第50話 昼休み

 特別対策課のドアには鍵が掛かっていなかった。さっきのトラウマで一応ノックした。返事はなかった。そっと部屋を覗くと歌川さんは居なかった。どうやら昼ご飯を食べに出かけたようだ。


 俺はやっと自分の課の部屋で落ち着くことが出来ると思った。デスクに持って来たフィギュアを三つ飾った。映画などのシーンで良く自分のデスクに家族写真や恋人の写真、自分の趣味の置物などを飾っているのを見て憧れていた。

 俺も自分のデスクを持ったらしてみたかった事の一つだ。本当は自分の恋人の写真も飾りたかったのだけれども。


 それから自分のデスクのイスに座り何度もイスを回転させた。何度も何度も回転させた。それから三対のフィギュアを眺めていると正面の歌川さんのデスクにノートパソコンがあるのに気が付いた。

 歌川さんが秘書室からの引っ越しで持って来たのだろう、俺も欲しい。パソコンは使えないのだけれども。


 俺は食堂に昼食を食べに行く前に思いっきりイスを回転させた。高速回転させた。眼が回るほど回転させて、回転が止まる前にそのままの勢いでイスから飛び降りようとしたその時、隣の更衣室から歌川さんが出てきた。


 俺は慌ててイスから降りようとして落ちた。目の前がフラフラで上手く立ち上がれない俺に歌川さんが見下ろしながら訝し気に言った。

「いったい何をなされていたんですか? 」


 この部屋は呪われているのか? 次は俺が恥ずかしい現場を見られるという決まりでもあるのだろうか? 

 俺は顔を赤らめながらもなんとか立ち上がろうとする。立ち上りはしたがフラフラと中々方向が定まらずにいると彼女が寄って来て俺の腕を抱えて支えてくれた。

「何故こんな馬鹿な真似をしたんですか? 」

 支えてくれながら彼女が言う。

 俺は恥ずかしさでヘラヘラするしかなかった。貴方もさっき馬鹿な真似をしていましたよ。


 フラフラしながらようやくイスに座らせてもらった。

「歌川さんいらしたんですね。俺はてっきり昼ごはんでも食べに行ってるかと思ってましたよ、ハハハ」

 俺はイスに深く腰掛け両肘をイスの肘掛に置き照れ笑いをした。

「ええ、更衣室でお弁当を食べてましたが、物音がしたので」

「すいませんでした、エヘヘ。しかしご自分のデスクで食べないんですか? 」

「いつもの癖で……。秘書室では更衣室で食べてましたから」

 彼女は答えてから、更衣室に戻った。


 前の課の連中とは剃りが合わなかったと聞いていたが一人で更衣室で食べていたのだろうか?

 彼女は更衣室から戻ってきて俺の正面のデスクに手作り弁当を置くと小さな口で食事の続きを始めた。


「私の通っていた空手道場の友人がいるんですけど」

 歌川さんが不意に語り始めた。俺は彼女が珍らしく自分から話し出したことに少し戸惑いながらも嬉しく感じた。

「ええ、空手道場の友人が? 」

「彼女、アパレル関係に勤務していて、それで今年売り出された水着を沢山頂きまして」

 彼女は少しづつ、さっきのファッションショーの理由を話し始めた。


 歌川さんは一緒に通っていた空手道場の唯一の友人と今年の夏、二人でハワイに旅行に行く予定を立てたそうだ。


 友人はちょうど歌川さん位背の高い女性の水着を着てもらえるモニターを探していて意見と感想を聞きたくてハワイに持って行くための沢山の種類の水着を送ってくれたそうだ。


 だが友人が練習中に足を骨折してしまい、行けなくなったそうだ。

 歌川さんは彼女くらいしか親しい友人がいないので結局この夏の間、一度も水着を着る機会が無かったそうだ。


 昨日、その友人から連絡があったそうで、まだ一度も着ていないとも言えずに感想と意見は近々書面にして渡すと誤魔化したそうだ。

 そこへ部署の新部屋の話しを知って、沢山の水着を持って朝早くに出社したそうだ。

「どうせなら、歩き回れるくらい大きな部屋でと思いまして…………」

 歌川さんは少し照れながら言った。


 歌川さんがこの部屋で馬鹿な事をしていた理由を言ったのだから俺にも言えということだろうか? 


 俺も何か言わなければと真面目な顔で話を切り出した。

「俺もさっきの理由があるんです」

「ええ、そうでしょうとも」

 彼女はいつの間にかお弁当を食べ終わり箸を置いた。俺の話を真面目に訊く態勢で俺を見つめる。

「実は…………つい、はしゃいでしまったんです」

 俺は打ち明け話でもするように真剣な眼差しでたっぷりと間を使い話してみた。その雰囲気でなんとかやり過ごせることを願って。俺に馬鹿な行動の理由など無い、ただ、誰も居ない部屋で、はしゃいでしまっただけなのだから。

「………………」

 歌川さんは物凄く凍てつく目で俺を見ている。


 俺は話せる理由が無い代わりに週末に雲雀の里に伝説の超人に会いに行く話をしようと思った。

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