第21話 襲撃


 アデル3大海賊団の一角、チェスター海賊団。

 

 その名前を聞いて思い出すのは一週間前の出来事だ。

 彼らの一味が、俺とシーシーの前に現れた。

 それは復讐を伝えに来たディアボロの使者だった。


 ――いつか、落とし前をつける。

 

 そう言って、彼は消えていった。


「あの人――本当に……本当に来たんだ」

 俺は思わずつぶやいた。


「本当に来た? あの人? それ、どういう意味ですか?」

 耳ざとく聞いたポラが俺に詰め寄る。

「もしかしてポチ君、今回のチェスター海賊団襲撃のこと、知っていたんですか?」


「し、知っていたわけではないです。ただ、心当たりはあって」

「心当たり、ですか?」

「はい。実は、少し前にシーシーさんと二人でいるとき、チェスター海賊団の甲板長を名乗る男が現れたんです」

「なんですって――?」


 ポラは驚愕の表情を見せた後、すぐに眉根をひそめた。


「どういうことですか。どうしてそれを報告しなかったんですか」

「す、すいません!」

 俺はぶんと頭を下げた。

「シーシーさんがよくあることだから気にするなと言っていたので、単なる脅しなのかと」


 ポラははあと短い息を吐いた。

 そのあと、力なく首を振った。


「……まあ、たしかに、海賊の脅迫なんて日常茶飯事ですからね。私でも本気にしなかったかもしれない」


「伝えておくべきでした」

 俺は下唇を噛んだ。

「予め知っていれば、なにか備えることが出来たかもしれない」


 まったく、なんて間抜けなんだ。

 ただでさえ何も出来ないのに――こんなヘマを。


「終わったことはもういいでしょう。それで、彼はなんと言っていたんです?」


 ポラはすぐに頭を切り替えた。

 俺もそれに倣った。

 反省はあとだ。


「たしか――ゼルビーのことで話をつけにいくとか、そういうことを言ってました」

「ゼルビーのことで? それは、はあ、どういうことでしょうか。巨大海賊団の船長が、下っ端の一人をやられたくらいでウチに喧嘩を売るとは思えませんが――ポチ君、その人は他に何か言ってませんでしたか?」

「他には、えっと……たしか、ゼルビーはどこかの島で顔役をやっていたんだ、とかなんとか」

「島の顔役、ですか。ゼルビー海賊団の根城と言えば、タキオン諸島にあるラギ領のマイア島ですね……いや、ちょっと待ってください」


 ポラは短い間考え込んだ。

 それから小さな声で「ああ、そうか」と呟いた。


「そう言えば、マイア島は昔からゼルビーと他の海賊とがシマの利権をめぐってもめていましたね。あの島には大きな炭鉱がある。ゼルビーが死んでしまったから、それを別の海賊にでも奪われてしまったのかも」


 そうブツブツと一人ごちる。

 

 何か思い当たることがあったらしい。

 この人の知識量は膨大だ。

 これだけ優秀なのだから、ミスティエが重宝するのもよくわかる。


「おい、ポチ! こんなところにいやがったのか!」

 と、その時、またぞろいきなり背中にシーシーがおぶさって来た。

「うち、ずっと探してたんだぞ! 一人でずーっと探してたんだぞ!」


 そう言って、俺の髪の毛をワシャワシャしてくる。

 そう言えば――すっかり忘れていたけど、シーシーとかくれんぼの途中だったんだ。


「す、すいません」

「すいませんじゃねえ! お前、誰も隠れていないのにかくれんぼの鬼をやる悲しさが分かるか! うち、ちょっと泣きそうだったぞ!」

「ご、ごめんなさい。でも、どうやら今はそれどころじゃないんです」


 俺は手短にシーシーに今起きてることを教えた。

 すると、彼女は「なんだとー」と言って口をムズムズとさせ、むしろ嬉しそうに目をらんらんと輝かせた。


「サヴライの野郎、マジで船長を連れてきてやんの!」


 ニシシと嬉しそうに笑う。


「いいねいいねー、腕が鳴るぜぇー」

「し、シーシーちゃん。駄目ですよ! 戦っては駄目」

「そうはいかねーだろー。わざわざ挨拶に来てくれたんだからよー」

「絶対に駄目です! 相手はただの海賊とは訳が違うんですよ」

「だから面白いんよ。あー! 久しぶりに本気だせそ!」

「全然、面白くないですんですけど!」


「いや、面白いね」

 

 声がして振り返る。

 すると、ミスティエが船縁に立ち、潮風に美しい金髪を靡かせながら薄く笑みを浮かべていた。


「船長! どうするんですか、この状況」

「どうもこうもねえな。あの化け物どもをこの船に乗せるわけには行かねえだろ」

「どうするんです?」

「こちらから乗り込む」

「乗り込むって……正気ですか? 向こうには船長(ディアボロ)だけでなく、おそらく副船長のルサールカもいますよ」

「仕方ねえだろ。どうあれ、依頼人に迷惑はかけられねえ」


 ミスティエはそこで言葉を止め、俺を見た。


「ポチ。エリーを呼んで来い」

「エリーさんを?」

「本当はエリーかシーシー、どちらかをこの船に置いていきたいんだがな。今回は二人とも連れて行かねえと、奴らとの戦力差がありすぎて対等に話が出来ねえ。コッチはお前ら二人でどうにかしろ」

