第39話 憂鬱な展開
「もしもし、歌川です」
彼女の澄んだ綺麗な声はあの冷たい表情を思い出させ俺を氷点下の世界へと誘う。
「古川さんですよね。今よろしいですか? 」
「はいぃ」
「その後、準備の方はいかがですか?」
「あっ、はい今日で準備は出来ましたよ、ええ」
俺は彼女の冷え切った声に、つい本当の事を言ってしまった。
「会長の指示でチームを組む事になりましたが、少しでも早くお互い信頼し合えるようにとのことです。準備を終えられたのでしたら、明日は日曜日ですが、いかがでしょう? 」
彼女は淡々と一定のトーンで話す。その雰囲気から俺と信頼関係を築こうという意識は微塵も感じ取る事は出来ない。
「はいぃ、大丈夫です」
俺のテンションは一気に下がった。
「では明日、午前九時でいかがでしょうか? 」
「え、ええ、ええ、勿論大丈夫です」
「では、お待ちしております」
「はい、わざわざありがとうございました」
俺は呆然と電話を切った。身体が凍える。
「くわぁっ! 」
俺は大声で叫んだ。ふざけんなよ、何であの人が電話してくるんだよ! これで明日行かなくちゃならんようになってしまった。きっと、さっきまで世直し出来た気分でいい気になっていたからバチが当たったんだ。ああ、くそっ!
明日の事を考え、なかなか寝付けないと思ったのだが、激しい雨の音で直ぐに寝てしまった。
翌朝俺はスーツに着替えイシダオオトリビルに向かった。今日は昨日と打って変わって天気は良好だ。俺の気分は曇り空だけれども。
イシダオオトリビルは恭也の本社ビルと同じ駅にある。オフィス街の中心にある。いつもはサラリーマンの群れで混雑している。今日は日曜日なので人通りはまばらだが。
俺は受付を通り会長室まで行く事を予想していたが、一階のロビーまで会長が迎えに来てくれていた。俺は慌てて会長に駆け寄り挨拶をした。
俺は会長自ら出迎えてくれたことに感動した。会長の隣で眼鏡をかけ白のスーツ姿の美人女性が、これぞ秘書といういで立ちで立っている。会長は秘書から何か受け取り俺に手渡した。
社員証と社員バッジ、そして俺の名刺だ、おおおぉっ!
名刺を見ると、秘書室 特別対策課 古川 晴一と書かれている。
「………」うーむ、なんだかよく解らない。
「彼女は一之瀬 貴子さんじゃ。これからはワシの秘書として行動するときには彼女にいろいろ教えてもらってくれ」
会長は隣の女性を見た。
「よろしく、お願いします古川 晴一と申します」
「こちらこそよろしく、お願いします」
一之瀬さんは素敵な笑顔で答えた。
「歌川さんとの仕事以外では北原と私と君で行動する。言わば君は秘書見習いみたいなもんじゃな。そして会社の事も色々覚えてもらおう。
ワシの秘書は女性だけでは務まらん場合もあってな、分かっているとは思うが、まあ植物園の時みたいな場合みたいな時じゃな」
会長は一人頷きながら話す。
「あの、会長、僕はなぜ歌川さんと組む事になったのでしょうか? 」
俺は思い切って聞いてみた。
「おお、それはな桜井君と鮫島君は君に倒されちゃったからの、まだ痛みが取れんようでの。
それに彼ら君の事を怖がっちゃっての。玉木という若いのも君と組む候補じゃったんじゃが、君の話を聞いて彼も怖気づいてしまっての。みなにとって桜井はそれほどの存在じゃったようじゃの」
会長は歌川さんと組む羽目になった経緯を渋い顔で俺へ説明した。
本来なら彼らのうちの誰かと組むことになった筈が、俺の地獄の精神攻撃が効き過ぎたのか、業の強さが完全に裏目に出てしまった。あの時は力を見せつける必要があったからとは言え、この得も言われぬ罪悪感。
「彼女はとても優秀な娘じゃから安心して何でも教えてもらうと良い。ワシは彼女に全幅の信頼を置いておるよ」
会長は自信満々に断言した。
「ええ、彼女は文武両道を地で行く方ですから」
秘書の一之瀬さんも太鼓判を押す。
二人は俺が彼女の能力に不安を抱いていると勘違いしたのか、俺はもうこれ以上は何も言えなくなった。
「歌川くんが秘書室で待っとるよ」
会長に促され俺は秘書室へと向かった。
秘書室の扉の前で立ち止まりノックする手が中々ドアに当たらない。どうしてもギリギリで拳を止めてしまう。この間の顔合わせで歌川さんに苦手意識を植え付けられたからか。
今更泣き言を言っても仕方がない。これは決定事項なのだ。そして俺たちが一刻も早く壁画を見つければ良いだけの話だ。
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