第8話 ピクニックに行くときに

 喉が渇いていた。


 あたしは水筒を持ってこなかったことを後悔した。おまけにお部屋をぬけだしてからどれほどの時間がたったのだろう? あたしは、はらぺこだった。


 半分残ったチョコクッキーをさらに半分に割って、ほおばり、つっかえながら喉に流し込んだ。残りも食べたかったけれど、もう少しとっておこうと我慢した。でもとても喉が渇いていた。どうしてあたしは、水筒を忘れたんだろう? ピクニックに行くときにだって、忘れたことはなかったのに。


 さっき階段を降りる時に見た、鉄塔のようなもののところにとっくにたどり着いていてもよさそうだった。ランタンをかざしてみる限り、そのようなものはまだ見あたらなかった。


 たとえそこにたどり着いたとしても何があるのだろう? そこにだれかがいて、あたしを抱きしめてくれるとでもいうのだろうか? あたしをやさしくいたわってくれるとでもいうのだろうか? こんなところでだれが待っているというのだろう? だれも、何も、いないにちがいない。


 おまえはいったい何を期待しているんだ? おまえの期待に応えるものなど何もありはしない。いいかげん、そんな望みは捨てて、ありのままを見ろ。そう自分の声が聞こえてきそうだった。あたしの足取りは、鉛の靴を履いたように重くなった。あたしはこんなところまできてしまったことを後悔しはじめていた。


 いったいここはどれくらい広いのだろう? 小さなランタンひとつではとてもすべてを照らしだすことはできなかった。ほんとうにここはオペラハウスの地下なのだろうか? 前にあたしは、オペラハウスの舞台の下には広い地下のお部屋があるという話をきいたことがあった。でもここはそれよりもっと広そうだった。あたしは、けものが向いていた方角に鉄塔のようなものがあるような気がしていたから、その方向にむかって歩きつづけていた。でもまだ、たどり着けない。


 しばらくしてふと気づいた。あたしの足はもはやコンクリートの床をふみしめてはいなかった。かわりにでこぼこした地面の感触がスニーカーを履いた足につたわってきた。


 ランタンをかざしてまわりをよく見ようとした。光のとどく範囲で壁と呼べそうなものはなかった。さっきまで続いていたガラクタのような残骸も見当たらなかった。そこにはただ光を吸い込む暗い闇があるだけだった。あたしは足元を照らした。黄土色をした岩肌が目に飛び込んできた。真っ白だったスニーカーの周囲には這い上がってこようとするように土ぼこりがついていた。


 あたしは急に怖くなった。


 もと来た方角にあわてて戻ろうとした。しばらく歩いたが、いつまでたってもコンクリートの床は現れなかった。


 どうしよう!


 動揺したあたしは、いろんな方向に行ったり戻ったりを繰り返してしまった。そしてついには自分がどこにいるのかすら分からなくなった。道にまよってしまった! もう帰れない! あたしは、そう思った。怖かった。泣き出しそうだった。さっきよりもずっと強い後悔がやってきてあたしを絶望の淵へ突き落とした。


 ひどく喉が渇いていた。口の中はカラカラで、つばさえ飲み込めないほどだった。体がだるく、頭も痛くなり始めていた。心臓はどきどきした。あたしは蛇口に口を近づけて、ほとばしる水をごくごく飲みたかった。いや、コップ一杯の水でもいいからほしかった。それがだめなら、たった数滴、唇を湿らせるだけでもよかった。


 でも足元には乾いた土ぼこりと岩肌があるだけだった。どこにもたどり着けない闇がじっとあたしを見下ろしているような気がした。みず、みず、みず、みず。あたしは、みずがほしかった。でもみずはどこにもなかった。


 あたしの周囲のどこにも。

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