団子
夢美瑠瑠
団子
掌編小説・『団子』
山深い、人里離れた街道の駅に、つつましい峠の茶屋がありました。
春には山桜、夏には藤とか桐の花、秋には見事な紅葉、冬には美しい樹氷の花が咲く、素晴らしい自然環境に恵まれたロケーションで営業していたのです。
老夫婦とその一人娘でやり繰りしていて、この一人娘は、団子鼻でしたが、大した知恵者でした。
茶屋をするにしても、この娘の発想は少し違いました。
お茶ははるかに遠くの平家の隠れ里で作られている、川添茶、というのを飛脚を使って取り寄せました。
このお茶は霊薬のように甘露なのです。
そうして、団子は、自家製で、ヒエや粟、糯米や麦、ゼンマイ、ワラビ、蓬、その他の自生の穀物や山菜を自分で栽培して、良質の塩やら砂糖やら、そういうものも取り寄せて、繰り返し吟味して試行錯誤して、最高級の味と香りを具えた、栄養価の高いウグイス色の団子を自己流の製法で創造、完成して、客たちに提供していました。
娘は賢くてよく物事が見通せて、いろいろと考えて工夫するのが好きなので、こういうことが楽しくてたまりませんでした。
一日中働きづめに働いて、「お小夜どんの茶屋の団子とお茶は最高やな。旅の疲れも吹っ飛ぶ感じや、こういう団子を江戸や京都にもっていって売ったらすごい評判になるよ」そういうお客さんの誉め言葉を聞くのが何よりの喜びでした。
実は娘には秘密があって、それは「神様の宿った養老の泉」という話でした。人里離れた深山幽谷なので、娘以外は誰も知らないらしいのですが、峠の茶屋から少し離れた、深い森の奥に、不思議な泉が湧出していたのです。
その泉は、透明な一点穢れのない甘くて美味しい純粋な水が絶えず湧き出ている、そういう泉で、そうしてなぜか泉全体が底のほうから黄金色に輝いているのです。
正体不明のその光が泉の水を浄化して、さらに何か尊い霊力を与えている、そういうことが知恵のある娘には直観的にわかりました。
それで娘は、その水の湧き出ている霊泉の脇に、様々な穀物や山菜などを栽培して、その霊力が植物たちに宿るように仕向けたのです。
そういう特殊な来歴の原料で作った団子なのですから、娘の作る団子やら雑炊やらがそんなにも美味しくて疲労回復の著効があった、そういうことは故なきことではなかったのです。
・・・
「お小夜さんの団子はだんだん評判になってきて、今度殿様がはるばる味見に来るそうだよ。」旅人がそういう話を伝えてくれました。
「家来をたくさん連れて、豪華な駕籠ではるばるここまでやってくるらしい」
「ええっ?本当ですか?困っちゃうなあ・・・お殿様ってまだ若いんですよね」
お小夜は団子鼻を赤らめて困惑した顔で尋ねた。
「今25歳の美男子で、雄志之介という名前だ。武芸百般に通じている。学問もなかなかのものらしい。白馬に乗っていて、白馬の君、と呼ばれている」
「白馬の王子様?ロマンチックだけど、あたしには縁のない話ね」
・・・三日後に雄志之介一行が茶屋を訪れた。
きらびやかな甲冑姿の武士たちで、周りを固められた黄金の駕籠の中から、稀代の名君とうたわれる当主が厳かな風を纏って茶屋の庭に姿を現した。
お小夜は何だか感動して頭がキーンとなって鳥肌が立った。
「あなたが茶屋の娘さんですか?美味しいと評判の団子とお茶を所望してよろしいですか?」
深いバリトンで、匂いたつような美男子の殿様はそう言って、ニコッと微笑んだ。
「は、はい。少々お待ちください」
お小夜はこまねずみのようにきゅろきゅろきゅろっと立ち働いて、団子とお茶を殿様に提供した。
殿様は家来たちともども存分に賞味堪能して、感嘆の目を瞠った。
「なんておいしい団子とお茶だ!しかも旅の疲れがどんどん取れていく!ううむ、評判にたがわぬ素晴らしい団子だなー」
「お口にあって幸いでございます。こんなものでよかったら、いつでも賞味しにいらしって下さい」
視線が交錯したその刹那に、お小夜と雄志之介は、その瞬間に一瞬で恋に落ちた!
・・・
その後に紆余曲折あったが、お小夜は殿様の嫁にもらわれて、「団子鼻の玉の輿」と、噂された。
抜け目のないお小夜は製造方法のノウハウを小作人に伝授して団子を大量生産して、「お小夜の団子」として、江戸や京都で売り出されることになって、はからずや民衆に絶大な人気を博して、莫大な利益をもたらして、殿様の城下町の経済を潤した。
お小夜は両親をお城に呼んで、たくさんの子宝にも恵まれて、幸せな生涯を送った・・・
ところで不思議なのはあの黄金色の泉のことだが、おそらくあの泉の底にはラジウムという金属の純度の高い鉱床があったのではないか?その後、ある学者はそう書き残している・・・
<終>
団子 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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