四十九話 再会 ①

 獣人の里ツバキから川を渡って北東へと移動する二台のホバーバイク、そして銀色の毛皮に覆われた大きな狼がいた。二台のホバーバイクにはそれぞれカルとリオナ、フィガロとニケが乗っている。その傍らを走る大きな銀狼はギンが変化した姿だ。

 銀狼に変化したギンの速度はホバーバイクにも匹敵するものだ。だがホバーバイクと違いギンの体力には限界がある為、ある程度進んでは休憩を取る事を繰り返し、目的地の『フリージア』までもう少しという所まで来ていた。


 そして場所が変われば出現する魔獣も変わる。


 北へ向かえば向かうほど気温は下がり雪がちらつき始める……カル達は初めて見る雪に心を躍らせた。しかしそれは最初だけで、否応なく奪われる体温、加えて分厚い毛皮や硬い皮膚に覆われた魔獣が多くなっていく。当然、カル達が休憩していようがお構いなしに襲いかかってくるのだ。


 獣人の里を出発してから、魔獣との戦いで先頭に立つのはフィガロだった。常に鬼気迫る表情で剣を振るう様は、どこか焦っている様にも見えて……カルは違和感を抱いていた。

 そしてそれとは別に焦燥感を抱く人物がもう一人。


 ニケ・ヘルフレイヤである。


「このバイクの燃料ってどうなってるの?」


 ニケに焦りが生まれたのは何度目かの休憩中に聞いたこの何気ない疑問からだった。

 ビトーの弟子が作り上げたホバーバイクには特殊な宝玉が組み込まれていて燃料が必要ない。大気中の魔力を吸収している事がその理由だ。それを聞いたニケは目を見開く。自身の胸の中に埋め込まれた生命を維持する為の宝玉もまた大気中の魔力を吸収する術式が組み込まれているからだ。

 それはつまりニケの父親が作り出した宝玉とビトーの弟子が作り出した宝玉は同じ物かもしれないという事。


 何か知っているかもしれないとニケに急かされてビトーに連絡を取ったカルだったが、先般の王都襲撃もあってビトーは弟子を王都へと送り返していた。

 それでも、事情を聞いたビトーは飛空挺で弟子を迎えに行ってからカル達のもとへ向かう事を約束、ただし数日はかかるとして五日後に『フリージア』で合流する事になった。


 それから二日経った現在でも、二人が作り出す空気感は決して良い雰囲気と呼べるものではなかった。


 ほどなくして目的地『フリージア』へと到着したカル達を迎えたのは大きな貯水池だ。池の表面に張った氷が街を逆さまに映している。建ち並ぶ煉瓦造りの茜色や焦げ茶色の建物には小さな窓が多く取り付けられていて、その全ての屋根に真っ白な雪が積もっていた。屋根だけではない、白を敷き詰めたように街全体が雪化粧をしている。

 だが、その美しい景観に見惚れてばかりもいられない。


「このままじゃ凍え死にそうだ。まずは耐寒装備を整えよう……宿はそれからだな」


 そう言ってカルは貯水池の真ん中に架けられた橋を渡って、煉瓦造りの街並みを歩いて行く。小刻みに震える体は一刻も早くと熱を求めている。

 フリージアに着いてすぐに元の姿に戻ったギンだけが元気にはしゃいでいた。


 *****


 五分後……


「寒い! 寒いぃぃぃ!」


 先程まで元気だったギンは体を縮こまらせながら両腕をさすってそう叫んだ。

 だがカル達はずいぶんと前からもう寒かったのだ、それに反応する余裕もない。叫ぶギンを尻目に装備を売っている店を見つけると店内へと足を踏み入れた。

 店内は広いとは言えないまでも品ぞろえが多い。それに何よりも暖かかった。店主によればカル達のような格好で街を訪れる人は珍しいそうで、何処から来て何処に行きたいかと質問した。笑顔で話す店主にその人柄もどこか温かいと感じたカルが行き先はシヴァの祭壇だと告げると、耐寒装備を見繕ってくれたのだった。


 支払いを済ませたカル達は店を出て宿を探した。


「このローブすごいな」

「火魔法の術式が組み込まれてるって言ってましたね」

「ああ……寒かったのが嘘みたいだ」


 そう言いつつカルがニケに視線を向けるとニケもまたローブを纏っている。やっぱり寒かったのかとカルは苦笑いを浮かべた。


 建物の隙間を埋めている空は灰色で太陽が見えない。宿の前に到着した頃にはさらに暗くなっていた。街にぽつぽつと明かりが灯る。看板の明かりに照らされた雪がゆらゆらと落ちていく。


 カルが改めて見渡した街は美しかった。


 *****


「はあぁぁぁぁぁ……寒い中で入る風呂は格別じゃねぇか」

「ああ、最高だな」


 大小様々な岩で縁取られた露天風呂に浸かりながら、カルとフィガロは雪が降る夜空を眺めていた。しばらく沈黙が続いた後、ふとカルが切り出した。


「なぁ……獣人の里を出てからお前らしくないって言うか……何か考えてんのか」


 フィガロは視線を空に向けたまま両腕を縁取られた岩に乗せた。唇を小さく動かしては閉じるをしばらく繰り返した後、視線を暗い夜空からカルに向けた。


「別に何もねぇよ。……いつも通りだろ? それより腹減ったから晩飯食いに行こうぜ。久しぶりに酒場にするか? 酒は飲めねぇけどよ」

「……そうか」

「おぉ……じゃあ先に上がるぜ」


 そう言ってフィガロは露天風呂から出て行った。

 カルはそれを見届けた後、小さく俯いて口を開く。


「いつもと違うから聞いてんだろうが」


 ――何年一緒に居ると思ってんだよ。


 カルは息を一つ吐き出して再び夜空を見上げた。


「六神を同時に召喚して倒せるのか……仮に倒せるとして……」


 ――皇女がそれを選ぶか……だな。


「契約せずに魔女を倒したら、この世界の魔力はどうなる? いつか消えるかもしれない……」


 ――フリージアに来て、改めて分かった。


「この世界は魔力に依存してる」


 見上げた夜空に星の光はなく、白い湯気と雪だけが揺らめいていた。

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