二話 皇女リオナと盗賊カル ②

「カル……ちょっと休憩しねえか?」


 ベヒーモスから退却した二人は林の中にいた。

 近くにいる帝国兵は二十人ほどだ。あと誰かが操作したのか機械人形が一体いるだけだった。


「数万はいた兵が、この様か」

「まさかベヒーモスが現れるなんてな、ベヒーモスの生息地域は遥か東の地域だけだって書いてたのに」


 カルは魔獣モンスターの図鑑をよく読んでいた。盗賊シーフを生業にする以上、屋外で待ち伏せしたりする事もある、危険を回避する為にも知識は必要だと考えていたからだ。

 とは言え二人が盗むのは不正で金を手にした連中からが多かった、だが義賊と言う訳でも無い。


 二人の息も整ってきた時、兵士の悲鳴が聞こえた。


「またかよ……」


 そう言ってカルが視線を向けると銀色の毛並みをした狼の群れが林の中から姿を現していた、瞬く間に二人の兵士が喉を噛みちぎられて倒れてしまう。


「銀狼じゃねえか……また逃げるのか?」

「フィガロ……さすがに銀狼相手に逃げてちゃ盗賊シーフが務まるかっての」


 カルは腰にぶら下げた短剣を抜くと掌でくるくると回転させたあと逆手に構えた。フィガロも片手剣を構えて戦闘態勢をとる。

 四匹の銀狼は二人を囲むようにして唸りながら様子を伺っている。


「カル! こいつらこんなに小さかったか?」

「ああ、ベヒーモスを見た後だからな……可愛く見える」


 カルがそう言うや否や飛び出して銀狼に斬りかかる、応戦するように飛び掛かってきた銀狼をひらりと躱しながら逆手に持った短剣で喉を斬り裂いた。

 もう二匹も難なく倒すと残りの一匹もフィガロが切り捨てていた、一息ついて二人が周りの状況を確認するとまだ多くの兵士が襲われている。

 小型の機械人形だけが右手部分に取り付けられた銃で銀狼を撃ち殺していた。


「おいおい、機械以外使い物になってねえな」

「フィガロ! 左だ!」


 カルが叫んだ。また別の銀狼がフィガロに襲い掛かってきたのだ。


「ぐわっ!」


 フィガロが銀狼を視界に捉えた時にはすでに腕を咬まれていた、カルが短剣を順手に持ち替えて銀狼の胸を一突きにするとフィガロの腕から銀狼が地面に落ちた。


「くそ……痛ぇ」

「油断するからだろ、ほら飲めよ」


 カルはそう言って回復薬をフィガロに渡した。礼を言いつつ受け取ったフィガロが回復薬を飲むと淡い緑色の光がその体を包む。


 その時だった。

 銀狼を撃ち殺していた機械人形が濁った金属音と共に視界の端を高速で飛んで行ったのだ。

 機械人形はケーブルがむき出しになり、至る箇所から火花を散らしている、さらには首から捻じれて頭が取れかかっていた。

 先程までその機械人形がいた場所に視線を送ると人の背丈ほどの大きさの銀狼が牙をむき出しにして唸っている、視線は完全に二人を捉えていた。


「今日はデカい奴が多いな……」

「あぁ……デカい……」


 カルとフィガロは目を合わせたあと肩を竦めて苦笑いした。


「どうする?」

「……前言撤回だ……逃げる」

「あ……おい! 先に逃げるなよ!」


 フィガロも後を追って走り出す、だが当然大きな銀狼も獲物を逃がすまいと2人を追いかける。


 走る速度では銀狼に勝てる訳も無くすぐに追いつかれてしまったが、カル達は後ろから飛び掛かってくるところを寸前で左右に跳んで躱したのだ。

 何の歯ごたえも無かった銀狼の口から涎が垂れる、咬みつかれていたらその大きな牙で肉を貫通して骨まで砕かれていただろう。標的を定めた銀狼の視線はフィガロに向いた。


「え……嘘だろ」


 フィガロは後ずさりしながら片手剣を構えたがその表情は恐怖で歪んでいる。

 銀狼が姿勢を低くしたその時、カルが銀狼に飛び掛かって前足の付け根辺りを斬りつけた。

 だが銀狼の防御力が高いのか傷一つ付いていない、その攻撃によって標的はカルへと変わる。


「酒場だ! ハルジオンの酒場で待ってろ!」

「お、おい……カル! いくらお前でも……」

「大丈夫だ! 俺の逃げ足は伝説級レジェンドクラスだからな、行け!」


 カルはそう叫ぶと再び走り出した……少しでもフィガロから遠ざける為に。


「す、すまねえ。酒場で待ってるからなぁ!」


 フィガロは苦渋の表情で走り去って行った。

 カルは走る、木々の間をすり抜けて……少しでも狭い木の間を探しては走った。


 そして林を抜けたそこは……下に渓谷が広がる崖だった。


 カルは慌てて後ろに重心をかける、何とか止まる事が出来た。だがほっとしたのも束の間、後ろから銀狼が飛び掛かってきた。

 カルが横に跳んで躱すと銀狼も着地と同時に体をカルの方向に向ける。

 だが勢いが止まらず、銀狼はそのまま崖に滑り落ちそうになったが辛うじて前足をかけて耐えた。


「あ……危なかったぁ……」


 カルはそう言ってその場を去ろうとした、だが思いがけず足止めされてしまう。


「オオン、オオオン、クゥゥゥン……」


 歩き始めてすぐに後ろから銀狼のすすり泣く声が聞こえてきたのだ。

 カルは少し悩んだが結局放っておけず再び崖に向かうと銀狼の前足を掴んで引き上げようとした。


「お、おっも……」


 当然、人の背丈ほどある狼を引き上げられる訳も無い。そして銀狼の前足は限界に達しカルを道連れに渓谷へと落ちていった。


「オオオオオオオオオオオオォォォォォォン」

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 落ちていくカルは必死だった、死にたくないと強く願う。

 だがカルの願いとは裏腹に渓谷の岩がどんどん迫るってくる。


「アウゥゥゥゥゥゥ!」

「うわあぁぁぁぁぁぁ!」


 カルは叫びながら無意識に手を突き出した、衝突の衝撃は手では受け止める事が出来ない事ぐらい分かっている。


 それでも突き出してしまうのだ。


 もうすぐ岩に叩きつけられる、その時だった。突然カルの掌から風が生まれた。

 風は岩に跳ね返って上昇気流となりカルと銀狼の落下速度を緩めた。

 それでも完全に勢いを止める事はできず岩にぶつかったが大した怪我にはならなかった。


「今のは……魔法……か?」


 カルは十八年間生きてきて一度も魔法を使った事がない。昔は多かったが、今では魔法を使える者は少なくなってしまっていた。

 ただ今は魔法を使った驚きよりも助かった安堵感の方が強かった。実際カルの膝はガクガクと震えている。


「良かったぁ」


 カルはそのまま岩に寝ころんだ。

 しかし今度は銀狼の口がカルの顔に近づいて来る。


 ――やばい……こいつの事忘れてた!


 喰われると目を閉じたカルだったが実際は少しザラついた舌で頬を舐められただけだった。安堵したカルはただ苦笑いを浮かべて思う。


 ――良かったぁ……。


 *****


 時を同じくして。


 帝都ダフネの城内では文官や帝国兵が慌ただしく走り回っていた。

 その帝都の街並みを茶色いフードを目深にかぶって駆け足で人込みをかき分けていく人影が一つ……。

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