第2話 南国の島の君

 八月になった。

 南の国のある島に僕は初めてやって来た。日本の観光で有名な島。


 飛行機に乗って遥か眼下の島々を眺めて日ごろの鬱屈とした僕の思いは吹き飛んでいった。

 低浮上の毎日から急に抜け出せた錯覚さえ起こしてる。



 東京に住んでいる僕とお母さんにしてみたら自然あふれる未踏の地はちょっとした冒険気分だ。

 お母さんは日常の仕事や家事と、口にはあまりしないけど僕への心配事から離れて。僕はつまらない繰り返しの六畳の部屋とおサラバしたみたいな。


 実は違うのも分かってる。

 分かっているさ。

 この旅行が終れば僕はまたあの世界に戻るのも知っている。


 だけど今はこの抜けるような空の青さと潮の香りに包まれて僕は久しぶりに『生きている』とそう感じてあの暗がりから出られた気でいたかった。

 旅行なんていつぶりだろう。



 飛行機を降りて僕たちに真っ直ぐに照りつける太陽の光線にクラっと目眩がする。僕は非現実的な世界に入りこんでいる気がしてワクワクとした。

 広がる景色はあまりにも夢の中の世界のように綺麗すぎた。


 鮮やかな、あっおーい空ぁっ!!

 エメラルドグリーンの海に吸い込まれそうだ。

 生い茂る草花に背後には低い山々が静かに立つ。


 ここからの青い青い空がどこまでも頭上の遠く遠くまで存在してる。


 僕の住んでいる東京みたいに埃の澱みや工場や排気の霞に視界を奪われることはない。



 タクシーでホテルに向かうとお伽話のような……それでいて確かな現実に僕は胸がいっぱいになりそっと深呼吸をした。

 

 お母さんは明るい表情で僕にペットボトルのサイダーを差し出した。

 僕は「ありがとう」とそっと受け取りサイダーを頬にピタッとくっつけた。

 お母さんは僕の顔を覗きこみ具合いを気にしてる。

「大丈夫? 酔った?」

「大丈夫だよ。嬉しいだけ」

「そう? そうよね。旅行が当たるなんて! お母さんすっごくラッキーだったわ」


 お母さん愛読の“行ったつもりになりたいから読んでる”旅行雑誌の懸賞でまさかの南国の島旅行が大当たり!

 予想していなかった旅行に僕とお母さんは浮き足立っていた。


 東京とは違う景色に圧倒される。

 人工物ばかりの東京のビル群とはまったく違う風景。

 自然はあたりいっぱいに広がる。

 僕の視界には見たことのないぐらい美しい自然が迫ってくる。


 碧い碧い透き通った美しい海が広がる。ビーチの砂は白くて僕は早く足を乗せてみたくなった。


 程なくしてタクシーはビーチの真ん前の白く小さな建物のホテルのロータリに停まった。敷地には同じ外観のコテージがいくつか建ち並び僕とお母さんはアロハシャツを着たホテルの従業員のお姉さんに案内される。

 敷地にはソテツや椰子の木にパイナップルが生えていた。

 ハイビスカスもそこかしこに咲いていて南の国って感じ。花は目を和ませてくれるなぁ。


「うちはコテージがウリなんですよ。人気です。皆さんこちらに泊まりたがります。本館には宿泊出来る部屋もありますがレストランやバーやプールに大浴場が入っていますのでご利用下さい。何かありましたらお申しつけ下さい」

 従業員のお姉さんがコテージのドアをカチャカチャと鍵で開けると部屋に入ったお母さんの「キャ〜! 素敵〜!」と言う歓声が辺りに響いている。

 ……ちょっと恥ずかしい。


 僕はコテージに入る前に何気なしに周りを見渡したら、近くのベンチに座る女の子がいた。

 髪をツインテールにした女の子。

 彼女は携帯のゲーム機でゲームをしていた。


 自分もゲーム好きなくせに「こんなとこで?」とか思ってしまった。

 南の国の島に一人でゲームに夢中になっている可愛い女の子が不釣り合いな気がした。

 

 なぜか僕はその子にすごく興味を惹かれ目が離せないでいた。


 それが僕と偶然にも同い年だったナツミちゃんとの出会いだった――






 

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