新宿地獄
第17話 八咫烏
有紀を護るため、三人は共に行動し、時折現れて慎一を地獄へ連れ戻そうとする妖を倒しつつ都内を徘徊していた。
様々な形態の妖が出現したが、玉藻前の様な強力なチカラを持った妖はあれ以来出てこない。
豚の顔を持つ者はコマの爪で串刺しにされ、火の鳥はサキの瑠璃光で勢いを消されて墜落、石神井の池ではタガメの妖に慎一が水中へ引きずり込まれたが、甘露軍陀利真言で霧散させた。
例え誰かが傷ついても、サキが癒し、三人が連携すれば無敵にすら思えた。
それでもコマは、
「あの女狐にワシらは追い詰められたことを忘れてはならん。女狐よりよっぽど強い奴はまだまだおるんじゃ。用心せねばならん」
と言って警戒を解かないが残りの二人は少々間違った強気に支配されつつあった。
一方で慎一の憑依を許した元紀だが、あの日以来有紀に再び相見える事もなく、日々救急の現場に出場し、命を救い続けていた。
そして救えなかった時、慎一を救えなかった時と同じように苦悩した。
そして有紀は、慎一と過ごした善福寺マンションを引き払って、日野の実家に戻っていた。
会社には葬儀から一週間ほどで一度復帰したが、四十九日の法要が終わった頃から時折激しい絶望感に支配されて人前で涙が止まらなくなった事から、人事より休職を勧められ、休職した。
両親は一人だと何をするか分からないという理由で一人暮らしを止めさせたわけだ。
今は夜眠れず、昼間は夢現を彷徨い、体重は二週間で6kg落ち、遂には起き上がることすら億劫になりかけていた。
命をつなぐ程度の食事しか取れず、誰とも話せない。
両親も懸命に有紀を支えた。
父哲朗は、春になり桜が咲くと車であきる野の小峰公園まで有紀を車に乗せて出かけ、行政書士の仕事の一部を教えて悲しい記憶から遠ざけ、夏には多摩川の花火を見に行き、秋には秩父の山まで紅葉狩りに連れて行った。
有紀に笑顔が戻ったのは、街にクリスマスソングが聞こえ始めた11月の半ば。職場への復帰を少し考え始めた頃だ。
三人はその間にも時折有紀の様子を見守り、何もできない事に絶望し、そして戦った。
慎一はコマから闘柛を二つ譲り受け、技を磨き、妖を次々と破っていった。
そして鼻が伸びきっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある日、会社に復帰しようと中央快速に乗った有紀は、列車が新宿に差し掛かる頃、中空に開いた漆黒の闇を見た。
周りの乗客も、気がつき、大騒動となった。
すると闇は巨大化し、新宿の街を、有紀の乗る列車もろとも呑み込んだ。
新宿伊勢丹のある辺りを中心に、直径約500mほどが漆黒の闇に覆われた。
そして ―― 闇の中では刻が止まったようであった。
有紀が乗っていた中央快速も動きを止め、先ほど漆黒の闇を見つけて大騒ぎしていた乗客達も目を見開き、叫び声をあげるために口を開いた状態で動きを止めていた。
また、ある者は恐怖におののき、頭を抱えたまま、またある者は腰を抜かして今まさに膝から崩れ落ちようとしている態勢のまま止まっていた。
一方、「闇」の外の世界ではほどなく警察と消防が駆けつける騒ぎになっていて、「闇」に近づいた警官が消えていなくなり、突入を試みた警察車両がやはり消えてなくなった。
慎一たちは、出社する有紀についていくために電車に乗っていたが、闇に包まれた瞬間、弾き飛ばされたのだった。この「闇」は一種の結界であろうか。3人は、西武新宿駅のあたりに放り出されたのであった。
「くそう! なんだこれは! 入れねえじゃないか!」
慎一が怒鳴る。
「これは、『辻切』じゃ」
コマが答える。
「『辻斬り』だと? あの、斬り捨て御免のアレか?」
