第5話 謀反
「ふう、危ういところじゃった」
髑髏を振り切り、慎一の「意識」を匿うことができたコマは、安堵の表情を浮かべた。
「おまえ、あの時のネコだよな? なんであんな所に居た? お陰で俺は!」
慎一はネコが喋る事などお構いなしに非難した。
「すまなんだ。実はあまりに寒いもんでちと持病の腰痛が出てしまっての。…動けなくなってしまったんじゃ」
慎一は呆気にとられ、笑うしかなかった。
「で、お前は何者だ?」
「ワシか? まあ世の中で言うところの化け猫じゃな」
「名前は?」
「コマという。お主は?」
「オレは風戸慎一だ。しかし化け猫が腰抜かしたってか。笑えねえな」
「まあそう言うな。お前をこんな目に遭わせてしまった事は謝る」
慎一は少し落ち着いた。コマは続ける。
「しかし、お主はこのままで居ると、さっきのように地獄からの使者に狙われて連れていかれてしまうんじゃ」
「なんだって? じゃあ、どうしたらいいんだ?」
「まあ、地獄へ堕ちるような事をしたって事じゃ。地獄に堕ちるのはしかたあるまい。お主、何をやらかした?」
「地獄に堕ちるような事…多分、」
「多分、なんじゃ?」
「お袋に嘘をついてバイクのレースやったことかな」
慎一はコマに、
《なんだ、そんな事か、それはなんかの間違いじゃないのか》
くらいの返答を期待したのだが、コマは、
「それは致命的じゃ。ばいくのれーす? がなんだか知らんが、親に対する嘘つきは舌を抜かれて針の山に放り投げられることに決まっておる」
「マジか…」
慎一は蒼ざめた。
「で、俺はどうすれば地獄に行かなくて済むんだ?」
「逃げるんじゃ」
「えええ? 逃げるって、さっきみたいなのがまたやってくるって事か?」
「そうじゃ。さっきのは雑魚に過ぎん。お主は幸運だったんじゃ。もし、彼奴が」
コマはため息を一つついて、
「『
「クツナだかなんだか知らないが、迷惑な話だな。逃げられるのか?」
「今のお主一人では無理じゃろう。『闘神』、闘う力のことじゃがこれが足りぬ」
「どうやったら『闘神』が身につく?」
「戦うしかないのじゃ」
「鎖で体を縛られたとき、力が、力が全く入らなかった。あれでは戦えない。 何かないのか。特別な力とか一撃必殺の剣とか?」
慎一は息抜きに楽しんでいたMMORPGの事を思い出していた。
「そんなもんはない。戦うしかないんじゃ」
「だけどよ、闘神がないオレがあの雑魚でさえ手こずったのにどうしたら?」
「お主には闘神は宿って居らぬが、知神、考える力が宿っているようじゃ」
「ほう、それで?」
「そして『精神』まあ、気合いとでもいうものかのう。それもズバ抜けて高い。それをうまく使いこなすことが大切じゃ」
慎一は疑問を呈した。
「しかしお前、いや、コマは『一人では勝てない』って言ったじゃないか?」
「そうじゃ。この龍造寺コマ、わが主又一郎の母、お政の怨み晴らすため化け猫となり、今まで生き延びてきたのよ」
「それで?」
「あの世も世知辛く、生き延びるためには地獄の閻魔と手を組むしか無かったんじゃがそれはワシの信条にもとる」
「だからなんだ」
「これも何かの縁じゃろう。ワシは閻魔に謀反を起こす事にした。お主を護ってやる」
慎一は少し嬉しかったが信用したわけではなかった。
「信じ難いな。それにヤケになってるんじゃないよな?」
「ああ、ワシにも良心のカケラくらい残っておるわい」
「しかし、逃げ続けるのは結局無理なんじゃないのか?」
「いいや、手はある」
「それは、それはなんだ⁉︎」
コマが答えようとした時、既に二人の周囲は先程の髑髏、ガシャ髑髏が取り囲んでいた。
「く、臭せえ!」
ガシャ髑髏は野垂れ死んだ死者が埋葬されずに集まった巨大な骸骨の妖怪である。それが、今は10体ほどが集まり、いつの間にか慎一とコマを取り囲んでいた。
ガシャ髑髏たちは、死者独特の饐すえた臭いを放っている。慎一は咄嗟に鼻を摘んだ。
