第65話 今・私の家は

無料弁護士相談が延期になったことを、民生委員さんに報告した。

教えてくださったのが民生委員さんだったので、結果を気にしていらっしゃると思い、電話したのだ。


民生委員さんは残念がり、そして、不動産屋さんからの返事はどうだったかと聞かれた。

最初にこの件を相談した時、どうしようもなければこの家を貸して、引っ越すしかないかもと言う話もして、まだ引っ越しをすると決めた訳でなくても、もしもの時はすぐ動けるように、不動産屋さんに相談しておいた方が良いと言われ、実のところ、ここを購入した時の不動産屋さんにはもうメールして、でも新型コロナの影響でまだお返事がないのですと話してあった。


それで聞かれたわけだけど、不動産屋さんからのお返事で、この家は少し変わっているから借り手は見つかるだろう、不便な場所だから賃料はそれほど高くないかもしれない、それよりも私が行く場所を探す方が難しそうだから、今から探しておきますと言われました、と。


すると、


「変わっているの?どんな家なの?」


この方は、うちを外から見たこともあるし、玄関を見たこともあるけれど、それ以上、中に入ったことがない。

相談する時も、中に上がっていただいても良かったのだけれど、今は新型コロナの対策で、家に上がってはいけないことになっているらしい。





私の家は、小さな平屋で、築年数は30年位だけれど、元の持ち主の方がとてもこだわって建てた家で、中に入ってみると、もっと古く、一見して古民家風の、和風建築である。


葉山まで来るつもりがなかった私が、すっかり気に入ってどうしても欲しくなってしまった家だ。



2間続きの和室は、もともと天井にはよくある杉の化粧板が張ってあったが、それを剥がして丸太の梁を出して磨いてもらった。

正直に言えば、この家の値段だけで予算ギリギリいっぱい、リフォーム費用は出ない位だったのだが、もともと、引っ越しに合わせて家具一切合切を新調するつもりだったので、家具は1つ残らず諦めた。

購入予定の家具はどれも天然木の工房の製品だったので、予算を大きめにとってあった。

さらに、それでも足りず、家電の買い替えもほぼ全て諦めた。


それでも少し足を出してしまったが、お風呂場と、キッチンセットがそのまま使えたので、何とかなった格好である。

キッチンは結局、床板と天井板の張り替えと、壁の塗り替えなど、和室も床板の張り替えと壁塗り替え。


化学物質過敏症なので、値段とギリギリ相談しながら手を抜くところは手を抜き、こだわるところはこだわり抜いた。


壁は漆喰、床材はくり。

栗を選んだわけではなく、杉やヒノキなど匂いが強い樹種が使えないので、事情を話して、不動産屋さんに自然素材に強い工務店さんを紹介してもらい、そちらで付き合いの関係で安く仕入れられる木材を提案してもらった。

おかげでよそで買えば相当高かろうが、スギとあまり変わらない値段でくりを張った。



廊下は手付かずで、玄関は扉を変えただけ。

トイレは壁を塗って、便器を変え、床天井はそのまま。

洗面所も壁を塗り替えるだけの予定だったのが、洗面台を開けたら、中のベニヤが腐っていたので、結局造作にしてもらった。


この洗面台は、家の中で1番気にいっている場所の1つだ。

もともと私は引っ越したら小さなドレッサーを買おうと思っていたのだが、この家にはそんなものを置く場所もなさそうだし、よくよく考えれば化学物質過敏症の私は化粧などしないのだから、この洗面台がドレッサーみたいなつもりで趣味丸出しで作ってもらった。


これも工務店さんの取引先のメーカーで部材を購入し、見た目よりはかなり安く仕上げてもらった。



もう一つのお気に入りはもちろん和室の天井である。

天井を剥がすのは予定外だったが、点検のときの写真ですとあの梁を見せられてしまったら、あきらめがつかなくなった。

ボンビーガールのいずみお嬢様のコーナーが大好きで、あらわし天井にもともとしたかった。

この天井分は完全に足を出した。



昔から私は古民家に住むのが夢で、けれど本物の古民家に手を入れようと思えばとんでもない費用がかかる。

それは難しいなぁと思っていたところ、本物の古民家ほどには費用がかからず、けれど見た目はかなり近いと言うこの家を見つけて、葉山と言う予定外の場所であるのにかなり迷った末、結局ここを購入したのだった。


だから並々ならぬ思い入れがある。

私はキレイに組み立てられた、ピッカピカの普通の新築をうらやましいと思った事は無い。

もし、潤沢な予算があっても、趣味に合う古家を探したか、いっそのこと古民家移築を考えただろう。


普通の家だったら、こんなに悩まなかったかもしれない。

ずっとずっとこういう家に住みたいと思ってきた、そういう家だから、私は離れたくなくて仕方がないのだ。




「以前の持ち主さんがこだわって建てた家で、今時は珍しい和風な作りなんです」


どう言ったものか迷い、私は、そんなふうに説明してみた。


「それなら、きっと借り手もつくわね。

小説を書いたり、絵を描いたり、そういう人が借りたがるわね」




・・・そうですね。


そう言って、寂しくなった。

そうやって、私は、私がこの家でそんな風に暮らしたかった。

文章を書いて、絵を描いて。

昔のような絵はもう描けないけれど、そろそろ水彩画くらいなら描けるようになった。

趣味の手芸もそろそろ小さなものなら作れるし、のんびり、そのうちネットでちょっと売ってみたりして。


ずっと、ずっとここで暮らしていきたかった。




そんなふうに。

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