第3話 心中

 いやまさか、こんな事態になろうとは。

「今出て行ったら死にますかね?」

「プロの使う拳銃相手に、素手じゃ勝ち目は無いだろうね」

 館モノ連続殺人事件の犯人が元傭兵で、暴いたはいいが解決編の後に力業で押し切られそうになるだなんてあんまりだ。適当な部屋に立て篭りはしたものの、相手が虱潰しに部屋を確認している音が少しずつ近付いてくる。どうやら少しでも怪しいと思った場所は試しにいくらか撃っているらしい。逃げても隠れても万全じゃないなら、謎を解くだけが専門の私に打つ手は無い。ミステリにそういう要素は要らないんだよ! どうせ死ぬならもっと頭の良い殺され方が良かった。

 息を殺して震えていると突然助手君に両肩を掴まれた。思わず叫びそうになったが、彼の真剣な眼差しがそれを押し留める。

「俺は、アンタとだけは心中したくない」

……何が言いたいんだ?

「だからそこで止まってて下さい」

銃声がすぐ隣の部屋から聞こえた。私が震えると彼は、邪魔しないで下さいね、と言い捨てて椅子を抱えて飛び出していく。

 取り残された私が茫然としながら、今のは完全に死亡フラグじゃないかと思うと同時にまた隣室で銃声が響いた。嫌な想像が脳裏に浮かぶ。助手君はもう助からないだろう。せめて私は彼の尊い犠牲を無駄にせぬよう今のうちに逃げよう、と画策を始めた耳に、ガッとかゴッなどという音が聞こえ始める。きっと重い物で殴りつけられているのだろう。哀れ助手君。

私はまずい、本当に早く逃げないと。そうは言ってもいったい何処へ⁉

しかしとりあえず窓から出ようかと窓枠に足をかけたところで、背後で扉がギイイと開いた。南無三!


「もう大丈夫ですよ」

 聞き慣れた声に振り返れば、立っていたのは助手君だった。

「正当防衛です、多分」

「……生きてる?」

「さあ?」

彼が死んでいないことに驚いて尋ねれば、彼は犯人が無事かどうかわからないと答えてくれた。

 彼がどんな手を使ったのかについては、できれば全く見たくないが、後で隣の状況を見れば解るだろう。とりあえずは生きて帰れることに胸を撫で下ろしつつ、以前と変わらず助手君に嫌われているのを再確認して安心した。

──殺されるなら彼が良い、とは言わないが、どうせなら彼ほどの怨みと執着をもってしてほしい。


 事件に於いて、動機にはまるで興味が無いはずのこの探偵は、いつのまにか自身の殺害にそれを求めるようになっていることに、今はまだ気が付く様子はなかった。

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