第8話 再び丘へ

 ここのところ毎日、誰かが何処かで困っている。少し、いやかなり不自然に感じるが、まあそれは別にかまわない。

 今も川で溺れている子供を助けたばかりだ。助け上げ、ビチャビチャに濡れて泣いている子供に「早く帰りや」とだけ言い立ち去った。一々助けた面々にお礼を言われるのにも飽きてきた。


 人は弱った時、追い詰められた時、落ち込んだ時、上手くいかない時、不安を抱えている時、他人に優しくしようとする。それは何故か、人に優しくすること、人を助けることによって、自分の運気を高めようと、今の流れが変わるかも知れないという思考が働く。


 もしかして、これがキッカケで何かが変わるんじゃないだろうかという考えが浮かぶのだ。今この人を助けましたよ、僕はこんなに人に優しくしましたよと、天上で見ている偉い人にアピールする為に。

 今のは全て俺の捻くれた考えだけのことなのだけれども。


 そして人間追い詰められると、正解の行動を導き出す嗅覚が鋭くなるのではないだろうかと思う。もしくは、何にでも縋ろうとする思いが溢れだすのか。

 そして、助けた人がどっかの会社のお偉いさんでトントン拍子に話が進みその会社で雇ってもらえる、なんて都合のいいことが起こらないかなあ、なんて考えてしまう。


 ただ、やはり、もしかして壁画に行った次の日からの不自然な出来事の連続はあの時、洞窟内の壁画に願い事をしたことに関係しているのかもしれないと頭によぎった。いや、どう考えても毎日誰かが助けを求めているところに出くわしてしまうのはおかしい。


 俺は恋人が欲しいと願っただけで、沢山の困っている人達を助けたいと願ったわけではないのに。

 こういう人助けを繰り返している内に壁画で願ったように恋人が出来るのか? そうで無ければこのところの毎日の連続トラブルは偶然だけでは片付けられない。


 もしそうならば、これから俺の周りで困っている全ての人を出来るだけ助けて行こうと思う。

 思うのだが、ただ一つ不安に思う事はみんなの困り具合がだんだん激しくなってきているような、このままだとそのうち俺の手に負えない、コンビニや銀行強盗に出くわしたりして命に関わることまで要求されかねないと怖くなってきた。


 俺の勝手な想像だろうとは思いながらも、本当にそうなって来るんじゃないかとも思い込みかけている。


 もう一度鳳村の壁画洞窟を訪ねる必要があると確信した俺は、濡れた服を着替えて直ぐに壁画洞窟へ向かうことにした。


 せめて命がけで助ける事になるのは避けて、もう少し軽めのものにしてもらう事は出来ないか、もしくは頻繁に起こる頻度を少なくしてもらわないと体が持たない。今から急いでいけば夕方くらいには鳳村に着くだろう。


 鳳村へ向かう途中乗り換えの為、大和相国寺駅で降りると人混みがすごかった。

 大和相国寺駅は大きな駅で改札の中にはパン屋や惣菜屋そして展望台などもありいつも混んでいる。


 そういえば大和相国寺駅は乗り換えで良く使うがこの駅の改札を出た事は一度もない。ここの改札を出て階段を降りると、どんな街並みなのかと、ふと気になった。


 そうだ、今一旦降りてみよう、そして改札を抜けるとそこは、トワイライトゾーン宜しく別世界が、そしてその違う世界では俺に仕事と恋人が待っていて………なんて事を想像してしまった。

 現実逃避の為の妄想……こうなってしまったら、かなりの重症だ。手遅れになる前に兎に角、丘の壁画へ急ごうと鳳村駅方面に行く乗り場の階段を降りた。


 結局鳳村に着いたのは夕方だった。大和相国寺から更にもう一度乗り換えると電車に俺以外の人は誰も乗ってはいなかった。勿論、駅で降りたのは俺だけだった。


 駅を出ると空はオレンジ色に、向こうに見える棚田はまぶしく輝いている。前回来た時、もう一度ここに来る事が出来れば良いなとは思ってはいたが、まさかこんな短期間の間に訪れる事になるとは思わなかった。


