第7話 宇宙、旅立ち2

「お掃除係!?」

「一般人の君を、いきなり護衛として雇うわけにはいかないだろ。安全が確保されるまで、一緒に付いてきてくれるだけでいいんだ」

「そ、そんなあ……」


 マネージャーの告げた悲しいお知らせ。それはナナセがボディーガードではなく、太陽系ツアー中の清掃員に選定されたというものだった。そんなあ。


 しかしそんなあ、そんなあと、セルフエコーをかけながらマネージャーに文句を言っても仕方ないことは分かっている。決めたのは明星ミンシンかそのエージェントだろう。


 つまり得体の知れないナナセはボディーガードとしては失格ということだ。そんなあ。

 付いてきてくれるだけでいいけどまあやる気があるならツアースタッフに混じって清掃だけ手伝ってくれって、余計なことはするなよって、そんなあ。


 マネージャーの言葉に期待していた分、頭がくらくら回る。

 ボディーガードにはなれない。その事実がズガーンとくる。


 お掃除係……。

 明星やバックダンサー達が使ったステージにキュッキュキュッキュとモップをかけたり、食事に使った食器をキュッキュキュッキュと洗ったり、ツアーの間に出たゴミをせっせせっせとゴミ集積場に持って行ったり、つまりそういうことがナナセの仕事だというのだ。

 

 普段ならいいバイトだとか言っちゃいそうだけど、今は失望の方が大きい。だって念願の宇宙冒険家スペースハンターに一歩近付いたと思ったんだから。

 しかしどうやらそれはまだナナセには遠い夢だったようだ。

 そんなあ……。




 そしてそんなあ、そんなあと、心の内で文句を言い続けて早数日。

 お掃除係りも何だかんだで結構板に付いてきた頃。


「うおりゃあ!」


 普通ならクレーンで吊す鉄骨を素手で持ち上げ、アイドルが歌う予定のステージの建設作業を進める。おおーと周りから感嘆の声が上がった。

 ステージの設営も解体も力わざだ。そう、今のナナセはその筋力を利用してステージ設営係にも回されている。

 もはやお掃除係りの持ち分を超えているが、ナナセは力仕事の面で非常に重宝されているのだ。まあ、ボディーガードじゃないけどこれはこれで頼りにされていると言えるか。


 今日は色々と忙しい日だ。


 ぱっぱらぱーっと軽快な音楽とともに風船が舞い上がる。この会場でもっとも高い建造物、先端に純金の金星模型をいただく『ゆうづつの塔』を見下ろし、空へとのぼっていく。


 金星祭り。

 金星が一回転する度に行われる一大イベントだ。

 太陽系をはじめ、様々な惑星から観光客が訪れる。その数なんと何億人とか。

 だから会場にも一苦労だ。ここは金星一の大きさを誇る金星宇宙港記念公園。

 公園と言っても街一つ分くらいの広さがある。金星宇宙港のとなりに位置するとにかくだだっ広い場所だ。

 そのシンボルは公園の真ん中に立つ、『ゆうづつの塔』。螺旋を描くような複雑で美しいフォルムはナナセでも見惚れるほどだ。


 人が行き交い、露店がひしめき会場はとにかく絵に書いたお祭り騒ぎ。

 もちろんイベントもめじろ押しだった。金星総裁が挨拶し芸能人がトークし、アイドルが歌い躍る。


 そしてそのアイドルというのが明星。金星一の祭りに駆り出されるのも宇宙の王子だ。

 ゆうづつの塔のすぐふもとに、他の芸能人を差し置いて彼専用のステージが組み上がっていく。


 この祭りで歌った後、明星はすぐに宇宙港へ移動し、太陽系ツアーの出発点である冥王星へ発つことになっていた。数週間後に迫ったツアーのために、いよいよ宇宙に出るのだ。


 扱いはどうであれ、ナナセも一緒に宇宙へ行けることには変わりない。ツアーのスタッフなんだから。明星が歌った後のステージを片付けて、いつも通りゴミを出して……。

 いやでも、別にボディーガードじゃなくてもいいじゃないか。……いいじゃないか。


「いいんだいいんだ、宇宙に行けるなら何だって。何だって……ブーブー」

「おい、新入り。そんなとこでなにをブーブー言ってんだ? 休憩行こうぜ。エージェントさんが小遣いくれたから、好きなもん買ってこいよ」

「お小遣い!? ホントですか? 行きます行きます!」


 ブーブー口に出していた所を、気の合う同僚に声をかけられる。

 ほらよと、彼はナナセの手に一枚のカードを差し出した。この中にエージェントのくれた金額が入っているのだ。


 ニタニタと金銭を受け取りながら、改めて同僚の顔を見る。

 ニット帽にしまい込んだモジャモジャの髪。それがお掃除係仲間の彼のチャームポイントだ。少なくともナナセは勝手にそう思っている。

 名前は知らないが、ナナセの怪力を頼りにしてくれているツアースタッフの一人だ。


 おそろいの清掃員用つなぎを着て、二人で露店の間を縫って歩く。


 スタッフにお小遣いなんて、お高くとまってると思ってたエージェントも中々いいとこあるじゃないか。カードに記載された金額は少ないが、まあ少しは祭りを楽しめということだ。

