第62話 帰路 2
「今、ここを通って御三人と入れ違いに足の長くて背の高い、すっごい美人がトイレに入って行ったんですよ。すっごい美人だったんですよ、本当に」
夏目は浮かれた様子で話す。
「瞬くんその、あんまり美人、美人って言わない方がいいよ。彼女の私がいる前で」
夏目に言い聞かせるように舞ちゃんが優しく諭すが興奮気味の夏目は一旦は頷きはしたが話を止める様子はない。
「涼介さん、出てくるの待ちますか? 一見の価値ありですよ」
何故か自慢気な夏目。
「おまっ、ふざけんなよ! 何で俺だけに聞くんだよ。そんな言い方だと俺がよっぽど女好きみてーじゃねーか。
ああ、分かったよ。じゃあもういいよ、お前の期待通り俺が見たがってる事にすればいいよ。
待つよ、お前の望み通り。其の人が出て来るまで待とうじゃねーか、しょうがねーなあ」
涼介が答える。
「帰るぞ、バカっ! 」
恭也と俺が同時に叫んだ。
車に全員乗り込んだところで夏目の言う美人の女性がトイレから出てきた。ちょうど自販機で飲み物を買ってパーキングエリアの方へ歩いて来た。
「あっ! ほら涼介さん見て! 」
「確かに、ここまでの美人は中々見れないよな」
涼介と夏目が話す中、恭也は興味なさそうに車を発進させた。俺は里香ちゃんがいる手前、敢えて全く興味の無い振りを装い、一切そちらの方を見なかった。(凄く見たかったのだけれども)
「あれ? なんか、こっちに来るぞ」
涼介が不思議そうに呟いた。
涼介の言葉が気になったのか隣の恭也も俺の方の窓をチラリと見た。
「おっ! 本当に美人だぞ、ハル」
恭也が言うくらいだから余程のことだろう。
「道でも聞きたいんじゃねぇの」
俺は興味のない振りで適当に返事をした。
里香ちゃんが俺の様子を観察しているわけなどないのに、人影が近づいてくる気配を感じながらも俺はやはりそちらの方向を見ずに真っ直ぐに前の窓を見つめ続ける。
だが、もし俺の様子を見ていてくれたとしたら、俺は少しでも硬派に里香ちゃんの目に写るかもしれない。
俺は左肘を窓枠に置き三番指で頬の辺りを触り格好を付けた。
いや待て座席の背もたれとヘッドレストの部分で、後ろの里香ちゃんから俺の動きまではどうせ見えないんじゃないかなどと考えていると
「コン、コン、コン」
その人物はみんなの注目を知ってか知らずか俺の座る座席の窓をそっと叩く。
窓を見ると歌川さんが無の表情で窓を覗き込んでいた。
「のわぁっ!! 」
思わず叫び声を上げてしまった俺に彼女は戸惑う事なく挨拶をする。
「こんにちは、古川さん」
彼女は大きな瞳で俺を見つめている。
「お、お疲れ様です! 」
虚を突かれながらも何とか返事をした。
歌川さんは車の中の全員に会釈すると立ち去ろうとする様子が全く無い。
彼女の意図をようやく気付いた俺は慌てて車から降りると「ちょっと待っててくれ」と言い残し歌川さんを自販機の前まで連れ出した。
「ど、どうしたんですか? こんな所で、ひょっとして…………」
俺は動悸が止まらないまま訊ねた。もしかして彼女は伝説の武人との対決をこっそり見に来たのではないかと思った俺の問いを遮るように彼女は答えた。
「ドライブですよ」
彼女は冷めた笑顔を見せた。
「そ、そうですか」
「今日は伝説の武人との試合の日ではありませんでしたか? 」
「えっ? ええ、まあ」
「それにしては随分と大勢でいらしたんですね」
歌川さんは怪訝な顔で俺を責めているようだ。
俺は彼女に危険な事だと忠告されたのに、遊び半分で行ったみたいで少し後ろめたい気分になった。
「あっ、それはまあ、成り行きと言いましょうか、ええ、ハハハ」
曖昧に答えはいしたが、我ながら嘘くさく思えて自分でも笑ってしまった。
「随分楽しんでいらしたようですね、綺麗な女性の方々もいらっしゃって」
「いやあ、ハハハ」
実際、楽しかっただけに否定は出来なかった。
「…………」
まだ彼女の事を誘わなかったことに対して怒っているのだろうか? 凍てつくような彼女の瞳から無言の圧力を感じた。俺は何を言っても不正解のような気がして何も言えなかった。
そしてヘラヘラ、モジモジして歌川さんの次の行動を待つしかなかった。
彼女は一人で渋々納得したような顔をして「明後日、会社で今日の事、聞かせてくれますか? 」と言った。
「ええ、もちろん、全て報告しますよ、間違いなく、必ず、絶対に」
俺は約束すると、気まずい雰囲気のこの空間から解放される喜びで満面の笑顔で歌川さんに別れを告げてみんなの待つ車へと走って戻った。
彼女の眼光から放たれたレーザービームが背中に突き刺さっているのを感じながら。
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