恋人「ごっこ」
昼間の平和町は、夜の賑やかさとは打って変わって、わりと静かな所だと分かった。
なんというか、平日の昼間の商店街のようだ。広い通りや細い裏路地に、パラパラと人斬りがいるくらい。
人間と何も変わらない見た目だが、強いて言えば、ちょっと古風な外見といった所か。
「あのぉ」
「…なんだ?」
本屋、食べ物屋、道具屋、飲み屋ー…
店を通りすぎながら、ひなのは前を行くユノに話しかける。
「あの、私、服屋に行きたいです!
当然ですけど着替え、持ってきてなくて。さすがにずっとこれは嫌です。一応、お金はちょっとならあるから…」
これ、女の子にとってはかなり重要な話。最初から、外に出た理由の一つは、着替えや日用品の調達だもん。
嫌だけど、もうしばらくここにいなきゃいけないなら…少しでも自分で、居心地よい環境作らなくっちゃ。
「服屋ならいくらでもあるが」
「どこか、オススメはありますか?」
そう聞くと、ユノは少し困ったような顔で振り返ったが、その後一件の和服屋に連れて行ってくれた。
「和服…」
ひなのは、店に着いて思わず呟く。確かに、今時な服着てる人斬り、いないみたいだけどさ。
私も、和服着なきゃだめなの?洋服って売ってない感じ?
「俺はいつもここに来る。お前の様な、小ぶりなサイズの物も揃っているはずだ」
中には小太りなおばちゃんが一人。無表情だったが、貫禄がある。
「おやユノ様、いつもありがたい」
「今日は、この女の服を探しに来た。一番小さいサイズで、合うだろうか」
「…だと思いますがね。奥にあるんでお好きに見てって下せえな」
昔の家の様な、押入れのような、独特な匂いがする。なんか、おばあちゃんちってこんな匂いだったかも。
「あ、着物ばっかりじゃないんだ。和柄のシャツとかもある。よかったぁ」
「着物が嫌いなのか」
「嫌いじゃないけど、普段着物なんて着ないもの。お祭りで浴衣着るくらい。
…あ、これとかどうかな」
ひなのは、畳んであったストライプのスカートを広げると、自分に当ててみた。
「生地が和服っぽいけど、これならいけそう。あと、普通のTシャツとカーディガンとかあったら嬉しいんだけど…」
ぶつぶつと言いながら物色するひなのを、ユノは黙って見つめていた。
「ユノ様、どう思いますか、コレ」
「…縦縞模様か。俺なら選ばない柄だ」
「…あぁ、そうですか…」
言っとくけど、こっちの世界では最近流行ってるんだからね、ストライプ。
「じゃあ、羽織りはユノ様が選んで下さいよ。一枚でいいから」
ほら、ちょっと恋人っぽい事言ったよ、私!
ひなのは何とか、自分を励ます様に自画自賛する。
「何故、俺がお前の服を選ばなきゃいけないんだ」
「え、何故って…だめなんですか?私達の世界だと、そのー…愛があればやる事なんですけど」
「言ったろう、俺には愛がないと」
「分かってますけど、力が欲しいならちょっと努力も必要です!
ね、一枚私に似合うの選んで下さいよ」
これには、ユノはかなり困惑した様だ。
しばらく黙り込むと、顔をしかめて服を眺めだした。
「ふふ」
「何笑っている」
「あ、いやいや。なんか、ちゃんと考えてくれるんだなって思って」
「お前が選べと言ったんだろう」
「そうなんですけども」
何を選ぶのかな?
ユノ様はかなり清楚な色の服を着てるし、立場はさておき、あんまり派手なものは好きじゃないのかも。
その後、ひなのも気に入ったものを幾つか選び終えた頃、ユノはどこからか一枚の羽織りを持ってきた。
「これは、絹でできた羽織ものだ」
真っ白で飾り一つない、サラッとした…ひなの達が言う所の、ショールカーディガン。
「白は何にでも合うし、俺は白を着ていると落ち着く。これなら袖もまくれるし、腕が短い者でも着られるはずだ」
「腕が短いって…」
私の事ですよね、どうせ。…まぁ、いいけど。
「ありがとうございます!じゃ、それにします」
ひなのはお会計を済ませると、財布がとんでもなく空になった。ただ幸いだったのは、こっちの世界はどうやら物価が安い。
財布に二万しかなかったからね、私。普通こんなに買えないよ。
「満足したか?」
「うん、とても!」
「他はどこに行きたいんだ?」
「あとは、えっと…雑貨屋さんとかあれば。
鏡とか、化粧品とかも欲しいし…あの、でもなるべく安い所でお願いします…」
次に連れて行かれた店は、ひなのが求めるものが、なんでも置いてありそうな店だった。
ここにはかなり長居してしまったが、ユノは文句も言わず、腕を組んで黙って待っていてくれた。
「長かったな」
「欲しいものがいっぱいあって!しかも、安いし!びっくりですよ本当」
…なんか私、こっちに来てから初めて、ちょっとだけ楽しいと思えてるかも。女子にとって、買い物の力ってすごいや。
「楽しそうな顔をしているな」
「えっ、そうですか?」
「ずっと、死んだような顔しかしていなかったろう」
「そ、そんな…まぁ、でもそうかも。
だって、急に自分の生活から引き離されて、人斬りの町に来るって私からしたら、死んだも同然ですからね」
「…そうか」
少しだけど、ユノと普通に話せるようになってきた気がする。
まだ緊張はするし、なるべく目を見たくないけれど…
でも、"今すぐ斬られるかもしれない"っていう恐怖は、いつのまにか消えていた。
「他は何を買いたいんだ?」
「えーっと、あとは…」
そう言いかけて、ひなのは前から何気なく歩いてくる女を見て、ピタリと立ち止まった。
向こうもパッと立ち止まる。
「ユノ様…!」
あの人だ!ここに着いた時、失礼にもひなのに暴力を振るった女。
確か…れんれんとか、えいれんとか、れいれんとか、そんな感じの名前の!
「あぁ、麗憐(レイレン)か」
麗憐はユノの後ろのひなのを見ると、顔色を激変させた。ひなのも、体全体に警戒態勢がひかれる。
「ユノ様!こんな女を迎え入れたなんて、本当だったんですね…!麗憐は悲しいです!」
「何故だ?」
「人間と我々は、相容れぬ関係!高貴なユノ様に、そんな女がまとわりつくかと思うと…!」
「八龍が決めたことだ」
この麗憐とか言う女は、ユノのことを相当慕っているらしい。
…私だって、好きでここにいるわけじゃない。そう、叫んでやりたかった。
「ユノ様、行きましょ」
ひなのは急に居心地が悪くなって、思わずユノの背を軽くプッシュし、歩くのを促したー…が。
「おのれ!!」
その瞬間だった。麗憐が憤怒の形相で、狂わんばかりに怒鳴った。
「ユノ様に触れるな!!」
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