 どうせ明星が歌ってる間はナナセ達も暇になるし。


「それにしてもやっぱりお前力持ちだな。鉄骨のことといい、重力の強い惑星の出身か? なあなあ、そういう人って、重力の弱い星じゃ体が破裂しねえように特殊医療を受けるっていうけどホント?」

「え? えーっと……」


 いつの間にか、となりを歩くモジャモジャの前髪の隙間から出た瞳が興味津々でこっちを見ていた。昨日寝ずにゲームをしていたとかで目の下のくまがすごいが、案外爛々として魅力的な瞳だ。というかどんな質問だ。


 返答に困っていると、ふっとどこかで見た姿が視界に入った。

 それが誰だか分かって、思わず立ち止まる。


「あれ……明星さんですか?」


 遠すぎて、一発で彼と分かったわけではない。ただナナセ達が組んだステージの真ん中に立っているからそうだと思っただけで。

 ああそうか、いよいよ彼の出番か。ステージの周りは凄まじい人だかりだ。裏からは見えなかった。

 きっと彼目当てでこの祭りに足を運んだ者も多いだろう。しかし……。


「この前となんか違う……」

「ああ、髪の色のこと? 舞台に立つときだけホログラムで染めるらしいぜ。オレもたまにステージリハを見るけど、その度に違う髪色なんだ。やっぱり芸能人は違うね」

「へえ。お仕事のときだけなんですね」


 普段は地毛で通しているらしい。極力染めるのを避けるなんて、意外と髪のダメージには気を使っているようだ。

 いや髪もそうなのだが、もしかしてお客さんに手振ってる?

 初めて会ったときあんなにぶっきらぼうで、エージェントといるときはちょっと尊大だった彼が?

 あれがアイドルか……。変わるもんだな。


 女性客達のキャーという歓声がここまで聞こえる。

 まあ、ああして歌えているのも今日まで危惧していた襲撃がなかったお陰だ。


 もしかしてホントにナナセはボディーガードとしてお呼びでないのかも。だって何も起こらないんだから。いや、それはいいことなんだけど。

 このまま宇宙に出るまで、いやツアーが終わるまで何も起こらなければそれが最善なのだ。そしたらナナセもお払い箱だろう。アイドルとの縁もそれっきりということだ。


 祭り会場のスピーカーから音が溢れ出す。明星は今日、金星一のバンドの生演奏をバックに五曲ほど披露する予定だった。例の『スーパーローテーション』も歌うのかな。


 いやそんなことより今は祭りだ。彼が歌ってる間に祭りを楽しまないと。

 見渡せばそこには色とりどりの出店。そしてごった返す人の群れ。これぞまさに祭り。

 これが金星を代表する金星祭りか。

 金星に住んでるくせに初めて来た。祭りの日はいつも仕事だったから。


「人がたくさんいるー。ホログラム旅行の人も結構いますね」

「金星の一大イベントだからな」


 ただ、行き交うのは人間ばかりかと思っていたら。


「ほっほっほ」


 不意に足下から聞こえた不思議な息づかい。

 背の低いものを踏みかけて、ナナセはとっさに足を止めた。

 見下ろせばそこには、


「ほっほっほ」

「ほっほっほ、犬だ~」


 ナナセが呟いた通り、長い毛に囲まれた瞳がキラキラ輝く大きな犬がいた。

 白くてボサボサの毛がふっさふさに生えた体に、クリーム色の耳。ふさふさのしっぽもクリーム色だ。

 つぶらな目が一心にナナセを見上げている。その首には虹色のスカーフ。

 祭り客の飼い犬だろうか。


「ほっほっほ」

「こらー、どこ行ったのワンダフル!?」


 遠く、人垣の向こうから声がした。それを聞いた犬は、静かにナナセに尻尾を向けてそちらへと歩き出す。

 多分飼い主が呼んでいるのだろう。


「じゃあね、わんこう」


 その背にナナセは手を振った。わんこうは器用に人垣を縫って消えていく。


 へえ。金星祭り。犬もエンジョイしてるんだ。


「おーい、どこ行った新入りー!?」


 いつの間にかナナセが立ち止まってる間にはぐれたのか、こっちも連れの呼ぶ声が聞こえた。

 さあ、祭りを楽しまないと。これでしばらく金星ともお別れなんだから。

 手にお小遣いを握りしめて、ナナセもまた人垣へと潜っていった。




「もう、一体どこ行ってたの?」

「ほっほっほ」

「はぐれたりしたら、金星に置き去りだからね」

「くーん」

「それぐらいこの祭りの迷子率はすごいんだ。船の整備にはあんたが必要なんだから、気をつけてよね」

「うー」

「え? あたしも酒臭いって? そりゃ久しぶりの祭りなんだから少しくらいはしゃいでもいいでしょ」

「ぶるぶる」

「あたしのはいつもだって? 余計なお世話よ。まったくうるさい犬ね……」


 ぶつぶつ言う女に付き従って、『彼』もまた祭り会場を後にする。

 最後にその真っすぐな瞳は見ていた。

 人垣の向こうにかすかに見えるお下げ髪。この先に待ち受けるものをまだ知るよしもない、あのつなぎの人物を。

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