骸骨の集合体なので、集まり具合によって巨大から超巨大までサイズはまちまちである。
最初に慎一を襲ったのは最小のガシャ髑髏だ。彼らは一様に黒い貫頭衣のような衣服を纏って武器は様々。鎖、鎖鎌、日本刀。普通に考えれば絶体絶命だ。
「コマ、何か策は?」
「こやつらの弱点はな」
コマは慎一に耳打ちをした。
「え、なんだって?」
信じられないことをコマは言っている。
(身の上話を聞いてやれ)
「そんなこと、信じられるわけねえだろうが!」
「まあだまされたと思ってやってみろ」
慎一は頭の中で、
(くそう、適当な事言いやがって)
と思いながら、
「おい! お前ら! 何でオレを狩ろうとする⁉︎ 閻魔大王に命令されたからか⁉」
しゃがれた声で、最も巨大な・・5mはあろうか、ガシャ髑髏が言った。
「そうだ。若者よ。われわれは、野垂れ死に弔われる事も無く放置された骸だ。地獄の世界では最下層の存在さ。閻魔大王の命令は絶対だ。従うしかない」
「お前の名はなんという?」
「われわれ、といっただろう。たくさんの骸が集まって一体の髑髏をなしている。だから名前など無い。しかしあえて言うならば長篠と名乗っておこう」
「長篠? ああ、長篠の戦いの長篠のことか?」
長篠は慎一がその地名を知っていることに少し驚いたようだ。
「左様だ。われわれの体は最後の戦い、設楽原で矢尽き、刀折れ、織田と徳川に討ち取られた武田の武将たちの骸でできている」
「武田勝頼の側近が無理ゲーみたいな戦に駆り立てた、って聞いたけど、そうなのか?」
慎一はついつい現代の言葉を使ってしまう。
「無理ゲー? なんだ、それは」
「ああ、すまん、そうだな、『無理な戦』って意味だよ」
「そうだ。徳川の斥候にわれわれの動きは既につかまれていたのだ。内通者がいたのは間違いない」
「それはお前ら、そりゃあ気の毒だな。俺もその気持ちよく分かるぜ?」
「お主、分かってくれるのか? われわれのこの口惜しい思いを。われわれは犬死じゃ」
「オレはそうは思わないぞ。お前らは最善を尽くしたじゃんか。オレにも多勢に無勢で苦しかったレースがいくつもあったよ」
「レース、とな。なんだ、それは?」
「ああ、競争だ。馬みたいな機械に乗って速さを競うんだ」
「馬か? お前は武田の騎馬隊を知っておるか?」
馬と聞いて長篠はうれしくなった。
「ああ、強かったんだろう? 天下無敵だって聞いたぜ?」
「そうだ。武田の騎馬隊は天下無敵だった。お前は馬から落ちて死んだのか?」
「まあな。こいつが、このコマが道の真ん中でうずくまってたのさ。オレは避けようとして、鉄の馬から落とされた。それでこのざまさ」
「コマ、お前閻魔様を裏切るような事をしてただでは済まぬぞ。われわれとて本来なら見逃すわけにいかない」
雰囲気の良さから少し気が緩んでいたコマは、瞬時に身構えた。
「しかしだ、こいつは馬に乗るという。馬に乗るやつに悪いやつはおらぬ。この長篠に免じてここは逃げるが良い」
コマはその言葉を聞いて驚いた。自分もそうだが、閻魔に謀反を起こすとどうなるか分かっているからだ。
「お前らも捕り逃したとなればただでは済まぬのではないか?」
コマがそういうと長篠は笑いながら、
「われわれは閻魔様に拷問にかけられても、バラバラになるだけだ。いつか極楽にいけるだろうと何百年とこの姿で居るが、一向にその気配も無い」
と悲しそうな顔をした。
周りのガシャ髑髏も、同調した。
「閻魔様は、われわれの事は使い捨てじゃ」
「いくらでも補充が効くと思っておるんじゃ!」
「最下層だと思って、馬鹿にして居るに違いない!」
慎一はあの世も本当に世知辛いものだ、というコマの言葉を思い出していた。
雪が降ったことが嘘のように、月が高く上がっていた。
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