第113話 40歳・父の死

6月に入って。

ある日、私が病院に行くと、何かあったらしく、慌ただしく、医者は父の上に乗り、何か処置をしていた。

驚いていると、点滴の針を間違えて深く刺してしまい、気胸を起こしたと言う。



私は、衝撃で全身から力が抜けた。

ああ、どうやら神様は、今回は父を連れて行くつもりなのだ。





その後、外科の主任医師から妹と私に説明があった。

妹は、医師の説明を真面目に聞いていたけれど、私はほとんど聞き流していた。


ただの言い訳だから。


ギリギリのところで父は頑張っていた。

助かるか、助からないか、崖っぷちギリギリをじりじりと進んでいたのだ。

ほんの少しの、ほんのわずかな風が吹いただけで、死の側に傾く。

その父に、文字通りとどめを刺したのだ。

医者が。



主任医師がやっていたのは、後日、医療ミスで訴えられないためのただの言い訳に過ぎない。


それが分かっていたから聞かなかった。



訴える気はなかった。

どうせ、訴えたところで意味がない。

よほど明らかなミスでなければ日本で勝つ見込みなどないし、どうでもよかった。

重要なのは、もはや、父が助かる見込みがなくなったと言う事だけだった。






私は毎日、病院に行っていたが、子供のいる妹は、毎日と言うわけにはいかなかった。


その日、私は1人で病院に行った。


ほんの数日前は、意識があったのに、もう父の意識はなかった。

私は、意識のない父に、話しかけた。



「もう、私、怒ってないよ。

もう、詐欺のこと怒ってないよ。


帰ってきて欲しかった。

どんなふうになってもいいから、帰ってきてほしいけど、どうしてもどうしてもそれができないなら。


どうしてもどうしても、帰って来られないなら、もう苦しまなくていいよ。

帰ってきて欲しいけど、それがどうしてもできないなら、もういいんだよ。


もう、苦しまなくていいよ・・・」




家に帰って、泣きながら掃除をして、眠った。


明け方5時、電話が鳴った。

何の電話か、私は知っていた。





甥たちはまだ小さく、ICUに入れなかったので、廊下で、父親と待っていた。


私と妹が見守る中、6月9日、父は眠りについた。

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