そよ風の朝に

みなづきあまね

そよ風の朝に

春らしい風が吹いていた。寒くも暑くもない。ホームで数秒後に来る電車を待っていた。すぐに電車はやってきて、私は乗りこもうとした。すると電車が完全に止まる前に、見慣れた男性が座りながらスマホを見ている姿を自分の目が捉えた。私は努めて冷静にふるまい、彼と少し離れた席に座り、ニュースに目を落とした。


5分くらい経った。降りる駅だ。私以外にも数名がドアへ向かっていた。私はわざとゆっくり立ち上がると、イヤホンを耳から外し、スマホもコートのポケットにしまった。ドアが開き、次々と人が降りていく中、彼が私の近くにきたので、私は軽く手を振った。


「おはようございます。」

「あ、おはようございます。」


彼もイヤホンを耳から外し、私たちは一緒に階段を降りた。


「先週からダイヤが変わったじゃないですか。全然忘れてて、この間いつも乗っている電車がなくてちょっと焦りました。」


「そうなんですよ。乗り換えで結構困るんだよなあ・・・うまく接続できないと。」


私たちは何気ない会話をしながら改札を出て、青空の下街を歩き始めた。


「天気もいいし、週末遊びに行くつもりなんです。南房総とかいいかなって。」


「あー、いいですね。この時期なら、ほら、花が有名な場所とかもあるし。」


「そこ行ってみたいんです!せっかく季節ですしね。」


彼もそこそこ旅行をしているようで、たまにお互いの旅行経験からおすすめスポットを教え合うことがあった。交差点の信号が青になり、私たちは歩き始めた。


「あの、朝から変なこと聞いていいですか?」

「いいですよ。」


「えーと・・・死んだらどうしようって思ったことありません?」


私の唐突な質問に彼は目を丸くした。それはそうだろう。それでもこの悩みは最近の私を悩ます事項だった。


「だって死んだことがないから分からないけど、死んだら悲しいとか怖いという感覚もなければ、嬉しいとか美味しいとかの感覚も、つまり無の世界が待ってるかもしれないじゃないですか。そう考えると怖すぎて。忙しくしないとやってられないんです。今の人生が楽しすぎて、生に執着してるというか・・・。」


私は職場までの一本道をじっと睨みながらそう話した。


「うーん、確かに無かもしれないけど。死ぬのが怖い、とはちょっと違うけど、同じように “なんのために生きているんだ?”って考えすぎて、生活に支障をきたしそうになったことはありますね。」


「えー、そっち?でも同じです、全く同じ。延々と考えちゃうんです。」


「だから考えないようにわざと予定を入れて忙しくしてましたね。」


「わかります。忙しければ考える暇さえないけど、下手に時間があると、急にぽっと考えが浮かんできて、うわーってなって、涙が出てくる・・・。」


朝からどれだけ重い話をしているんだと自分でも思ったが、ベクトルは違くても似たような経験と気持ちを図らずも共有できて、少し嬉しかった。


そんな話をしていると、あっという間に職場に到着した。


たいしてわくわくすることがあったわけでもない。話す内容は重すぎるし。けれど、爽やかな風と青空の中歩くのは、悩みが少し薄れたし、いつもの道が特別なものに思えたのだった。

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