第49話 いざ研修
会長室に着き石田会長に挨拶をした。会長はソファから立ち上がると笑顔を見せた。
「おお、どうじゃった、新しい部屋は? 」
会長が屈託なく笑う。俺は「なーにが一番乗りだ! あんたのせいで死ぬところだったよ」と言いたかったが、言えなかった。
「既に歌川さんがいらっしゃったので、コーヒーをいれてもらい、一緒に飲んできました、ハハハ」
俺は心配している会長に何とか無事でやっている様子を教えた。
「仲良くやっとるみたいじゃな、良かったよ、ワハハ」
会長は嬉しそうだ。
俺は「それもあんたの、おっちょこちょいのお陰だよ」と心の中で呟いた。
「では早速仕事を始めようと言いたいのじゃが、必要書類はもろうたが雇用契約書、就業規則、誓約書がまだじゃったな」
会長は書類を秘書の一之瀬さんから受け取り俺に渡した。
俺も書類に何も書いていないのが気になってはいたのだが中々言う機会も無かった。それに社員バッジと社員証に名刺まで貰っていたのだからあまり気にしていなかったのだが。と言うかあまり分かっていなかったのだが。
書類に目を通し急いで書き込んでいる間、会長と一之瀬さんが談笑している。俺は字が汚く見られないか、所々漢字が思い出せないのが気になりながらも集中して書こうとしたが、一点ある事に気が付きペンを持つ手が止まった。
俺の手が止まったのに気が付いた会長が説明をした。
「そこに書かれてある内容は壁画が見つかるまでの、臨時雇用と言う形になっておる。ま、契約社員みたいなものじゃな」
会長は振り返り一之瀬さんを見た。彼女は一度、会長に頷いてから俺に説明した。
「ええ壁画が見つかるまでの臨時社員と書かれておりますが、発見した後にもう一度、雇用関係の見直しであってあくまで解雇という形ではありません」
一之瀬さんは馬鹿な俺に丁寧に分かりやすく答えてくれた。
発見できなければずっと雇ってもらえるのだろうか? やはり薄々分かってはいた事だが、あくまで解雇ではないと言いながらも見直しって事はクビもあるって事だ。
俺が書類を書き終えると直ぐに一之瀬さんが受け取り部屋を出て行った。会長は出て行く彼女に「頼んだよ」と言い俺に話し始めた。
「では、まずは特別対策課の本来の仕事内容を教えよう」
「本来のですか? 」
俺は聞き返しながら会長室の壁にプリントされた壁画の写真を見た。
会長曰く、特別対策課は丘から盗み出された壁画を取り戻すために作られた部署だが、壁画を探す以外に他の部署のトラブルや問題を速やかに解決することを目的とした部署であり直接の上司は会長のみというかなりの特殊な部署なのである。
会長からの直属なので他の部署から干渉を受けずに、行動が出来るのが強みだそうだ。実際今のところは壁画探索の業務しかないのだけれども。
「これからもどんどん新人を配属する予定じゃ。今もこれからも絶賛活動中じゃ。期待しとるよ! 」
ハッキリと契約社員だと言われたこの俺にいったいどんな期待をしているのだろうか。そう思いながらも俺は会長に元気よく返事をした。
しばらくすると一之瀬さんが部屋に戻って来た。俺と彼女は今から秘書室へ行き秘書としての研修をすることになった。会長は違う秘書を伴って出掛けるようだ。
秘書室警備課なら分かるが、今は特別対策課の臨時雇いの俺に秘書の勉強は必要なのだろうか?
俺は一応、壁画が見つかるまでの契約になっているのだから。壁画が見つかった暁には秘書として雇ってくれると言うのなら話は別なのだが。
秘書室には数人の女性社員と一人の男性社員がいた。秘書課の女性社員たちと警備課の男性社員だろう。一之瀬さんは臨時の俺を彼らに正社員のように紹介した。女性社員たちも男性社員もみな感じが良い人たちだった。
秘書室を一通り案内された後、他の部屋に移り俺一人だけの為の研修が始まった。期待されているのか、されていないのか最早分からなくなってくる。
研修内容は初めに会社の歴史それから会社の概要そして最後に秘書としての仕事と心構えだ。特別対策課としての研修は無いようだ。
美人の一之瀬さんに教わるなど緊張してしまい内容が頭に入るのだろうかという俺の心配は的中した。
但し邪魔になったのは一之瀬さんの美貌ではなく歌川さんだった。
一之瀬さんに会社の歴史を教えてもらっている最中も気を緩めると歌川さんの下着姿が、均整のとれた身体が、しなやかな肢体が脳裏に鮮明に浮かび上がる。天女のようだったなあと。
「古川さん、大丈夫ですか? 」
一之瀬さんが心配そうに俺を覗き込む。
「ええ、すいません、大丈夫です」
俺は慌てて悩ましい歌川さんの下着姿を頭から振り払った。このままでは寝ても覚めても歌川さんの身体が俺の脳に映し出される。さっき会長と話していた時は大丈夫だったのに。
俺はどうにかこうにか昼休み迄、歌川さんの映像を消す事に格闘しながら何とか耐え忍んだ。
昼休みになり一之瀬さんは他の秘書課の人たちと社員食堂へ行った。一応、俺のことも誘ってくれたが、断って特別対策課の部屋へと向かった。
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