第2話 友人たち
高校を卒業してからも、恭也と涼介とはちょくちょく会っている。
恭也は予定通り大学に進学し、俺と涼介は高校卒業後に就職した。恭也は、素行はともかく頭は良かったし、関係ないけど顔も良かったから大学に行くのは不思議ではなかった。
意外だったのは涼介で、俺はてっきりこいつは進学してチャラいサークルに入り大学生活を満喫するものだと思っていた。
俺は父親に大学へ行くことを勧められたにもかかわらず、どうせ俺の頭ではろくな大学へ行けないだろうと思い、地元の漬け物工場に勤めた、が、わずか四年で辞めた。
今はアルバイトをしながら英語の勉強をしている。父親との仲は良好だが、工場を辞めるときに自分自身を追い込むつもりで一人暮らしを始めた。
「時に就職活動の方はどうかね? 晴一くん」
ハンバーグを頬張りながら涼介が聞いてきた。
「まあ、あんまりだな」
正直、最近全然職探しはしていない。その事を聞かれ何だか後ろめたく感じた俺は一言ですませた。
「だから俺の会社に来いって。まあ俺が決められる事じゃないけれど」
真剣な顔で冗談を言う涼介。
「じゃあ言うなよ」と俺。
「イヤ、俺が社長だったら絶対にお前を雇うけどなぁ」と涼介。
「じゃあ俺は? 」恭也が涼介に聞いた。
「お前は雇わん」ときっぱりと言い切る涼介。
「はあ、なんでなんだよ! 」
恭也が不満そうに聞いた。
「お前には誠実さが足りん。確かに良い大学を出ているけれどもだ。どうせお前の事だから容量よくサボって適当に仕事して上司に気に入られるんだろうけどな。
勉強は出来るだろうけど仕事は出来ないって奴も結構いるんだな、これが。
それから出世しようって野心がお前にはあるのか? もし就職したとして」
涼介の言葉に俺が納得して頷いていると
「じゃあ何でお前はハルを雇おうと思うんだ? 」
恭也が涼介に聞いた。
「だってハルはお前とは違って誠実さがあるもん。清廉潔白ってわけでもないけど真面目で人を裏切らない。いい奴、とにかく良い奴。ここが重要。そしてお前は能力がある奴が会社で採用されると思ってんだろ。それは事実だ。だけど俺は自分に充分な能力があるから俺の下には能力があるだけの奴は要らない。能力が有っても野心家、能力が有ってもやる気のない奴、能力が有っても反抗的な奴。そんな奴は必要ない。能力が少し劣っても忠実で裏切らない奴そういう奴が居ればいい。そういう事なんだよ、能力が高くても自分勝手でやる気の無い奴なんて本当に扱いにくいだけなんだよ、恭也くん」
流れるように一気に話し終えた涼介。
涼介は自分の流暢な演説に気持ち良くなっている様だ。
涼介なりに就職の上手くいかない俺の事を、励ましてくれているのだろうと思いながらも、自分が随分褒められている事に気を良くして聞いていた俺だが、ふと涼介の言葉にひっかかり恭也と目が合った。
「お前、今、自分自身で能力があるって………」
恭也と俺は、涼介の自信たっぷりな言動に言葉を失った。
「言っておくが俺は自分が優れた人間だと思っているってわけじゃないぜ。学歴も高卒だし、ただ俺が仕事が出来るってのは、事実なんだよなあ、自慢じゃなくて。
今、俺の会社、俺のおかげで持っているといっても過言じゃないんだぜ。
たしかに高校の時成績も大して良くなかったんだけれども、会社に入り社会人になり八年、今、わたくし、乗りに乗っております」
「うそつけぇ! ははは」
(まあ涼介も会社でいろいろと辛い事もあるのだろう)みんなで大笑いした後、俺のアパートの近くの鞍馬天狗という居酒屋に向かった。
居酒屋に入り俺と恭也はそれぞれ梅酎ハイとレモン酎ハイ、涼介はビールを頼んだ。女性店員は男前の恭也の顔しか見ていなかった。
「へえぇ、俺も行きたかったなあ、その壁画を見に」
涼介は、俺達に残念そうに言うとビールをゴクリと一口呑んだ。
三人で暫くどうでもいいような事を喋っていたがまた俺の就職のことに話は戻った。
「時に就職活動の方はどうかね? ハルくん」
涼介は空のジョッキを置き店員におかわりの合図をした。
「さっきも言ったよな、上手くいってないって」俺はレモン酎ハイをゴクゴク呑んだ。
「だから俺の会社に来いって。まあ俺が決められる事じゃないけども」
「さっきも聞いたぞ、それも。お前もう酔ってきたのか? 」と酎ハイを呑み干した恭也。
「いや全然まだまだ酔ってないぜ、俺は。だけどハルは何で英語を勉強しているんだ? 」
と涼介は枝豆を口に放り込んだ。
「これからの時代は英語が喋れないとだめだ。
そのうち小学生から英語を習いだして誰でも喋る時代になるぞって高校の先生が言ってただろ」
本音を言うと俺はただ漠然と英語を使う仕事ってかっこいいと思ったからなのだけれど。
「あのなハル、みんなが英語が喋れるようになるなら、英語能力なんて必要なくなるぜ。それこそ誰でも喋れるんだから、まあそんな事には絶対ならないだろうけど。それから言っておくがこれからはコンピューターの時代だからな」と涼介。
