がすまなくなってしまう。
「浮気だ」
聞き捨てならないことを言われたので、思わず反応する。
「浮気じゃない。浮気も本気も無い」
「二人共遊びってこと?」
「分かってて言ってるだろお前」
譲葉の顔は、完全に楽しんでいる顔だった。
「まぁ、何が原因にせよ、元気みたいで良かったよ」
譲葉が、中指でメガネのフレームに触れた。
「前にも言ったけど、倒れた時、心配したんだからね」
「……ありがとな。気にかけてくれて」
「どーいたしまして」
そう言って、譲葉は自分の席に戻っていった。気づけば、もう次の授業が始まる時間だ。
それから、俺は授業を集中して受けることが出来た。やっぱり、一、二時間でも睡眠をとっているのが良いのだろうか。
元気といえば、心なしか食欲も前よりかある気がする。昼休みに購買へ行こうとすると、何者かの視線を感じた。
見ると、周防が手招きをしている。
「どうかしたか?」
「ちょっと用事があって、今日は放課後にすぐ帰らなきゃいけないんだよね」
周防が弁当を開く。男の俺からすれば相当小さな弁当箱には、色とりどりのおかずが並んでいた。周防のお母さんは料理上手らしい。
「つまり、今日はあの部屋に言っても意味ないってことだな」
「いや、むしろ逆」
周防がブロッコリーを口にする。
「実験だよ。私なしで眠れるかどうかの、さ。もしかしたら、試してないだけで部屋があそこなら眠れるかもしれないじゃん」
「まぁ……可能性としてはあるか」
ここ数日はどちらかといえば眠ることを優先していて、どうすればどこでも眠れるかを考えてはいなかった。
周防が居ない今日はいい機会だろう。
「ってことで、はい」
周防はスカートのポケットから何かを取り出し、それを握りしめたまま俺のズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「何やってんだお前」
突然の事に驚くが、周防がズボンに残したものに気付き、俺は冷静になった。それは、ひんやりとした金属。空き教室3の鍵。
「見られるわけにいかないじゃん」
「だからってなぁ……」
傍から見たら怪しい取引みたいだ。そもそも周防が人と話しているって時点で結構目立ちそうなのに、何をやってるんだこいつ。
一応辺りを確認したが、幸い特に見ている人はいないようだった。もしかしたら怪しい雰囲気を感じ取って見て見ぬふりをしているだけかもしれないが……。
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