第25話 彼女らの表情は俺を笑顔にはさせなかった

差し込む光の色が暖色になるのを感じた。


まるで図ったかのようなタイミングだ。


追浜が入部をし、俺は満たされた。そして、その天然の暖色は俺のこの感情を裏付けるかのようだった。


俺と雪宮は、いつものごとく荷物をまとめ始めた。


太陽の傾き具合で、何となしに身支度をするというのは、どこか暗黙の了解、座談部の慣習となっていた。


追浜は、その俺らにつられるように身支度を始めた。




「その、先降りといてもらっていいか。」


俺は、突然何かを思い出したのような演出で、雪宮に言った。


雪宮は、少し考えこむような表情をしたあと、ただ 「ええ」と答えて教室を出た。


俺のこの態とらしく、日本語として足りていない、試験では点数引かれまくりの発言から、雪宮はうまく“察してくれた”。






彼女が教室を後にしたのを確認して、俺は言った。


「追浜、頼み、というか俺の見解を話しておきたい。」


「なにかな。」


俺の発言に対し、追浜は自然に答えた。


「実を言うと、弟くんの案件は全てが片付いたと 俺は思っていない。表現が難しいが、その、弟くんは完全ではない。そのために必要なものが何かと言われると困るが、欠いてはならないものはある。そして、俺が思うに、彼にとって姉というのは欠落してはならない存在となる。だから、俺はその、部活という形で追浜自身を拘束したくない。だから、座談部と家といった具合に悩んだら、それを念頭に選択をしてほしい。」


俺がそう言い終えると、追浜は二秒か三秒ほど経って、急に生を取り戻したかのようにすっと空気を吸い込み、うつむき気味になって微笑んだ。




「うん、わかった。ありがとう。」




そう言う追浜は とても穏やかに微笑んでいた。






追浜のその表情を確認すると、俺は少し足早に階段を下った。普段彼女のみせる磨かれたきらきらとした笑い顔とは違い、その真剣な笑みは俺の膨れ上がった緊張を少しといてみせた。


段差をすべるように階段を下りる俺斜め後ろを、追浜はその俺に置いて行かれまいと、せかせかと歩いていた。


普段よりどこか軽快に、げた箱にシュートを決め、雪宮の方へ向かった。


雪宮は俺らの足音に気が付いたかのように、すっとこちらを向いた。


「ワリワリ、遅くなった。」


俺はそう、少しカタコトな発言をした。


「えぇ、待ったわよ。」


そういう彼女の顔は、教室での夕暮れの光を残しているかのような色に見えた。


「かーえろー。」


そう、少しリズミカルに追浜が言った。


ああ、帰ろ帰ろ、そう俺は内心彼女の発言に便乗した。




いつもより、足音が多いのが妙に気になる。


だが、それは居心地の悪いものでは決してなかった。




俺は少々高ぶっていたのだ。




追浜という人間の中に、俺という存在が微量でも組み込まれた気がしていたからだ。


だから彼女を大切にしたいとか、この関係を大事にしたいとか、彼女を信用しているとか、そういったことは言わない。


それらが、そのような軽々しいものだとは考えていないからだ。




しかし、街頭によって時頼姿を現す俺の影はいつもよりか、くっきりと地面に投影されている、そう感じる。






当たり前ではあるが、駅の手前で追浜は また明日 と言って、自身の家へ向かった。


その瞬間、俺はどこか冷静になっていた。


いや、熱がすうっと引いたことによる、相対的な感覚なのかもしれない。




「その、なんだ、いろいろアリガトな。」




そう俺は言った。




「なに、急に。」




そう雪宮は静かに返した。




「いや、ただそれだけだ。」




そう俺が言ってから、しばらくの間 沈黙が続いた。


ホームでは、俺と雪宮は他人が構築したこの空間に便乗するように電車を待っていた。




その時だった、電車の頭が俺らの前を通過した。


金属の箱が放つ奇声のような音に、雪宮は触発されるように俺に言った。




「あなたといると、面白いわ。」




にこりと微笑みながら、ただそっと彼女は言った。


表情だけを読み取れば、とても楽しそうな表情であった。


しかし、それは、彼女のいう“面白い”によるものなのであろう。


その面白いはいわば 動機の部分であり、その表情はあくまで結果に値するのであろう。






俺はそう因果関係の分析をしながら、腹の奥底方へ込み上げてきた感情を押し込めた。


俺の腹の底に、俺の体温より明らかに高い靄が渦巻いているような気がした。


少し落ち着いて考えれば、その感情は今後俺をとてつもなく苦しめつつも、俺を満たしていくような作用があるのではないか、そんな考えが脳内に鎮座した。




結局のところ俺は、その感情が俺の求めるべきものだという確信を持てなかったのである。


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