「いや、違う。『辻切』じゃ。よく見てみろ。上に大蛇がおって、こちらをにらんでいる。これは道に蛇を遣わして結界を張るものじゃ。問題はだれがこれを張ったか、ということじゃな」
「中はどうなっている?」
「おそらく刻が止まっておるのじゃろう。誰が何をしようとしているのか」
「いずれにしても、有紀が中にいるんだ。間違いなく俺たちに何かさせようってことだけはわかる」
するとサキが言った。
「『辻切』って、あたし聞いたことがあるよ。おじいちゃんから」
「サキ、どんなことだ?じいちゃんはなんて言ってた?」
「うん、おじいちゃんは千葉県に住んでてね、
「おいおい、それじゃあ俺たちが災厄ってことかよ?」
「まあ、そういうことになるのう」
「呑気なこと言ってんじゃねえ!」
「まあそう怒るな。要するに
コマは続けて、
「心当たりは、ある。すぐに奴は出てくるじゃろうて」
そして騒然としている西武新宿駅の交差点の真ん中に、漆黒の翼と、3本の脚を持つ鳥が舞い降りた。
「おい、何故こやつがここに来るんじゃ⁉」
コマは漆黒の翼を持ち、天地人を表す三本脚を持った
「本来、こやつは導きの神、太陽の化身じゃ。邪悪な閻魔の手下として働くなどもっての他のはず」
「俺たちは、閻魔に一杯ひっかけられた、って事か!」
と慎一。
「いや、閻魔がそんな回りくどい方法を取るとはどうにも思えん。お前さんと会った頃、『忽那』という手下がいることを話したな?」
「ああ、無茶苦茶強いんだろ?そいつ」
「そうじゃ。この半年くらい忽那を送り込んでこないのは何故なのかずっと考えておった。もしやとは思うが、忽那が出てこれぬ事情があるやもしれん」
「例えば?」
サキが割って入る。
「これはワシの想像じゃが、忽那は必ずしも閻魔と一枚岩ではない。簡単にはいうことを聞かぬ。閻魔の言うことを聞くときは、奴が『そうしたい』と思う時じゃ。基本粗暴で何を考えているかわからん奴じゃでな」
「するとあたしたちを襲ってこないのは、忽那って言う人があたしたちなんて取るに足らないって思っているってことかしら?」
「そうかも知れんし、そうでないかも知れん。もしくは…」
「もしくは?」
二人は声を合わせて言った。
「重篤な命の問題か、定めごとに著しく背いた罰か…」
「いずれにしても、今出てこられても困るし、それはそれで良いんじゃないか」
と慎一。
「ああ、その通りじゃ」
コマが応える。
「しかしお前さんときたら、弱い物の怪を倒しては自分が強いと慢心しておる。この出来事は、お前さんに対する警告だとワシは思っておるぞ」
「グッ、」
慎一には返す言葉もない。
その通りだ。そして有紀を危機に陥れてしまったのは事実だ。
「ネコちゃん、忽那ってどんなに強いの?」
サキが訊く。
「ワシも奴の全貌を知っている訳ではおらん。伝え聞いておることが大半を占めるが…」
と、コマが言いかけるや否や、
「貴様ら、俺様の前で忽那の話をするのは止めろ」
と八咫烏の甲高い声が聞こえた。
「奴の話は、不愉快だ」
「おいお前! 中はどうなっている⁉︎ 有紀は、有紀は無事なんだろうな?」
慎一は食い入るような眼を八咫烏に差し向けて言った。
「
「誰が悪人だ! 善悪の分別もつかねえクソガラスめ!」
慎一が吠える。
「俺様に向かって『善悪の分別もつかない』などと失礼千万。万死に値するぞ」
コマが割って入る。
「貴様、本来忌避されるべき物から守るために置かれる大蛇の代わりに八岐大蛇のようなならず者を置くとは嘆かわしい。八咫烏よ、お前は閻魔の手下にいつから成り下がったんじゃ? 気高く正義を愛するお主が不思議でならん」
「閻魔とはな…」
八咫烏は首を振りながら答え始めた。
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