第64話 夜の公園

 次の日、午前に父親の所に、午後に南田師匠の所へ行って雲雀の里の土産を渡すことにした。

 父親に地酒の配達を終え、実家で昼ご飯を食べて、その足で南田屋敷へと向かった。


「わははは、俺の言った通り呆気なく勝っただろ? お前に勝とうと思ったら超能力くらいしかないからなぁ」

 南田師匠は地酒を片手に楽しそうに笑う。俺も師匠に付き合い早い時間から呑むことになった。


「そういえば一度、自分の業の限界を調べておいた方が良いぞ、今後のためにも。今日はまだ使ってないんだろ? 」

「ええ、今日は使っていません」

「じゃあ今夜の十二時前に試してみればいいじゃん」

「ええ、そうですね。ところで一つ聞きたかったんですが外国に行った場合、その国の時間帯の十二時にリセットされるんですか? 」

「さあ、知らんなあ。だって、俺外国行ったことないもん」

 言った後、師匠は一口呑んで「これ、美味いなあ、味はよく分からんけど」と嬉しそうにまた一口呑む。


「僕もあまり味は分かりませんけど、あの自然溢れる里で作られたんだと思うと美味しく感じます」

「分かる! 里の戦士たちに想いを寄せなが呑む酒。う〜む美味い! 気がするなあ」

「ええ、あの里に想いを馳せ呑む酒。自然の大地の恵み。美味い! 気がします」

 俺は雲雀の里の事を言いながらも鳳村のノスタルジックな風景も脳裏によぎった。


 雲雀の里も鳳村も場所が近いだけに似た雰囲気の優しい景色ではあった。またあの丘の上で里香ちゃんと一緒に星を見れたらなあと強く願う。


「なあ、死神の拳と鋼鉄の服ってどうだ? 」

「何がですか? 」

「いや、だからわざの名前だよ」

「えっ? まだ、考えてたんですか? 死神の拳って言ってもだいたい死にはしないでしょ」

 俺はまだカッコいい名前を探し考えていた師匠に驚いた。


「まあ、そうだわな」

 師匠は少し恥ずかしそうに俯いた。

「だいたい名前なんてなんだっていいんじゃないですか。誰にも言っちゃいけないから流派の名前も無いって言ってたじゃないですか」

「うーん」

 どうにも歯切れが悪い。

「じゃあ今度、漫画か映画でカッコいい名前が出てきたら、それを盗みましょう。僕も考えておきますから」

 俺は気を落とす師匠を少し可哀想に思い、どうでもいい業の名を考える羽目になった。


 結局、夕飯もご馳走になり、ほろ酔い気分で南田屋敷を後にした。


 秋風の気持ち良さを身に感じながら夜空の星を見上げると、昨日会ったばかりなのにもう里香ちゃんに逢いたくなった。里香ちゃんは今頃何しているのだろうかと想いを巡らせる。もうサークルの集まりから帰って来ているのだろうか。


 帰り道の途中、誰もいない夜の公園を横切り外灯近くのブランコに腰を下ろした。

 暫くの間、携帯を眺めながら里香ちゃんに電話してみようかと考えていると、突然、空き缶が足元に飛んできた。

 俺は空き缶の飛んできた方向を見る。カップルが公園内を歩いて来るのが見えた。

「おしい! もうちょっとだったのになあ」

 男がゲラゲラ笑いながら言う。


 女が「ちょっと、やめときなよ」と男に注意するも男は大声で笑っている。


 一人で里香ちゃんの事を思い巡らしていることを邪魔された俺は、少しムッとしながらブランコから立ち上がった。

 男がブランコの柵の前で歩みを止めたので、腕を組んでる女も仕方なさそうに止まった。


 なんだか業を覚えてから絡まれやすくなったような気がする。俺に業を使わそうとする何かの力でも作用しているのだろうか?


 外灯の下、男は金髪にサイドを刈り上げパイナップルのような派手な髪型をしている。夜にも拘らずサングラスを掛け、派手なジャケットの中のVネックシャツからは太い銀のネックレスが見えた。


 女の方はハイヒールにミニスカート肩にかかるまでの髪で、可愛い顔をしていて少し戸惑ったような顔で俺を見ている。


「おーい、何か文句あんのか? あっ? 」

 男は止めようとする女の腕を丁寧に払い除けると、柵を越えて来そうな勢いで俺を脅す。


「文句は……ある。まず夜にサングラスを掛けるな、馬鹿みたいだから。それから、女連れでイキるな。あと、その髪型馬鹿丸出しだからやめろ。最後にお前みたいなクズは世界平和の為に死ね! 」

 俺はブランコの柵の前に立つ男に自分でも気持ちいいくらい流暢に言い返した。


「テ、テメェ」

 男は予想していなかった俺の文句に言葉を失った様子だ。


 今夜、業の限界を試すのはやめにして、このパイナップルに矛の地獄を気が済むまで叩き込むことにしよう。


 この男にワザワザ時間制限の業を使う必要などない。矛と盾一回ずつで充分だ。盾は使う必要ないかもしれない。文句を言い終わった後、回数制限の業の心の準備をしつつ柵に向かって歩き出すと

「ちょっと、やめなさいよコージくん! あの、ごめんなさい! もうさせないので許して下さい! 」

 こういう時、普通一緒になって俺に口攻撃すると思ったのだが意外にも女が慌てて止めに入った。

 自分の乱暴な彼氏を諫め、俺に謝罪する姿は非常に好感が持てる。


「あの、その節はどうも」

 女は確かに俺を見て深々とお辞儀をした。俺はこの女と知り合いだったのか?


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