 駅の外はやはり誰も歩いていない。相変わらず鳳村は時間が緩やかに流れているようだ。橋の所までたどり着いた時、懐中電灯を持ってくるのを忘れた事に気が付いた。

 洞窟まで急いで行って戻って来れば暗くなる前に帰ることが出来るかもしれないが、洞窟内は今、既に真っ暗かもしれない。仕方なく近くにコンビニが無いか引き返すことにした。この前、恭也と寄ったコンビニは歩くには遠いと思い違う方向を探すことにした。


 かなりの距離を探し回ったが結局コンビニやそれに近い店をみつける事は出来なかった。駅まで戻ると辺りはもう陽は落ちて薄暗くなっていた。なんだか酷く寂しい気持ちになってきた。


 駅で終電時間を確認すると次の七時五分に来る電車で最終だと分かり焦った俺は、外灯の無い暗い道を早歩きで向かった。

 最悪、ライターと携帯の明かりで洞窟内の壁画は確認できるだろうと思い、懐中電灯を持たずにこのまま向かう事にした。初めからそうしておけば良かったと思った。


 さっき懐中電灯を忘れた事に気が付いた場所、橋があって川が流れてる辺りまで来た。もう周りは真っ暗になっていた。腕時計を見ると六時二十分だ。この時間で既にもう真っ暗だ、俺は田舎の夜を完全に舐めていた事に後悔した。


 しばらく歩くと川の流れる音だけが聞こえるが、川と橋がよく見えない。前に恭也と来た時は川のせせらぎの音が気持ちよかったが、暗闇の中一人で聞くこの音は不気味に感じ、只々不安にさせられる。たしか橋には手摺てすりはなく、簡単に足を踏み外してしまうくらい危ない橋だった記憶がある。


 川自体は浅かったが落ちれば大怪我、そしてこの暗い中、這い上がってこれる自信は無い。携帯で助けを呼ぶ事も出来ない。

 タバコに火を点け、携帯の液晶の照明の光で何とか道を照らした。相変わらず携帯の電波は県外になっている。


 橋と川の位置が分かったので携帯をポケットにしまい橋の真ん中をタバコを吸いながら歩いた。暗がりの中、俺がタバコを吸うたびに火種が眩しいくらいに明るくなったり暗くなったりしている。


 橋の真ん中を歩いている俺の目に眩しい光が一直線に飛び込んできた。思わず舌打ちをして、手で目の前の光を遮りながら光の方を確認した。

 眩しさにも慣れ、目を凝らすと橋の向こうに停まっている自動車のライトがこちらに向かって点けられているという事が判った。さっき来た時には停まっていなかったはずだ、俺が懐中電灯を探しに戻った間にやって来てそこに停まったという事か。


 橋の向こうの自動車に近寄るかどうか迷ったが丘へと続く細い道の方に停まっているので横を通り過ぎない訳にはいかない。

 ポケット灰皿に吸い殻をしまい、意を決して車の方へ向かって歩き出すと俺に当たっているライトはハイからロービームに変わった。

 車の近くまで警戒しながら歩いて行くと、中から人が出てきた。逆光で顔までは認識出来なかったのだが、髪の長い女性だとは判った。


「古川くん? ですか? 」

「えっ! 」

 いきなり名前を呼ばれて驚いたが、この俺の魂を揺さぶる爽やかな声の持ち主を忘れる訳など無い。

 だが果たして本当にそうだろうか、聞き間違えって事もある、だが俺の名前を呼んだ。一瞬で頭の中を色々な考えが駆け巡った。


 頭の整理が出来ないまま、ゆっくりと近づくと、車の横に紛れもなく、本物の秋吉 里香さんが立っている。

 

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