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きんぎょ
第1話,mistake of life
四月。
それは新しい出会いの始まり。
またある時は別れの時期。
なんの代わり映えのしない日々。
人によってそれはまばらだろう。
運が乱数調整で向いているのだとしたら、きっと十人十色な四月があるはずだ。
かく言う俺、
椅子に座りながら式神を焚き火の火に俺は入れた。
よく燃える。気持ちのいいぐらいに。
ここから先の四月以降の自分の物語はとても不運に見舞われた、可哀想な奴の、哀れで、ひたすらにむなしいだけの俺の陰陽師としての物語だ。
ガッタガッタガッタ!
耳鳴りのするうるさい足音が俺のいる部屋に近付いてくる。
そして俺の部屋の障子の前で耳障りな足音は止まり、乱雑に俺の部屋の障子を開ける。
「おい!起きろ、いつまで寝てんだ!」
男の声が俺の脳を覚醒させる。この世で一番あって欲しくない起こされ方だった。
声の主は
「いや、ちゃんと起きてる」
俺はムスッとした声で返す。明らかにバレる嘘だ。
「嘘つけ。なら、早く布団から出ろ」
やはりバレていた。そこは少しでも乗って欲しかった。というか、ちょっとは乗れよ。
「起きてるなら早く布団から出ろ!」
「いや、俺のガールフレンドが離れたくないって。なんならもうゴールインしたいみたいだ」
「いつからお前は無機物との恋愛に至ってんだ。いいから早く出ろ。今日はお前にとっては重要な日だろうが」
「俺と芳子はプラトニックなラブなんかじゃねぇ。もうアツすぎるレベルなんだ。引き裂くような真似すんじゃねぇぜ」
「お前の戯言に付き合ってやってる俺の苦労を知らないフリする真似もやめてもらいたいんだがな。まぁいい。朝食は出来てる。早く来い。」
そう言って去っていった。腹が立つので芳子と一緒に夢の世界でランデブーしていたら、幻夜が今度は殴ってきた。その拳は重かった。
しばらくして、俺は広間に行き、朝食を食べることにした。
文字通りの広間だった。それこそドラマとか映画とかで見るような人が何人も入れるような広間だ。
だが、朝食を食べているのは俺と幻夜の2人だけ。余りのスペースがいつまでも続く、そう感じれる程に虚しさの残る物だ。だが、それも何年も同じように暮らしていれば大したことはなかった。
お互いに、親とは死別してしまった。
俺たちのそれぞれの親は陰陽師として、
陰陽師。それは、平安の初めからある様々な災厄を振り撒く妖と呼ばれる奴らを討伐する者達を指す言葉だ。
寅牧の家は、全国の陰陽師の中でも、名家中の名家だった。
だが、15年前のある出来事を皮切りに没落の一途を辿って行くことになった。
そして現在、寅牧に在籍する者は俺と幻夜のみ。
後は傘下に何個かの家があり、主に大阪、兵庫、そして和歌山にて妖の討伐を担っていた。
だが、次第に衰えていく寅牧は討伐する能力が徐々に衰えていき、今では大阪の妖を討伐するだけでも精一杯の状況になってしまった。その名残で、今はデカい家が残された状況になった。
そして、今日。俺は陰陽師としての初仕事となる。
だが、正直なところ俺には家がどうなろうがどうでも良かった。なんなら、潰れてくれても構わない。危険なリスクを負ったところで家の再興などないに等しい。いや、一時的には止められたとしても、ほんの一瞬でしかない。
広間に明るい日差しがだんだんと舞い降りていく。
斜陽な家への、当てつけのように感じて、俺は少し腹が立ってきた。だが、本当に腹が立っているのは、家なんてどうでもいいと言っておきながら結局家のことを考えてしまっている俺自身に一番腹を立ててしまっていたんだ。
「ごちそうさま」
俺は飯を半分ほど食べて広間から立ち上がった。
