第7話 リリアナの決断
決して清潔とは言えない薄暗い部屋に押し込まれたリリアナは明かりを求め辺りを見回す。
小さなボロボロのサイドテーブルのような木箱の上に、残り僅かな蝋燭を見つけそれに火を灯した。
暖かい光が部屋を照らし、リリアナは絶句した。
(うん、訂正しよう。部屋じゃなくて物置だここ。)
埃こそはないものの、人一人がやっと寝れそうな堅い木のベットに薄い布団と掛布団であろう継ぎ接ぎだらけの布。これまた使い古された大きめの鞄に、見ずぼらしい服が三枚と学園の制服が一枚に筆記用具らしきものが数点。あとは、ガラスの部分が少し欠けてしまっている鏡に、蝋燭が置いてあった木箱が一つ。そう、これが今のリリアナの持ち物の全てである。
(わぁー、小さい頃に読んだシンデレラを思い出します)
古ぼけた小屋のような部屋が最低限人が住めるような清潔さを保っているのはリリアナが普段からきちんと掃除をしていたからである。
現実世界でそれなりに裕福な生活をしていた萌歌には到底信じられない部屋であったが、記憶の中のリリアナはこんな部屋でも十分満足していたようである。
というのも、リリアナが預けらていた孤児院が酷すぎたのだ。この世界ではどうやら孤児を引き取る教会や孤児院といったところには、子どもを引き取るたびに給付金のようなものが配当されていたようである。
それは本来、子どものために使われるべきお金なのだがリリアナがいた孤児院ではそのお金を大人たちが着服していたのだ。ペルガ男爵に引き取られるまでリリアナは、今よりもずっと見ずぼらしい格好で常に飢えていた。その上、孤児院では十分な広さもない部屋に大勢の子ども達と過ごしていたため一人部屋を貰えただけでも本当に嬉しかったのだ。
(リリアナの過去の境遇を考えるとそう思うのかもしれないけど・・・・・・でも、これは見過ごせないよね)
リリアナの記憶を辿り、最近つけられたであろう傷を確認するためにドレスグローブを外す。
先程までドレスグローブで隠れていた手首には人の手形がくっきりと残っており、手形に沿って赤紫に腫れあがっていた。
それだけではない。リリアナの傷を確認するべくドレスを丁寧に脱いでいく。
リリアナの白い肌には全身に大輪の薔薇のような禍々しい痣が広がっており、背中には細かい切り傷のような跡が痛々しく残されていた。
これらの傷は全て男爵邸に引き取られてからつけられたものだ。
(虐待だよねこれ・・・・・・無事なのは顔と、服で隠せない部分だけなんだ。陰湿だな~。ゲームの中ではそんな描写も設定もなかったから、やっぱりゲームの世界とはちょっと違うんだ)
傷を一通り確認した後、鞄に入っていたみずぼらしい服に着替え鞄の中からインクと紙を取り出す。
木箱を机に床に座ろうとした瞬間に体に激痛が走る。
(いったぁ~・・・・・・そっか、リリアナの体は傷だらけだから気をつけなきゃいけないんだ)
涙目になりつつ、痣のある場所に負担がかからないように体制を変える。
そういえば、と、ふとゲームの何気ない一文を思いだす。
リリアナの雰囲気を伝えるゲームの冒頭でお淑やかで控えめといった描写があったように記憶しているが、もしかしなくてもこの傷のせいで極力動かないようにしていただけではないのだろうか。いや、きっとそうに違いない。
(くそ~、ペルガ男爵とメーガン夫人め、許すまじ!)
萌歌はとき学に出てくる二人のヒロインが本当に好きだった。
悪役令嬢のネイリーもヒロインであるリリアナもそれぞれ魅力的だったから。そんなヒロインの一人であるリリアナがこんな風に虐げられているなんて許せない。だから決めた。
(う~、見てろよ。絶対に男爵たちに復讐して、推しと結ばれてリリアナを幸せにするんだから!!)
