??? ①


「グリード!」


 男はそう呼ばれて目を見開いた。眼前には右手に黒い雷をまとった炎を浮かべ、左手には疾風に舞う無数の小さな氷刃を浮かべた女が居た。

 女は地面から1mほど高い空中に佇み、長い黒髪は風の流れを受けてまるで羽のように広がっている。


「まさかここまでとはな……うぬらの力を見くびっておったわ」


 その言葉と同時に宙に浮かぶ女の目が紅く輝くと両の手から魔法が解き放たれた。次々に襲い掛かってくる氷刃と炎を、グリードと呼ばれた赤い髪の男はその手にしている剣で防ぐ。


 グリードだけではない……傍らには杖を持った召喚士の女、長い矛を構えた竜人の男、両手に鉤爪を装着した獣人の男、そして魔導書を手にした魔法使いの男がこの世界の祭壇と呼ばれるクリスタルが眠る遺跡に居た。


「きゃあっ!」

「リーナ!」


 リーナと呼ばれた召喚士の腕に氷刃が突き刺さると白いローブが紅く染まっていく。それを皮切りに他のメンバーも雷を纏う炎や氷刃に傷を負った。


「おいグリード! 戦いの最中に貴様が呆けているからだぞ!」


 長引く魔女との戦いに皆が傷つき消耗している。腕から血を流しながらもその身を呈して仲間の前に立ちはだかる竜人が言い放った。


「すまない……ついに魔女との戦いに決着がつくと思うと今までの旅が頭を巡ってきてな」

「何を呑気に思い出に浸っているのやら」


 グリードの言葉に魔法使いも少し呆れた表情を浮かべてそう言った。その手の魔導書にはすでに魔力が込められて光り輝いている。

 瞬く間に五人は青白い光の球体に包まれると魔女からの攻撃魔法を光の球体がかき消した。


「むぅ……我の魔法をかき消すか……高度な結界だな」


 魔女が口角を少し上げると右手も天に掲げた。その掌の先に黒い雷がほとばしったかと思うと魔女から放射状に黒い電撃が広がった。

 電撃は遺跡の石柱をなぎ倒しながら粉塵を巻き上げて結界へと衝突した、立ち上る粉塵に5人の姿は見えない。



『――光の海を漂う精霊よ、遍く光を降らせ我らに癒しと加護を授けよ、歌え……ローレライ――』



 薄れていく粉塵の中から響く詠唱……リーナの眼前の地面に小さな光が集束すると広がって光の環となった。

 光の環にはいくつもの円と文字が描かれていて中心には六芒星、さらにその中心にはまた円と文字が描かれている。

 魔法陣と呼ばれるその光の環がまるで水面のように揺らめいたと思うとそこから水飛沫を上げて美しい人魚が体を回転させながら宙に飛び出した。

 空中で静止するとまるで海に浮かんでいるかのようで。金色の長い髪、露わになった白い肌から光の粒子が漂う。


 そして人魚が美しい歌声を響かせると緑色の光が五人に降り注いだ。癒しの光を浴びた五人の傷が癒えただけではなく物理と魔法に対しての防御力が向上、さらに継続的に体力が回復していく。


 人魚の体の全てが光の粒子となった後、淡い余韻を残して散り散りに消えた。


「ありがとうリーナ……いくぞ!」


 グリードの声に四人が頷くとそれぞれの最大火力で攻める。


 獣人の全身が光に包まれると高速で魔女に突進していく、目にも止まらぬ速さで魔女の横を駆け抜けると魔女の体から血が噴き出して魔女は悲鳴をあげた。


 魔法使いが左手を魔女にかざすと頭上に作り出した五本の光の槍が魔女の体を撃ち抜いていく。


 魔女の足が地面に着いたところで竜人もまた矛の先に光を集束させ地面に矛を突き刺した…すると魔女の足元から光の柱が立ち上って魔女の体を焦がした。



『――赤き炎、青き炎、黒き炎、煉獄を統べる御身に宿すは業火の炎、焼き尽くせ……イフリート――』



 再び魔法陣が現れるとそこから火柱が吹きあがり中から業火に包まれた魔神が姿を現した。

 体表は黒くまるで炎のようなたてがみに大きな角が2本、天に向かって捻じ曲がるように突き出している。

 イフリートが雄叫びを上げると炎がまるで地を這う生物のように魔女に纏わりついたあと爆ぜて轟音を響かせた。

 光の粒子になったイフリートの体を突き抜けてグリードが飛び出した。



 ――今日までの旅はきっと無駄じゃない……



「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」



『――オーバーシャドウ――神魔帰天裂斬』



 その赤い髪を左右に揺らしながら至る方向から斬撃を繰り出していく。瞬く間に魔女の体から赤い血液が遺跡の石畳に飛び散った。

 そしてついに魔女の目は光を失いそのまま地面に倒れ込んだ。



 ――俺はリーナを守ると決めたんだ……



「どうだ……はぁ……はぁ……倒したか」


 魔女が動く気配は無い。グリードの言葉通り魔女を倒した、五人はそう思った。

 しかしそれはすぐに覆されてしまう、意識の無い魔女の体は金色の光に包まれて宙に浮かび始めたのだ。


「絶対防御魔法だと…………言い伝えの通り……なのか? 魔女は殺せないのか」


 グリードは悔しさを滲ませた。それは他の仲間も同じだった……唯一人、リーナを除いては。

 リーナは目を閉じた後、何かを決意したように目を見開いた。


「……リーナ……まだ、まだ他に」


 グリードのその言葉にリーナは首を振った。


「ありがとう。でもこれしかないの、最初から決まっていたのよ」


 そう言ってリーナは輝く魔女に近づいていく、グリードも傍に駆け寄ろうとしたが魔法使いに肩を掴まれて制止された。

 リーナは杖を地面につけると詠唱を始めると虹色の魔法陣が生成されリーナと魔女を取り囲むように広がっていく。

 そしてその魔法陣から七色の光の柱が天に向かって伸びた。


「リーナ………くそ、離してくれ!」


 グリードは掴まれていた手を振りほどいて魔法陣へと入ると杖を持つリーナの手を包み込むように握りしめた。


「リーナ! 俺の命も捧げる……分かち合うって決めただろ?」


 リーナは目に涙をためて精一杯首を振ったがそれでもグリードの決意は変わらなかった。


「二人分の命なら……契約しても生きていられるかもしれない」


 グリードの真っ直ぐな眼差しにきっと何を言っても気持ちは変わらない。そう悟ったリーナは頷いた後、小さく微笑んだ。


「グリード……ありがとう」


 リーナの言葉と共に光の柱はより一層その輝きを強めて辺りを飲み込んだ後、急速に集束して魔女の姿は光の柱と共に消滅。

 魔法陣のあった場所には向かい合ったまま地面に転がる二つの体だけが残されていた。





 後に吟遊詩人は語る。この戦いは「大いなる過ち」であったと……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る