五十話 再会 ②

 露天風呂で体を温めたカル達は夕食を取る為に酒場へと足を運んだ。

 酒場のいくつかの円卓には老夫婦や体格の良い四人の男達が囲んでいて、カル達は壁際の円卓についた。

 酒場に入るのは久しぶりで、リオナと初めて会ったハルジオンの町を出てから訪れていない。それもあって各々が好きな物をオーダーし、数分後には大量の料理が円卓の上に並んだ。


「ギン、ちょっと注文し過ぎだろ」

「いいじゃん! カルにもあげるから……ひょっほだけ」

「何だって? 喋ってる途中で食うなよ」

「いいじゃないですか。ギンちゃんもここまで走って来たんですよ」


 リオナの言葉にギンが何度も頷く。その口から咥えた骨付き肉の骨がはみ出ていてもお構いなしだ。ちなみにフォローしたリオナが頼んだ料理もなかなかの量である。


「お前も結構食うんだな」

「わ、私は皆で食べようと思って」

「おいカル、女性に向かってそれは言っちゃいけねぇだろうよ」


 手にしたフォークをカルに向けてそう言った後に視線をリオナに向けるフィガロ。


 ――フォークで人を指すな。


 カルは何となく納得がいかなくて、反発するように「あんまり食ったら太るぞ」と言ってやろうと思った。

 けれどそれよりも早くニケが口を開く。


「あんまり食べると太るわよ」

「そ、そんなにいっぱい食べませんよ」


 顔を赤らめたリオナがそう返す。その隣ではフィガロがカルに向けていたフォークを突き刺して肉を持ち上げた。そして今度はその肉でニケを指した。


 ――いや、肉でも指したらダメだろうが。


「いつも思ってたんだけどよ……ニケって全然食わねぇよな。制限でもしてんのか」

「ワタシにとっては食事なんてただ味を楽しむだけの行為なのよ」


 その言葉にカル達はニケの父親を連想した。

 ニケにとってこの旅の目的はその父親を捜す事なのだ。


「ニケ、ビトーさんがここに着くまでまだ三日かかる。その間にシヴァの祭壇に行っておきたいんだが……いいか?」

「いいわよ。何もせずに待っているほうが長く感じるでしょ」

「ニケさん……ごめんなさい」

「いいの。リオナちゃんは何も悪くないわ」


 耳元で囁くニケの息が触れた事でリオナは首を傾けた。

 リオナの吐き出した熱い吐息にフィガロは肉を喉に詰まらせてしまう。慌てて水を飲む様に、円卓には笑い声が溢れた。


 それから一時間ほど経って、円卓に並んだ料理が全て笑い声に変わる頃には皆の腹も満たされていた。特にギンとフィガロの食べる量が多く、支払いの際にカルの悲鳴に似た声が酒場に響いたのだった。


 食事を終えたカル達は宿に戻り翌日に備えて静かに夜を明かした。


 翌朝、支度を済ませたカル達はフリージアを出発し徒歩でシヴァの祭壇を目指す……ダークグレーの揃いのローブを纏って。ホバーバイクは使わずに歩いて行く事にした。その理由は顔に突き刺さる風が痛いからである。


 眼前に広がるの白い世界。枯れ木に雪が積もり、枝の上で塊となった雪は自身の重みに耐えきれなくなって白い地に落ちる。生物の気配を感じない光景はどこか寂しい気がしたが北へと延びる道にはあまり雪が積もっていない。

 きっと人の往来があるからだろうとカルは思った。


「店主の話だと街から北に歩いて二時間ぐらいで着くらしい」

「雪道ってなんか楽しいね♪」


 そう言ってギンは裸足で駆けまわる。耐寒ローブのおかげで寒さは感じない、と言っても裸足だと冷たいはずだ。


「ギンちゃん裸足で寒くない?」

「全然♪」

「まるで犬みたいね」

「い、犬って言うなぁ」


 ギンがそう言って口を尖らせた後、あたしは狼なのと小声で呟いた。

 いつものやり取りにカルは鼻から深い息を吐く。

 けれど道中の何とも言えない雰囲気よりも、この騒々しい当たり前が心地良い……カルはそんな事を考えていた。


「シヴァの祭壇は森の奥だって言ってたな」

「その森には街の人もよく訪れるみたいですね」

「あぁ、その森にしか咲かない花があるんだろ? でもだからって安全な訳じゃない。あんまりはしゃぎ過ぎるなよ」


 はーいと返事をしたギンがぴょんと飛んで舞い落ちる雪を食べる。

 今度は口から大きな息を吐き出したカルだった。


 やがて空を覆っていた雲は晴れ、それから二時間も経たぬ間に森に到着した。


 枯れ木の森を進んで行くカル達は感嘆の声を漏らした。

 辺りは白い冷気に包まれて、凍りついた枯れ木がカル達を囲む。それはまるで真っ白な葉をつけたようで、気まぐれな太陽の光を反射させていた。樹氷が広がる森にぽっかりと穴が開いたような場所がいくつかあって、そこには小さな湖が凍りついている。湖に張った氷が湖底に沈んでいる魔鉱石の輝きを映して、湖全体が碧く発光しているようだ。

 それだけではない。湖の周りには白い草木が腰の高さ程まで伸びて、幾つもの透明な花を咲かせている。中心を包む花びらは幾重にも重なり外側に向かうほど開けていく。碧く輝く湖の光が透明な花びらを彩っていた。


「……綺麗」


 リオナの口から自然と言葉が零れる。


 フロストローズと呼ばれるその透明な花はこの森にしか咲かない花である。氷晶が作り出した現象ではなく、湖に沈んだ魔鉱石と環境から生まれたとされている植物だ。フリージアの人の中にはこの花をシヴァの恵みと呼ぶ者も多く、昔から特産品として扱われてきた。


「ギン、この花は食べちゃダメだぞ」

「もう! それぐらい分かるよ」


 軽口をたたきながら祭壇がある奥へと進んでいくと、眼前に立つ後ろ姿にカルの足が止まる。


 黒いローブを纏った背中に、ふわりと揺れる絹のような金色の長い髪。その人物がカル達に気付いて振り返る。そこにはカルの知っている瞳を……今はもう記憶の中にしか存在しないはずの水色の瞳をした女性だった。

 金髪の女性は、ピンク色の薄い唇で微笑んだ後、カルを見据えて透き通るような声を発した。


「お兄ぃちゃん」

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