「まだ飯も半分ぐらいしか食ってないのにか?」
幻夜は不思議そうに返す。
「ああ」
俺はぶっきらぼうに返した。自分でもすげないと思えるぐらいなのだから、向こうからしたらきっとそれ以上なはずだ。
だが、幻夜は肩をすくめながら「そうか」と笑顔を作った。その笑顔はどこか、寂しそうだった。
夜中になり、辺りが静まり返っている。
「これでよし!」
幻夜が俺に陰陽師としての正装である黒の狩衣の着付けをしている。十五になったんだからそれぐらい俺でもできると言っても、幻夜はそうかそうか。と言って続行するので、俺も抵抗を諦めた。
「うーん、けっこういい感じに似合っているな。馬子にも衣装、いや、豚に真珠だな」
「なぁ、それ褒めてるんだよな。貶してんじゃないよな」
「まさか。せっかくのめでたい門出の日にそんなことするわけないだろ?」
なら、お前の言葉選びのチョイスはどうかしてるとしか言えないだろ。そう言う手前で言葉は喉をUターンして行った。
幻夜の心から喜んでる顔が目に入ったからだ。俺はそれを見ただけでどこか嬉しくなった。
「頑張ってくれよ。お前はあの
最後の言葉だけ、上手くは聞き取れなかった。
だが、俺が多くの期待を背負っているというのも事実だった。
平安の時代から続く陰陽師の名家、狐池家において陰陽師の始祖である安倍晴明の再来とも言われている狐池唯に三年間内弟子として修行をつけてもらい、今に至る。
俺の腰の帯を幻夜は締めると幻夜は腰を上げる。
「さぁ、行こうか」
そう言って、俺たちは妖討伐の為に外に出た。
幻夜の顔は、先程までの笑顔とは一転した真剣そのものを具現化したような顔だった。
「そう固くなるなよ」
幻夜は緊張で強ばっている俺を見て少し笑った。
俺達は今、空を駆けていた。兎歩と言われる陰陽師の基本技能だ。
「まぁ、初めてなんだ。緊張するなと言う方が無理がある。でも、今回の任務は箕面の山にいるちよっとした妖を倒せばいい。難易度もCと、最低に近いランクだ」
「でも……」
「安心しろ。万が一でも、俺に任せろ。お前は精一杯戦えばいい」
そこから俺は不安なことをなるべく考えないようにした。
任務の場所は薄暗く、気持ちの悪いほどに人気のない静か過ぎる場所だった。
「なんか、退屈な場所だな」
欠伸をしながら幻夜はそう言った。その姿に、俺は少しリラックスできた。
それからしばらく2人で辺りを散策していると、突然謎の長い手が猛スピードでやってきて、間一髪で二人とも避けた。
すぐさま攻撃の来た方を確認すると、俺達の三倍はあろうかという巨体に、何本もの手が生えていて焼けただれたような皮膚の妖がいた。
醜悪そのものを具現化したような姿だ。
式神を繰り出そうとする俺を幻夜は制止した。
「なんで止めるんだ!先手必勝だろうが!」
俺は少々激昂した。だが、幻夜はそれすら意に解する気はないのか、冷静な口調で淡々と俺の目を見るでなく、妖をずっと睨みつけながら告げる。
「アイツは恐らく最低でもAランクだ。お前がどうこうできる敵では、ない。」
「なら、どうしろって言うんだ!」
「だから、さっき俺に任せろって言ったよな?安心しろ。俺にしてみれば、雑魚には変わりないしな」
そう言って幻夜は俺の前に立った。その背中は、今までで一番大きな背中に見えた。
「
幻夜は呟くと、両の拳に呪具が現れる。
それを確認すると、幻夜は風の如く走り出した。
まるで、獲物を見つけた獣のように、楽しそうに、ギラギラと目を輝かせて…………
妖はそんな幻夜を見て一歩下がったが、取り直して五本の手を繰り出していく。しかし、幻夜はそれを避けながら呪具を纏った拳で一本一本を着々と壊していく。
幻夜が拳を撃つ度に破裂するような音が、酷く耳鳴りを誘う。