そう意気込んだものの、まずはレグラスとの婚約フラグを折らなければいけない事を思い出し状況を整理する。
そもそも、記憶の中のリリアナは特にレグラスに何ら特別な感情を抱いていたわけではないのだ。
早い話が、レグラスが一方的に詰め寄ってきていただけである。
レグラスの強引さに戸惑いを覚えつつも彼はミューレ国の第一王子である。そんな王族であるレグラスの機嫌を損ねることなど言えるはずもなく、言い寄られるたびに当たり障りのない返事を返していたのだ。
それを、何を勘違いしたのかレグラスが自身の都合の良いように解釈し学園の者達に運命の相手はリリアナだと言いふらしたのである。
運が悪いことにリリアナは編入して間も無く親しい友人もいなかったため、その手の話が全く彼女の耳に入ってこなかったのだ。更に言うなら、レグラスに婚約者がいると知ったのは呼び出されて出向いた湖で愛の告白をされたときである。
いきなり運命の相手だと言われ、戸惑っているリリアナを有無を言わず抱き寄せたレグラスを引き離そうとしているときに酷く傷ついた顔をした美しい少女に非難を浴びたのだ。
その時に、その少女がレグラスの婚約者であることを知った。それも公爵令嬢というのだから、サッと血の気が引いた。
そんなリリアナの顔色の変化を見て、またも都合の良い勘違いをしたレグラスは彼女を守るように婚約者の前に立ちはだかったのだ。これにはリリアナも言葉を失った。
いくら平民から貴族になったばかりとは言え、リリアナは自身の無知を恥た。それからはレグラスと距離を置いた。学園で彼の姿を見ればすぐに踵を返し視界に入らないようにもした。これ以上関わり合いにならない方がいいと至極真っ当な判断を彼女はしたのだ。
だが、そんなリリアナに痺れを切らしたのはレグラスの方だった。
ペルガ男爵宛てに文を出し、リリアナを今度行われる夜会に絶対に出席させるようにと口添えしたのである。
勿論、王族からそんな文が届けられた男爵は顔色を変え直ぐにリリアナを呼び出した。リリアナが何か皇子の気に障ることをしたのではないかという危惧からだ。
呼び出したリリアナに男爵が初めにしたことは体罰である。刺の反しがついた鞭で彼女の背中を何度もぶちながら説明を求めたのだ。
鞭で打たれるたびに背中に激痛が走った。そんな痛みに耐えながら、涙ながらにリリアナはこと細かに詳細を話すはめになったのだ。
一通り話を聞き終えた男爵は、早急にメイド達を呼びリリアナの治療をさせた。傷を負わされた後に治療を施されることなどなかったリリアナは戸惑いはしたものの大人しくそれを受け入れた。
それからしばらくの間、嘘のような生活が待っていた。
新しいドレスの慎重に体の手入れなど、今までされたことないほどリリアナは大切にされた。
そして、男爵と夫人に言われるがまま今日の夜会を迎え、案内された控室に行けば満面の笑みを浮かべるレグラスに出迎えられたのだ。
そのまま着飾ったレグラスにエスコートされ会場入りしたリリアナは堪らずレグラスを問い詰めた。
だが、そんなリリアナに君はそこにいるだけでいいと見惚れるような皇子スマイルを見せながら言い放った彼は、その数刻後に婚約破棄の宣言とリリアナの了解も得ずに婚約発表をしたのである。
(んで、その場面で私がリリアナと入れ替わったと・・・・・・。ショックデカすぎて、入れ替わっちゃったのかな?にしても・・・・・・ん~酷すぎる。レグラス様は言わずもながらだけど、リリアナも無知すぎたんだね~。リリアナが悪者にならずに、ネイリ―も被害者のまま婚約破棄させないといけないのか・・・・・・)
何も書かれていなかった真っ白な紙に、次々と婚約破棄をさせるための案を記入していく。
しばらくの間、紙と睨み合いをきかせていたリリアナは思いつくだけの案を紙に書きなぐりペンを置いた。
(うん、後はネイリ―と話し合って決めよ。どっちみちネイリ―の協力は必要だもん。学園に行けば、嫌でも会えるよね)
痛む体を起こし、堅いベットへと移動する。
体はあちこち痛いし、お腹は空いているしで最悪な気分だったが、疲労がたまっていたのか直ぐに睡魔が襲ってくる。
(ネイリ―の方は大丈夫だったかな?)
中庭で別れた友人に意識を向けなが深い眠りへと落ちていった。
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