「就職するにはそれなりに特技があった方がいいだろうなと思って。俺の特技って足が速いくらいしかないからなぁ」
俺は情けない声で呟いた。
「あと喧嘩な」と涼介と恭也が二人で笑いあった。俺が喧嘩している所を二人は見たことが無いはずだ、なのに学生の時からいくら俺が喧嘩は弱いと言っても二人は聞く耳を持たなかった。
「まあとにかく漬物屋では将来不安だったんだよ」涼介と恭也の冷やかしは無視して梅酎ハイを呑み干した。
「どうせそんなに焦っていないんだろ、ハルは。こいつは昔から自由人だからな」
枝豆を口に放り込みながら恭也が言った。それはお前だろと言おうとする前に
「そうだなハルは真面目なんだけどな、そういう所もあるな」
涼介がビールを旨そうに飲んだ。二人の俺に対する大いなる誤解は放って置いた。昔からいくら説明しても二人で勝手に俺の人物像を作り上げていく。
「俺は働くことなんて全然考えてないぜ」と恭也は堂々と言い放った。
恭也は大学を卒業してから一度も働いていない。これからも働く気は無いみたいだ。
「お前こそ働けよ! いい大学出てるんだから」
涼介が大きな声で言った。
「話変わるけど、高校の時、俺とハルが知り合う前に佐藤とハル揉めたことあっただろ」と恭也が言った。
「あれはあっちが一方的に仕掛けてきただけで俺は何も………」
「あれって佐藤の好きな子がハルの事を好きだからって噂があったぞ」と恭也は俺の顔をチラリと見た。
「うわさ? 」
「噂じゃなくて事実な」涼介が言い終わってからビールを一口。
「どっどういうこと? 」俺は恐る恐る聞いた。
「いや実際その子俺にお前との橋渡しをしてくれみたいなこと言ってきたんだけどお前そういうの興味なさそうだったじゃん」と涼介は悪びれる風もなく言い放った。
「おいぃぃ。おまえぇ」
「いや、恭也にも聞いてみたんだよ。なあ恭也」涼介が少し慌てて恭也を見た。
「お前はそういうのは面倒くさそうだったからなあ」恭也は目を瞑って何度も、うんうんと頷いていた。こういった誤解は何時解けるのだろうか。
「実際、寄って来る娘、結構断っていたよね、お前は」と涼介。
「俺はヤンキーみたいな不良娘となんか付き合いたくはないんだよ」と俺は返した。
「お前、不良だったじゃん」二人が同時に俺に言った。
「おまっ! おまっ! お前ら、ちょっ」
俺はタバコに火を点けようとした手を止め、次の言葉を探すが出てこずに、二人をまじまじと見る事しか出来なかった。
そうだった、高校の時良く悪そうな、怖そうな娘達から告白去れた事が多々あった、と言うか悪そうな娘しか俺の所に来なかったのはそういう訳だったのか。
たった今、ようやく今さらどうでもいいパズルがガッチリはまった。
全てはこいつ、恭也が、元凶だ。高校時代こいつとずっとつるんでいたから、まわりの生徒は俺の事を誤解していた。なんたる風評被害。
恭也といつも一緒だったからそう思われていたのは仕方がないとして、俺にはヤンキー娘、恭也には可愛い娘ばかりが寄って来ていた事実、この違いに愕然とした。顔も男前な恭也も不良と思われていたのなら、尚更、不良娘も言い寄って来なければ不公平じゃないのか?
「じゃ、じゃあ、涼介、お前は? 」
俺は、恐る恐る尋ねた。
「俺が不良に思われる訳ないだろ。恥ずかしい」
「どうして? 」と俺は純粋に聞いた。
「どうしてって、当たり前だろ。不良ってカッコつけの集まりだし、はみ出し者の集りだし、みんなの嫌われ者だし」
「いや、そうじゃなくて、何でお前は不良に思われてなかったの? 俺たちといつも一緒だったのに」と俺。
「だって俺、真面目にやっていたし、喧嘩もしなかったし」と涼介。
「俺もなんだけど! 俺も真面目にやって」
「お前は、真面目では無い! 」と恭也と涼介。
「涼介、お前、俺のこと、さっき、真面目って、言った」
「うんうん、言ったよ。だけどお前真面目に学生生活送ってはいなかったろ」
涼介が溜め息をついた。
全然納得は出来なかったのだが、二人がはっきり言い切ったので俺はもうこの件について討論する事を止めた。
「そろそろ帰るか? 」恭也がポツリと言った。
「ハルのアパートにだろ? 」と涼介が言うと、すぐに「決まってるだろ」と恭也。
「おい、言っとくけど今日は泊まれないぞ、明日、俺は試験だからな」
「分かった、分かった」
二人は帰り支度をしながら上機嫌だ。俺はため息を吐いて席を立った。
アパートに着いてからも三人で下らない話は続いた。そして俺は下らない話は嫌いじゃない、だが今日はダメだ、明日TOEICの試験がある。
「ちょっとお前らいい加減帰れよ! 俺は、明日、試験だって何度も言ってるだろ」
「終電がもう無いだろうが! 」恭也と涼介が同時に怒鳴り、二人は押入れからゴソゴソと布団を出し始めた。
「お前ら最初から帰るつもりなかっただろ。なあ、おい! 」
俺は舌打ちをしてベッドに潜り込み眠りについた。
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