二十二話 積もる思い

 スイレンを出発した飛空艇は火山を超えた後、夜を迎える前に開けた場所で停泊する事になり、男女別に部屋を借りて眠りについたリオナは夢を見た。それは遠い日のリーナと仲間の旅の記憶。


「今のも映像ヴィジョンなのかな」


 ベッドの上で上半身を起こしたリオナが小さく呟いた。並びになった隣のベッドには枕を抱きしめたギンが気持ち良さそうに眠っている。

 リオナの口元が緩み、思わずこぼれる吐息。ギンを起こさないようにゆっくりとベッドから降りて部屋を出ようとした。


「りおっち……もう朝?」

「起こしちゃった? ごめんね」


 ギンは首を振ってからベッドを降りて、寝惚け眼をこすりながらリオナに歩み寄った。よろよろとした足取りにリオナは思わず手を差し出す、繋いだギンの手に何とも言えない温もりを感じた。

 二人が甲板に出ると夜はもう色を薄めて空の端はピンク色の雲が浮かんでいる。

 船尾の方からぼそぼそとカルとフィガロらしき声が聞こえた為、二人は声のする船尾へと向かった。


「皇女の話では、魔女との契約に剣士が割り込んだらしい。理に変化を加えた事が目覚めを遅らせたのかもな」

「って事はあれじゃねぇか、もう一回やったらリオナは助かるんじゃねぇのか?」


 カルとフィガロは飛空艇の一番後ろで手すりに手をかけて、明るくなっていく空を眺めながら言葉を交わしている。どうすればリオナの死を避けられるか、フィガロがカルに相談していた。


「どうだろうな。二千年前にやってダメだったんだ、同じ事をしても結局契約するからな……死ぬのは変わらないと思う」

「どうすりゃいいんだよ。このままじゃリオナが……」

「いいんです!」


 突然、背後から聞こえた声に、思わずリオナの名前をフィガロが口にした。カルもばつが悪くなったのか一度リオナに向けた視線を飛空艇の外に向けた。


「これは宿命だと思ってるから……何も出来ない私のたった一つの出来る事だから……」


 再度リオナの名前を口にしたフィガロの声は先程よりも小さくなっていた。


「そうか。本人がこう言ってんだからもういいだろ? 皇女様がこの世界を救ってそれで終わりだ」


 フィガロに対して吐き捨てるようにカルがそう言うとその場を去ろうとした。


「あ、おい……」

「どうして!」


 引き留めようとしたフィガロの声をかき消すようにリオナが言い放った。その声は力強い、けれどその声とは裏腹にその瞳には涙が滲んでいる。


「どうしてあなたは私に冷たいの? 私があなたに何かした?」

「いきなり何だよ。ここまで付き合ってやってるだろ……むしろ優しい方だと思うけどな」


 一つ口に出した途端にリオナの口から思いが溢れる。それは制御出来ないほどに湧き上がってくる感情がリオナを支配していていた。


「私は皆と仲良くしたいの! それなのにあなたはいっつも私に怒ってる!」

「怒ってないだろ! ただ……仲良くしたくないだけだ!」

「私が皇女だから? 皇帝の娘だから? だから……」


 カルは、あぁそうだと言おうとしたが言えなかった。リオナが両手で顔を塞いでその場に膝をついたから。嗚咽を漏らして泣きだしたから。


「皇女って……呼ばないでよ……」


 それが言いたかったのだろうかと思った。けれどリオナの名前を呼ぶつもりの無いカルにはただ頭を掻く事しか出来なかった。


 そんな二人のやり取りを少し離れた場所でビトーは腕を組みながら静かに聞いていた。



 *****



 飛空艇が空を渡る。

 あれから気まずくなったカルは一人部屋に戻ってベッドに座っていた。カルからすれば適度な距離感を保っているだけ、それをどうこう言われる筋合いは無いと、腹立たしさが込み上げてくる。

 それを払拭する為にカルはポーチから干し肉を出して口に放り込んだ。干し肉が全て胃の中に落ちると、もう一切れ取り出して口を開けた。ちょうどその時に飛空艇が旋回した事で干し肉をズボンの上に落としてしまう。カルは溜息をついてそれを摘みあげると今度はちゃんと口の中に入れる事が出来た。


 甲板では、カルを除いた三人が流れていく景色を見ていた。


 数時間もすれば目的地に一番近い町に着くだろうと、ビトーは変わらず気分良さげに飛空艇を操っている。


「カルの事、悪く思わないでやってくれよ」


 フィガロの声にリオナが首を振る。


「ごめんなさい。あんな事、言うつもりじゃなかったのに……」

「あたしはりおっちの友達だよ?」


 ギンの言葉に私もギンちゃんが好きだよとリオナが頷く。どうして自分の気持ちを抑えられなかったのかリオナ自身分からない。もしかしたらリーナとグリードの記憶を見たからかもしれないと、リオナはふとそう思った。


 しばらく沈黙が続いていたが、静かにフィガロが口を開いた。


「今から話す事、カルに言わないでくれるか?」


 ギンとリオナは顔を見合わせる。フィガロは何かを語ろうと、その目に遠くの空を映していた。


「ユリの森の少し北に町があったんだ。ムスカリ……それがその町の名前で……俺の故郷だった」

「だった?」


 リオナが目を細めてそう問うと、フィガロは視線を落とした。


「あぁ。今はもうねぇんだ……カルが……壊したんだよ」

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