そんな音にお構い無しに幻夜は進み続ける。左右正面からくる手を破壊しながら、相手の手の内を文字通り壊しながら妖の元へと駆けていく。
そしてそのまま思い切り跳躍し、腰を捻りながら拳を撃った。
妖は破裂し、消滅した。
幻夜は満足したように屈託のない笑顔を俺に向けてきたので、俺も笑顔で返した。そして、ゆっくり歩きながら俺の元へとやって来た。
「ふぅ。なんとか倒せたぜ」
謙遜が過ぎた。今のは何とかというほどのものではなく、蹂躙や圧倒とかの言葉の方が似合うものだった。
「まぁ、次もあるからな。次はお前に任せるぜ」
「あぁ、任せとけ!んで、しっかりカレー作って待ってな」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
そう言い合って、俺達は家に帰った。
任務の報告を終え、一段落着いた俺たちは二人で縁側でくつろいでいた。満月に満開の桜が掛かっていた。
「なぁ一。お前はさ、寅牧家を再興したいと思うか?」
「いや、全然」
ポロりと零れるような声で聞かれた質問に、咄嗟に出たのは、本心にはない言葉だった。嘘だ。本当は、こんなデカい家をたった二人で過ごしたくはなかった。こんな寂しい思いはしたくなかった。
でも、言い出せはしなかった。何でかは分からない。ただ、その時の俺はもしかしたら何かしらにあてられていたのかもしれないし、満月や満開の桜に酔っていたのかもしれない。だが、理由はどうであれ、俺は無言で幻夜の言葉を聞く。
「そうか、お前らしいな」
「俺も、本当は興味無いんだ。家の再興とかな」
そう言って、俺たちはしばらく無言で満月を眺めた。ほんの刹那だったかもしれない。だけど、悠久の時間のように感じられた。そして、その永遠に感じられた一瞬は突如として終わりを告げる。
殴られたのだ。幻夜に。
訳も分からず幻夜の方を向くと、目を血走らせていた。
「どうやら、俺はここまでらしい」
「お前、何言ってんだ?」
「どうやら、さっき討伐した妖は憑依型の妖だ。すでに俺の身体を蝕んでやがった。そこで、頼みがある」
「ああ」
「俺を、殺せ」
覚悟を決めたように、ニッと口を開きながら笑うが、俺は動揺を隠せなかった。
「おい、なんでだよ!今から他の陰陽師に頼めばどうにかなるかもしれねぇ!諦めんなよ!」
「諦めてなんかいないさ。他の陰陽師を呼ぶにしても時間が掛かりすぎる。ここで俺が止めることこそ、俺の陰陽師としての本懐と見たのさ」
「そんなの後付けの本懐だ!」
「後付けでも、本懐は本懐だ。頼みを、聞いちゃくれねぇか?」
「待ってくれ!俺がなんとか……」
「いらねぇよ。もう遅いんだ。どうやら身体を止めておくだけでも精一杯なんだ。俺を、どうか人間として殺してくれやしないか?」
「分かった」
俺は、幻夜を止められないことを悟った。そして、任務で使う予定だった刀を抜く。
一思いに胸を刺す。
幸せそうに、倒れた。
「なぁ……、はじ、め…………。ごめんな。次の任務に付きやってられなくて……、カレー作ってやれなくて…………」
「いい。これ以上は……」
「聞け!」
「…………」
「さっき、俺は再興なんてどうでもいいと言った。でも、あれは嘘だ。本当はあんな寂しい思いをしたくなかったし、お前にさせたくはなかった。だからこそ、俺はお前に家を再興させて欲しいんだ」
「分かった。約束する」
「そうか、それは、めでたいな」
そう言いながら俺の手をギュッと握る。
「お前にこれをやる。いつか、その俺のあげたものの正体を知るさ」
そう言って、安らかに目を閉じて息を引き取った。
誰もいない、空っぽになった家で、空っぽになったばかりの俺が、満ち満ちた桜と月の下で、叫び続けた。
その夜の記憶は、ない。
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