春が落ちてきた。

彩-sai-

プロローグ


春が落ちてきた。


その一行に、とても惹かれた事を覚えている。

たしか、その時流行っていた小説の一行で、面白かったと思う。

何が面白かったのかは、思い出せない。ただ、その作品の内容の何かが面白かった。

こういう時に、月日は残酷だと思う。人によっては、歳はとりたくないとも言う。

ときはこうやって、面白いという感情以外は、少しずつ、でも確実に、記憶を洗い流していく。


私が彼に抱いた感情は、「とても美しい」。

綺麗ではなく、ただ、美しいと。

これから先、細かい事が洗い流されて、一つの感情だけが残るのならば。

彼に与えられた痛みも、喜びも、全て洗い流されて。

「彼は美しかった」と想うのだろう。


この、胸の渇きを、忘れた頃に。

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