「は、はい」

「エリーはおそらく上甲板のコンテナにいる。急げ」


「もう来てる」


 いつの間にか、背後に彼女がいた。

 全然、気配がなかった。

 この大騒ぎのさなか、全くの無表情だ。


「よし。それじゃあ野郎ども、行くぞ」

「アイアイサー!」

「アイ」


 シーシーはぐ、と足を曲げ、背後に曳航しているキャラコ船へと飛んだ。

 な、なんつーバネだ。

 軽く30メートルはあるぞ。


 続いて、エリーはふわりと浮き、ゆらゆらと浮遊しながら同じく船へ移動した。

 こっちはもっと驚いた。

 魔法使いっていうのは、やっぱりマジだった。


「それじゃあポラ、悪いがコッチのことは頼んだぞ」

 自身が乗り込む前に、ミスティエが言った。


「船長、最後に少しだけ」

「なんだ」

「ディアボロは恐らく、マイア島について話をしに来ていると思われます」

「マイア島?」

「ええ。ゼルビーの管理していた炭鉱の利権問題の件でしょう」

「要するに、金か」

「きっと、何か理不尽な要求をしてくるに違いありません」


 ポラは一段声を低くした。


「くれぐれも、自分の立場を顧みてください。あなたは白木綿(キャラコ)海賊団のミスティエ。色んな所にコネクションがあり、遺恨があり、味方がいて、敵がいる。どうか、慎重に動いてください」


 お願いします、とポラは眉尻を下げ、懇願するように言った。


 ミスティエは苦笑し、やれやれと言うように肩を竦めた。

 それから縁から降り、ぽん、と彼女の頭に手を置いた。


「なんだその情けない面(つら)は。お前、このあたしが下手を打つと思うか?」

「それは……想像できませんけど。でも」


 二の句を継ごうとするのを遮り、ミスティエはポラの唇に人差し指を当てた。


「だったら黙ってな。お前はあたしを信じてりゃいいんだ」


 ミスティエは「そうだろ?」と言って、白い歯を見せて笑った。

 ポラは顔を赤らめ、ぽうっとした乙女の表情になり、「……ハイ」と呟いた。


 な、なるほど。

 理屈屋の彼女を黙らせるには、こうするのが一番なのか。


「うーし。行ってくるか」


 ミスティエは再び船縁に立ち、腕まくりをして顎を上げた。


「ちょ、ちょっと待て」


 その時、今度はいきなり現れたキースが口を挟んだ。

 走って来たのか、息が切れている。


「ミスティエ。お前、奴らと戦う気か?」

「さてな」

「いくらお前でも、ディアボロじゃ相手が悪いだろう」

「なんだ。心配してくれんのか?」

「そうじゃねえ。だが、仕事はきっちりしてもらわないと困る」

「誰にモノを言ってやがる。仕事はやり切るさ」

「死んだら出来ねえだろうが」


 キースはチッと舌打ちをした。


「金でカタがつくんなら、いくらか用意してやるぞ」

「なに?」

「お前は親父の贔屓だ。きっと都合つけてくれる」

「は。悪党に施しを受けるほど落ちぶれちゃいねえよ」

「馬鹿野郎。綺麗ごと言ってる場合か」

「あたしも海賊なんでね。安易に名を穢すような真似は出来ねえ」


 キースは鼻に皺をよせ、短い間黙り込んだ。

 それから小さい声で「頭の悪い奴だ」と毒づいた。


 ミスティエは「うるせー」と毒舌を返した。

 そして最後に、俺を見た。


「ああ、そうだ、ポチ」

「は、はい!」

「ポラを頼むぞ。こいつは頭がいいくせに時々バカだ。何かあったら、お前が守れ」

「わ、分かりました。僕は何も出来ませんけど――盾くらいにはなって見せます」

「何もできない? は。シーシーから聞いてるぜ。なかなか筋がいいみたいじゃねえか」


 ミスティエは指でピストルを作り、俺の腰を指さした。


 俺の腰には銃のささった革製のホルスターが巻かれてある。

 思わず、それに手をやった。


 軍用自動拳銃(コルトガバメント)。

 M1911だ。


「どうなんだ?」


 ミスティエが問う。


 刹那、俺は逡巡した。

 拳銃の練習はかなりした。

 止まっている状態で止まっているものを撃つのはかなり上達した。


 しかし、まだ実戦で扱う自信はない。

 というかそもそも――人に向けて撃つなんて、絶対にできそうにない。


「おい、返事をしろ」


 だっていうのに、船長が焦れたように言う。

 俺は拳をぎゅっと握った。


 そうだ。

 今の俺は海賊。

 海賊なら――銃くらい撃てて当たり前じゃないか。


「任せてください」


 俺は言って、顎を引いた。

 その顔を見て、ミスティエは口の端をにやりとあげた。


「馬鹿野郎。なんだその腑抜けた声は。海賊なら海賊らしく返事をしろ」


 そうだった。

 俺はすーと息を吸い込んだ。

 それから、野球部で鍛えた発声で、腹の底から、


「アイアイサー!」


 と言って、踵(かかと)を鳴らした。


「よし」


 ミスティエは満足そうに頷いた。

 そして、彼女はキャラコ船へとジャンプしたのだった。


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