第64話 20代・家に
母が肝硬変と診断された。
こうなると話は違ってくる。
母は約束を翻し、病気で心細いから付いていてくれと言う。
父も妹も、それは当然と言う顔をした。
妹は当時大学4年生で、そこそこの企業に就職も決まっていたし、母に誰かがついていると言うのなら私が適任と言うわけだ。
母は私がもの見遊山で海外へ行こうとしていると思っていたし、私もそれを訂正しなかったが、私自身はできればそのまま海外で暮らしたいと思っていた。
言えば絶対に反対されるので、言わなかっただけだ。
それなら最初からイギリスに行けばよかったではないかと言う話になるが、私は中国にも行ってみたかったのだ。
ただ、一生中国に暮らす気は最初からなかった。
今から思うとだいぶゆるい、甘々の計画だけれども、誰にも内緒で計画するとなると私には相談できる相手もなく、今のように簡単に調べられるツールもなく、大きな本屋で探してもろくな情報は見つからず、行けば何とかなるでしょうと思っていた。
実際、1年間の中国では、仕事を探したわけではないけれども、2件の誘いを受けた。
それを断って帰ってきた訳だったけども、こんなことになろうとは。
がっかりはしたが仕方がない。
多分何か、すごくかっちりした目的や目標があったなら別だが、私は単純にいろいろな場所を旅してみたかっただけで、ヨーロッパに住んで、仕事をして、休みにはあちこちフラフラしようとか、その程度のことしか考えていなかった。
それで、一応抵抗はしたものの、あっけなく破れさった。

とにかく1月からの2カ月間のクラスだけ、既に費用も払い込んでいたことだし、受けさせてもらい、家に戻った。
心細いから近くにいて欲しいと言うことで帰ってきたのだから、近くにはいるから、アルバイトさせてほしいと私は言った。
父の事務所は家のすぐ前だったし、何かあれば父を呼べばいい。
私の留学費用も必要なくなったわけだし、妹も働き始めるし、私もアルバイトをして、いくばくかでも家に入れるから、そのお金で誰か雇ってくれと。
なぜなら私はとてもとても家事が苦手だったのだ。
毎日毎日同じことを繰り返すなんて絶対にできるはずがない。
だが、母は承知しなかった。
誰かに常についていて欲しいのだと言い張る。
そうだとするとせっかくの就職が決まった妹ではなく、今現在フラフラしている私が家にいるのが1番いいと。
正直なところ、この時、私は母の真意を疑っていた。
妹は母のことも家のことも大好きなので、放っておいても離れていきそうにない。
実際、妹が就職した先よりも、実はもっと良い企業に決まりそうな話もあったのだが、そちらは女性が活躍している企業であり、海外転勤などもあり得るので、妹はそちらを蹴ってしまったのだ。
海外勤務があるかもしれないと言うだけで。
私だったらむしろそっちの方を選びたいところだった。
もっとも、残念ながら私と妹は大学からして違うので、あちらの方がお断りであろうとは思うけれど。
とにかく、妹は放っておいても母にくっついている。
だから、いつフラフラどっかに行ってしまうかわからない私の方をふん捕まえておこうとしてる。
そんなふうに私は疑っていた。
ところでこれは余談だが、長年そう疑い、多少なりとも恨みがましい気持ちを引きずっていたが、カウザルギーを患ったことをきっかけに、そうじゃなかったかもと思い始めた。
妹は家事においては私よりずっとソツがない。
家の中をきれいに整え、食事もきっちり作っただろう。
ただ、自分がきっちりしている分、他人にもそれを要求する。
対して私はずるずるにだらしがないけれど、相手にもゆるゆるで、病気でつらいときにはゆるい方が側に置いて気疲れしなかったのではないか。
それに、日常的なことは妹に軍配が3つくらい上がってしまうのだが、使いっ走りとか、多少なりともそこから外れると、私の方に軍配が上がる。
父の仕事の使いっ走りで、大学時代に最も遠くまで行ったのは伊豆だったが、これが例えばインドでも、
「ええー!?・・・で、どうやって行くの?」
で、すみそうな私と違って、市役所へ行くのさえごねる妹は、使いづらかったのではないだろうか。
他人に任せづらい仕事をさせるなら、私の方が使いやすい。
家事は最悪、他人を雇う手もあるし。
そんなふうな判断だったのかな、と今は思う。
まあ、想像を超えた、家事できなさ加減で呆れてはいたろうけど。
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