第24話やがて水晶窟へと至る前に

誰かの使い古された感情を解凍する役割と、それを下茹でして処理する役目があって、次から次へと襲いかかってくる名も知らぬ魚たちを捌きながら、侵入者に怯えている。魚のはらわたを俎板の上に並べておいて、珊瑚、真珠、黒真珠と名づけて、いくらか心をなだめようとするけれど、魚の名前を叫ぶ侵入者によって遮られてしまう。ゲソのお刺身は美味だけれど、払った代償は黒真珠七百粒ほどだったと涙してももう遅い。夜を自分の足で越えなければその底に潜むものの正体を確かめられないのと同じように、三千粒の真珠を費やしてようやく侵入者の名前を知ることになるのだ。日々洗浄されてゆくゴミ箱の中身が珊瑚ではなく、コットンパールだという可能性もありうるが、いずれにせよ侵入者は次から次へとはらわたを詰めこんでゆく。やがてこの家のシンクが魚の血の痕とビニールに包まれた永久に溶けない氷で満たされる前に、すなわち水晶窟へと変わる前に、ここから脱出せねばなるまい。


金澤詩人賞2021落選作

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る